貴船神社 参拝記――水の神・高龗神と奥宮への参道【2026年7月】

貴船神社 灯籠の並ぶ石段

2026年7月26日の朝、京都市左京区の貴船神社に参拝しました。貴船神社の御祭神は、水の神の高龗神(たかおかみのかみ)です。神社の社記は、この神を『古事記』で剣の柄から成った闇淤加美神と「同じ神」としています。山奥にあることもあってか、夏でも空気が冷えているように感じられる神社でした。この記事では、御祭神と由緒を神社の公式サイトで確かめたうえで、本宮から奥宮までの道のりを、撮ってきた写真で順に紹介します。

目次

1. 夏の朝に訪ねた、三社をめぐる神社

項目内容
参拝日2026年7月26日(写真の記録では8時37分〜9時58分)
鎮座地京都府京都市左京区鞍馬貴船町180
御祭神本宮・奥宮: 高龗神(たかおかみのかみ)/結社: 磐長姫命(いわながひめのみこと)
参拝の順本宮・奥宮・結社の三社をめぐる「三社詣(さんしゃもうで)」

御祭神と鎮座地は、貴船神社の公式サイトによります。公式サイトは、貴船山の麓にある本宮・奥宮・結社の三つを参ることを「三社詣」と呼んで勧めています。

朝いちばんに伺いましたが、参拝者はすでにかなりの数でした。とても雰囲気のよい神社です。

2. 朱の灯籠が並ぶ石段から本宮へ

朱塗りの鳥居と、奥へ続く石段
石段の入口の鳥居(2026年7月26日撮影)

朱塗りの鳥居をくぐると、石段が始まります。

朱塗りの灯籠が両側に並ぶ石段
灯籠の並ぶ石段(2026年7月26日撮影)

石段の両側には、朱塗りの灯籠がずらりと並んでいます。青もみじの緑と灯籠の朱が重なる、夏らしい眺めでした。

公式サイトによれば、本宮は、もとの社地だった奥宮が洪水で流されたため、天喜3年(1055)に今の場所へ移されたものです。その後、文久3年(1863)までに36回余りの建て替えが重ねられ、今の本宮は平成の御造営で基礎から新しく建て直されました。社殿前の石垣からは貴船山の湧き水が「御神水」として溢れ出ていて、霊泉に浮かべると文字が浮かぶ「水占(みずうら)みくじ」が知られています。

3. 「呼び名は違っても同じ神」――高龗神と闇龗神

公式サイトによれば、貴船神社の高龗神は闇龗神(くらおかみのかみ)とも伝わり、社記には「呼び名は違っても同じ神なり」と記されています。雨を降らせ、また止め、降った雨を地中に蓄えて少しずつ湧き出させる、水源の神とされています。一説には、高龗は山の上の龍神、闇龗は谷底の暗い所の龍神ともいわれます。

『古事記』では、伊邪那岐命が火の神を斬った剣の柄から、指の間を漏れた血に闇淤加美神が成ります。高龗神の名は、『古事記』の本文には出てきません。『古事記』と『日本書紀』と神社の伝えの関係は、闇淤加美神の記事で分けて整理しました。

公式サイトは、貴船の地名が古くは「気生根(きふね)」とも書かれ、気の生じる根源とされてきたことも紹介しています。

4. 奥宮へ――貴船川に沿って歩く

貴船川の小さな堰を流れ落ちる水
貴船川の流れ(2026年7月26日撮影)

本宮から奥宮へは、貴船川に沿った道を歩きます。道の脇では、川の水が小さな堰を白く流れ落ちていました。水の神を祀る社への道が、そのまま水の流れに沿っていることになります。

杉の大木の先に見える朱塗りの門
奥宮の門(2026年7月26日撮影)

杉の大木が立つ参道の先に、朱塗りの門が見えてきます。

杉木立の中を延びる奥宮の参道
奥宮の参道の杉木立(2026年7月26日撮影)

