天之御中主神(アメノミナカヌシ)とは?古事記の冒頭に現れてすぐ隠れた神【古事記】

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)のアイキャッチ画像

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は、『古事記』の冒頭、天地が初めて開けたときに高天原(たかまのはら)で最初に成った神です。高御産巣日神(たかみむすひのかみ)・神産巣日神(かみむすひのかみ)と合わせて造化三神(ぞうかさんしん)と呼ばれます。ところが『古事記』は、この神が独神(ひとりがみ)として身を隠したと記すだけで、その後は一度も登場させません。この記事では、冒頭の一文、神名の意味、「独神」「身を隠す」の解釈、『日本書紀』との違いを確かめたうえで、原典ではほとんど何もしない神が、なぜ後世に重んじられたのかを考えます。

目次

1. 天之御中主神とは(基本情報)

項目内容
神名(古事記)天之御中主神
神名(日本書紀)天御中主尊(一書第四のみ)
読みあめのみなかぬしのかみ
親神(生まれた由来)親神はない。天地の初めに高天原でおのずから成った神
誕生の場面『古事記』上巻の冒頭「天地初発之時」。最初の神
神格・性格天の中心の主。独神で、身を隠す。抽象的・観念的な神と解される
別名や同一視される神後世に妙見(北極星・北斗)と習合。造化三神・別天つ神の一柱

天之御中主神は、『古事記』全体の最初に名が挙げられる神です。続いて高御産巣日神、神産巣日神が成り、この三柱がまとめて造化三神と呼ばれます。ただし「造化三神」という呼び名は『古事記』の本文にはなく、後世に付けられたものです。

『古事記』がこの神について語るのは、名前と、独神であること、身を隠したことの3点だけです。何かを命じたり、誰かを生んだりする場面はありません。この「何もしない最初の神」が、中世には北極星の信仰と結び付き、近世には最高神として仰がれるようになります。そのいきさつは6章で扱います。

2. 『古事記』にはどう書かれているか

『古事記』上巻は、次の一文から始まります。

天地初めて発けし時、高天原に成れる神の名は、天之御中主神。次に高御産巣日神。次に神産巣日神。此の三柱の神は、並独神と成り坐して、身を隠したまひき

現代語に直すと、次のようになります。天と地が初めて開けたとき、高天原に成った神の名は天之御中主神といいます。次に高御産巣日神、次に神産巣日神が成りました。この三柱の神はいずれも独神として成り、姿を隠されました。

注意したいのは、「生まれた」ではなく「成った」と書かれている点です。父母となる神から生まれたのではなく、天地の開けとともにおのずから現れたという書き方です。また、三柱が現れた高天原は、後に天照大御神(あまてらすおおみかみ)が治める天上の世界ですが、冒頭ではその成り立ちが説明されないまま、すでにある場所として登場します。

続いて『古事記』は、国土がまだ若く、水に浮いた脂のように、くらげのように漂っていたとき、葦の芽のように萌え上がるものによって宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ)が成り、次に天之常立神(あめのとこたちのかみ)が成ったと語ります。この二柱も独神として身を隠します。そして、以上の五柱を次のようにまとめます。

上の件、五柱の神は、別天つ神

天之御中主神の記述は、実質的にこれで終わりです。この後、国之常立神(くにのとこたちのかみ)から伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)に至る神世七代(かみよななよ)が語られ、国生みの物語へ進みますが、そこに天之御中主神の名は現れません。

3. 神名の意味

『古事記』は神名の由来を説明していません。ここからは、神名の語構成にもとづく解釈です。

「天之御中主」は、「天(あめ)の」「御中(みなか)」「主(ぬし)」に分けて読むのが一般的です。「御」は敬意を表す接頭語、「中」は中心、「主」は主宰する者を意味します。全体で「天の真ん中に位置する主」、つまり天の中心にいて全体を統べる神と解されています。

