東京大神宮 参拝記――「東京のお伊勢さま」と造化の三神【2026年11月】

東京大神宮の社殿(2026年11月6日撮影)

2026年11月6日の午後、東京都千代田区富士見の東京大神宮に参拝しました。飯田橋駅から歩いてすぐの街なかにありながら、「東京のお伊勢さま」と呼ばれて親しまれている神社です。都会の真ん中なのに、境内は静かで落ち着いた雰囲気でした。御祭神には、伊勢神宮の二柱の神に加えて、『古事記』の冒頭で天地の初めに現れる造化の三神が祀られています。この記事では、由緒と御祭神を神社の公式サイトで確かめたうえで、撮ってきた写真で境内を順に紹介します。

目次

1. 飯田橋の街なかにある「東京のお伊勢さま」

項目内容
参拝日2026年11月6日(写真の記録では14時12分〜14時18分)
鎮座地東京都千代田区富士見2-4-1
最寄り駅飯田橋駅(JR・東京メトロ・都営地下鉄。各線の駅から徒歩約5分)
御祭神天照皇大神・豊受大神・天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神・倭比賣命

鎮座地・交通・御祭神は、東京大神宮の公式サイトによります。専用の駐車場はないので、電車での参拝が案内されています。

2. 鳥居をくぐり、神門へ

石段の上に立つ鳥居と、境内の木々
通りから見た鳥居と石段(2026年11月6日撮影)

通りに面した石段の上に、鳥居が立っています。周りはビルの多い街ですが、鳥居の奥には大きな木々が茂っていました。

鳥居と「東京大神宮」と刻まれた社号標
鳥居と社号標(2026年11月6日撮影)

鳥居の脇には、「東京大神宮」と刻まれた社号標があります。鳥居をくぐった先に、朱塗りの門が見えてきます。

朱塗りの神門と、「伊勢神宮にお参りしましょう」と書かれた幕
神門(2026年11月6日撮影)

朱塗りの神門です。門の脇には「日本人の心のふるさと 伊勢神宮にお参りしましょう」と書かれた幕が掛けられていました。伊勢神宮とのつながりを、門の前から感じさせる眺めです。

3. 伊勢神宮の遥拝殿として始まった

公式サイトによれば、東京大神宮の由緒は次のとおりです。

  • 江戸時代、伊勢神宮への参拝は人々の生涯をかけた願いだった。
  • 明治の新しい国家が生まれると、明治天皇のご裁断を仰ぎ、東京で伊勢神宮を遥拝する社として、明治13年(1880)に創建された。
  • 最初は日比谷に鎮座していたので、「日比谷大神宮」と呼ばれた。
  • 関東大震災の後、昭和3年(1928)に今の場所へ移り、「飯田橋大神宮」と呼ばれるようになった。
  • 戦後、社名を「東京大神宮」と改めた。

遥拝とは、遠く離れた場所から神を拝むことです。伊勢まで行けない人々が、東京で伊勢の神々を拝めるようにと建てられた社だったことになります。

4. 御祭神と『古事記』の神々

東京大神宮の御祭神は六柱です。公式サイトの説明と、このブログの『古事記』の記事との関わりを並べます。

御祭神(公式サイトの表記)公式サイトの説明『古事記』との関わり
天照皇大神伊勢神宮の内宮の御祭神『古事記』の天照大御神。伊耶那岐命の禊の最後に、左の目を洗ったときに成った神です(禊の始まり)
豊受大神伊勢神宮の外宮の御祭神。農業・諸産業・衣食住の守護神外宮の豊受大御神と、『古事記』の豊宇気毘売神とが同じ神かどうかには議論があります
天之御中主神造化の三神天地の初めに、高天原に最初に現れた神(天之御中主神)
高御産巣日神造化の三神天之御中主神に続いて現れた神(高御産巣日神)
神産巣日神造化の三神同じく、続いて現れた神(神産巣日神)
倭比賣命天照皇大神に仕え、その御心を人々に伝えた御杖代(みつえしろ)―