奥宮の参道は、杉の大木に囲まれています。訪ねるなら、本宮だけでなく奥宮まで足を延ばすのがおすすめです。

5. 創建の地とされる奥宮――黄船の伝えと龍穴

森の中に建つ奥宮の社殿と狛犬
奥宮の社殿(2026年7月26日撮影)

公式サイトによれば、奥宮は貴船神社が創建された地で、森に囲まれた神聖な場所とされています。

創建の伝説は二つ伝わります。一つは、社記に残る「太古の丑の年、丑の月、丑の日に、天から貴船山の中腹の鏡岩に降った」という伝えで、今も丑の日が縁日とされている理由になっています。もう一つは、神武天皇の母とされる玉依姫命(たまよりひめのみこと)が、黄色い船に乗って今の大阪湾から淀川・鴨川・貴船川をさかのぼり、水源の地である今の奥宮に至って祠を建てた、という伝えです。

公式サイトによれば、玉依姫命が乗った黄船は、人目に触れないように石で包み囲んだと伝わり、今も苔むした姿で奥宮の本殿のそばに祀られています。また本殿の真下には「龍穴(りゅうけつ)」と呼ばれる大きな穴があり、その上に社が建てられたといいます。龍穴は誰も見ることを許されておらず、日本三大龍穴の一つとされています。

創建の年代ははっきりしませんが、天武天皇の白鳳6年にはすでに社殿の造り替えが行われたという社伝があり、創建はきわめて古いと考えられています。

6. 結社と磐長姫命――『古事記』の石長比売

三社詣の残る一社が、結社(ゆいのやしろ)です。公式サイトによれば、結社は貴船神社の「中社」にあたり、縁結びで知られる社です。御祭神は磐長姫命で、次のような伝承が残っています。

  • 瓊々杵命(ににぎのみこと)が木花開耶姫(このはなさくやひめ)をめとりたいと申し出たとき、父は姉の磐長姫もあわせて勧めたが、瓊々杵命は木花開耶姫だけを望んだ。
  • 恥じた磐長姫は「ここに留まって人々に良縁を授けよう」と鎮座した。

磐長姫命は、『古事記』では石長比売(いわながひめ)と書かれ、山の神の娘です。娘二人を差し出した父の言葉は、大山津見神の記事で取り上げました。公式サイトはまた、平安時代の歌人の和泉式部が夫との仲に悩んで参拝し、願いがかなったことから「恋の宮」と呼ばれるようになった、とも伝えています。

朱塗りの灯籠と鳥居が並ぶ境内の小道
境内の灯籠と鳥居(2026年7月26日撮影)

7. 雨乞いの馬と、山の水

公式サイトによれば、歴代の朝廷は貴船の神を水の神として深く信仰し、日照りのときには黒馬を、長雨のときには白馬または赤馬を献じて、雨乞いや雨止みを祈りました。

木々の間を流れる貴船川
貴船川(2026年7月26日撮影)

この日最後に撮ったのも、木々の間を流れる貴船川でした。貴船の神が「水源の神」とされることを、川の流れが思い出させてくれます。

まとめ

  • 2026年7月26日の朝、京都市左京区の貴船神社に参拝しました。夏でも空気が冷えているように感じられ、朝いちばんにもかかわらず参拝者はかなりの数でした。
  • 御祭神は本宮・奥宮が高龗神、結社が磐長姫命で、本宮・奥宮・結社をめぐる三社詣が勧められています(公式サイト)。
  • 社記は高龗神と闇龗神を「呼び名は違っても同じ神」としています。『古事記』の闇淤加美神との関係は別の記事で整理しました。
  • 奥宮は創建の地とされ、玉依姫命の黄船の伝えや龍穴が伝わります。本宮は天喜3年(1055)に今の地へ移されました。
  • 訪ねるなら、本宮だけでなく奥宮まで足を延ばすのがおすすめです。

ゆかりの社をたずねるなら:貴船神社と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)

参考文献

  • 貴船神社 公式サイト「貴船神社について」「参拝のご案内」(2026年10月20日に確認)
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