この名前には、具体的な姿や働きを思わせる要素がなく、「中心」という位置だけを示しています。このことから、特定の自然現象や職能を持つ神ではなく、世界の中心という観念そのものを神格化した抽象的な神だと考えられています。なお「天の中心」を北極星と重ねる見方は、後の妙見信仰との習合の中で生まれたもので、『古事記』の本文から直接導かれるものではありません。

4. 神話の中での役割

天之御中主神を理解するために、「独神」と「身を隠す」という2つの言葉を確かめておきます。

独神(ひとりがみ) は、男女の対をなさない神のことです。神世七代の後半に現れる神々が、宇比地邇神(うひじにのかみ)と須比智邇神(すひじにのかみ)のように男女一組で数えられるのに対し、別天つ神の五柱はいずれも単独で成ります。対になる相手を持たず、子を生むこともない神という位置づけです。

身を隠す は、原文の「隠身」に当たる表現で、「姿を現さなくなった」と解するのが一般的です。ただし、その意味づけには見方が分かれます。人の目には見えない神であることを示すという説、以後の物語に登場しないことを予告する表現だとする説、天地の始まりを担った神が役目を終えて退いたと読む説などがあります。いずれも解釈であり、『古事記』自体はそれ以上の説明をしていません。

造化三神のうち、高御産巣日神は天孫降臨の場面で天照大御神と並んで指令を出し、神産巣日神は五穀の種を取らせ、大国主神(おおくにぬしのかみ)を蘇らせるなど、物語に深く関わります。これに対して天之御中主神は何もしません。ここから、三柱の関係を「中心にあって動かない神と、その両側で生成の働きを担う二柱」と読む見方があります。「産巣日(むすひ)」は生成の霊力を意味する語と解されており、天之御中主神はその働きの拠り所となる中心として名だけを置かれている、という理解です。これも後世の解釈ですが、原典の記述とは矛盾しません。二柱の産巣日神については、それぞれの記事で詳しく扱います。高御産巣日神 神産巣日神

5. 『日本書紀』との違い

『日本書紀』の冒頭は、『古事記』とは構成そのものが異なります。

『日本書紀』本文は、天地がまだ分かれず、陰陽も分かれていなかった混沌の状態から書き起こし、清く明るいものが天に、重く濁ったものが地になったと語ります。そして、最初に成った神を国常立尊(くにのとこたちのみこと)としています。『古事記』で神世七代の最初に置かれる神が、『日本書紀』では最初の神になっているわけです。本文には、天御中主尊も高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)も神皇産霊尊(かみむすひのみこと)も登場しません。

天御中主尊の名が見えるのは、本文に添えられた異伝である一書(あるふみ)の第四だけです。そこでは、高天原に生まれた神として天御中主尊、次に高皇産霊尊、次に神皇産霊尊の名が挙げられます。『古事記』が冒頭の中心に据えた神を、『日本書紀』は本文から外し、異伝の一つとしてのみ伝えているのです。

この違いは、天之御中主神が8世紀の時点で必ずしも共通の認識ではなかったことを示唆すると考えられています。どちらが古い形かは確定できませんが、冒頭からして両書の構成が異なることは押さえておきたい点です。

6. ご利益と信仰

『古事記』の中でほとんど何もしない天之御中主神が、後世に重んじられるようになった経緯は、大きく3つの段階に分けて考えることができます。

第一に、中世の妙見信仰との習合です。妙見は北極星や北斗七星を神格化した仏教由来の信仰で、動かない星である北極星を天の中心と見なします。「天の中心の主」という神名がこれと重ねられ、妙見を天之御中主神と同一視する理解が広まりました。

第二に、近世の国学と復古神道です。江戸時代の国学者たちは『古事記』を重視し、その冒頭に名が挙げられる天之御中主神を、世界の根源にある最高神として位置づけました。特に平田篤胤(ひらたあつたね)の神学では天之御中主神を中心とする世界観が説かれ、教派神道にも受け継がれたとされています。「原典で何もしない神」であったことが、かえって根源の神として解釈する余地を生んだと考えられます。