公式サイトは、造化の三神を「天地万物の生成化育つまり結びの働きを司る」神と説明しています。そのため東京大神宮は、縁結びにご利益のある神社としても知られ、良縁を願う参拝者が多いそうです。実際に訪ねてみても、縁結びを願ってお参りする人が多いと感じました。

『古事記』では、この三柱は天地の初めに現れて、すぐに身を隠してしまう神々として語られます(造化三神)。物語のなかではほとんど何もしない三柱が、東京の街なかでは「結び」の神として多くの人に拝まれている。『古事記』と神社の信仰を並べると、同じ神名でも見え方が違ってくるのが面白いところです。

5. 手水舎から社殿へ

龍の像がある手水舎
手水舎(2026年11月6日撮影)

手水舎には龍の像があり、そばには手水の作法を書いた札が立っていました。公式サイトの「参拝の作法」では、柄杓一杯の水で左手・右手を清め、口をすすぎ、もう一度左手を清めて、最後に柄杓の柄を洗い流す順序が案内されています。

紫の幕が掛かる社殿の正面と、屋根の千木・鰹木
社殿の正面(2026年11月6日撮影)

社殿の正面には、紫の幕が掛けられていました。屋根の上には、千木(ちぎ)と鰹木(かつおぎ)が見えます。

社殿の屋根と、その向こうに立つビル
社殿と周りのビル(2026年11月6日撮影)

少し離れて見ると、社殿の向こうにはビルが立ち並んでいます。周りはこれほどの都会なのに、境内に入ると静かで、落ち着いた空気が流れていました。この日はよく晴れて、青空が広がっていました。

6. 神前結婚式は、この社から広まった

公式サイトによれば、今広く行われている神前結婚式は、東京大神宮が始めたものです。

  • 明治33年(1900)、当時の皇太子殿下(のちの大正天皇)と九条節子さま(のちの貞明皇后)の御婚儀が、宮中で初めて皇居内の賢所(かしこどころ)の神前で行われた。
  • この慶事を記念して、東京大神宮が一般の人々に向けた神前結婚式を始め、その後の普及に力を注いだ。
  • それまでの結婚式は、家庭で行うのが普通だった。
  • 大正元年(1912)に発表された夏目漱石の小説『行人』にも、日比谷大神宮での結婚式の様子が描かれている。

縁結びの神社として知られる背景には、造化の三神の「結び」の働きと、神前結婚式を始めた社という歴史の両方があるといえそうです。

7. 境内の飯富稲荷神社

境内には、日比谷大神宮のころから祀られている飯富稲荷神社(いいとみいなりじんじゃ)があります。公式サイトによれば、稲荷大神と大地主大神(おおとこぬしのおおかみ)を祀り、「飯富」の名が示すように衣食住と商売繁昌の神として崇敬されています。九代目市川団十郎が篤く信仰したことから、芸能にゆかりの深い社としても知られます。昭和62年(1987)に、本殿の東北から、神門の東の今の場所へ移されました。

まとめ

  • 2026年11月6日の午後に、東京都千代田区富士見の東京大神宮に参拝しました。飯田橋駅から歩いて約5分の街なかにありながら、境内は静かで落ち着いた雰囲気でした。
  • 東京大神宮は、明治13年に伊勢神宮の遥拝殿として創建され、日比谷大神宮・飯田橋大神宮を経て今の社名になりました。
  • 御祭神は、伊勢の内宮・外宮の天照皇大神と豊受大神、造化の三神、倭比賣命の六柱です。造化の三神の「結び」の働きから、縁結びの神社としても知られ、縁結びを願ってお参りする人が多いと感じました。
  • 今広く行われている神前結婚式は、明治33年の皇太子の御婚儀を記念して、この社が始めたものです。

参考文献

  • 東京大神宮 公式サイト「東京大神宮の紹介」「交通案内」「神前結婚式」「参拝の作法」(2026年11月6日に確認)
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