第三に、水天宮の信仰です。水天宮は天御中主神を祭神の一柱とし、安産・子授け・水難除けの神として広く信仰されています。ここでは暮らしに近い願いを受け止める神として祀られている点が特徴です。

このように、天之御中主神のご利益は原典に根拠があるというより、後世の信仰の中で形づくられてきたものです。開運や厄除け、安産、また「すべての根源の神」として万事の願いに応じる神とされています。

7. 祀られている神社

東京大神宮(東京都千代田区) は、天照皇大神・豊受大神とともに造化三神を祀ります。縁結びの神社として知られます。

四柱神社(長野県松本市) は、天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・天照大神の四柱を祀ります。社名はこの四柱に由来します。

秩父神社(埼玉県秩父市) は、八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)などを祀り、中世以来の妙見信仰の社としても知られています。

千葉神社(千葉県千葉市) は、天之御中主大神を主祭神とし、妙見信仰の中心として「妙見本宮」とも称されます。

水天宮(福岡県久留米市、東京都中央区) は、天御中主神ほかを祀ります。久留米が総本宮で、安産祈願で知られます。

8. 関連する神々

高御産巣日神 は、造化三神の第二の神で、高木神とも呼ばれます。高天原側の物語に関わります。高御産巣日神

神産巣日神 は、造化三神の第三の神です。出雲の物語に多く関わります。神産巣日神

思金神(おもいかねのかみ) は、高御産巣日神の子で、天石屋戸の場面で策を考えた知恵の神です。思金神

伊邪那岐命・伊邪那美命 は、神世七代の最後に現れ、国土と神々を生んだ夫婦神です。別天つ神が独神であるのに対し、男女の対として世界を作る役割を担います。伊邪那岐命 伊邪那美命

天照大御神 は、伊邪那岐命の禊で生まれ、高天原を治める神です。天之御中主神が成った高天原を、この神が治めます。天照大御神

伊邪那岐命の禊で生まれた26柱の神々については、一覧記事にまとめています。イザナギの禊で生まれた神々一覧

9. 現代につながる読み方

天之御中主神の神話から読み取れるのは、「何もしないことにも位置がある」という考え方です。『古事記』はこの神に一つの行動も与えず、名前と「中心」という位置だけを記して、すぐに姿を隠させました。それでも、この神は物語の最初に置かれ、その後に続くすべての神々の前に立っています。

組織や家庭でも、目立った働きをしないのに、その存在が全体の軸になっている人やものがあります。造化三神の構図を「動かない中心と、動く二柱」と読む見方は、そうしたあり方を映しているようにも思えます。

一方で、この神が後世に最高神として仰がれた経緯は、「空白は読む人によって満たされる」ということも教えてくれます。『古事記』が語らなかったからこそ、中世の人々は北極星を重ね、近世の国学者は世界の根源を見出しました。原典の記述と後世の解釈を分けて読むことは、その両方を大切にすることでもあります。

まとめ

  • 天之御中主神は、『古事記』の冒頭で天地が開けたときに高天原で最初に成った神で、高御産巣日神・神産巣日神とともに造化三神と呼ばれます。
  • 『古事記』が語るのは、名前と、独神であること、身を隠したことの3点だけで、以後の物語には登場しません。
  • 「天之御中主」は「天の中心の主」の意と解され、具体的な働きを持たない抽象的な神と考えられています。
  • 『日本書紀』本文では最初の神は国常立尊で、天御中主尊は一書第四にしか見えません。
  • 中世の妙見信仰、近世の国学・復古神道、水天宮の信仰を通じて後世に重んじられ、東京大神宮・四柱神社・秩父神社・千葉神社・水天宮などに祀られています。

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参考文献

  • 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
  • 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
  • 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
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