金山毘古神・金山毘売神(カナヤマビコ・カナヤマビメ)とは?お金でなく鉱山の神【古事記】

金山毘古神・金山毘売神(かなやまびこのかみ・かなやまびめのかみ)のアイキャッチ画像

金山毘古神(かなやまびこのかみ)と金山毘売神(かなやまびめのかみ)は、火の神を生んで病の床に就いた伊邪那美命(いざなみのみこと)の、嘔吐したものから生まれた男女一組の神です。「金山」という字面からは、お金の山や金運の神を思い浮かべるかもしれません。けれども、この名は一般に鉱山を指すと解されていて、2柱は鉱山の神、金属の神とされています。この記事では、「金」の字が指すもの、火の場面に金属の神が現れる理由をめぐる諸説、『日本書紀』が男神だけを記すこと、製鉄の跡が残る大阪府柏原市の2社と岐阜県の南宮大社を順に確かめ、最後にご利益と物語を分けて読みます。

https://www.youtube.com/watch?v=sJa7vBY8PgM
目次

1. 金山毘古神・金山毘売神の基本情報

項目内容
神名(古事記)金山毘古神(男神)・金山毘売神(女神)
神名(日本書紀)金山彦(第五段一書第四)。対になる女神は見えない
読みかなやまびこのかみ・かなやまびめのかみ
生まれた由来病み臥した伊邪那美命の嘔吐したものから生まれた
誕生の場面『古事記』上巻。火の神が生まれた直後
神格・性格鉱山の神と解される。原典に役割の説明はない
別名や同一視される神『古事記』に別名はない。『日本書紀』の金山彦、『先代旧事本紀』の金山彦神にあたる

2柱の名は、前半の「金山」が共通で、後半の「毘古」と「毘売」だけが違います。同じものを司る男神と女神が、対として並べられた形です。

先に確かめておきたいのは、『古事記』がこの2柱について記すのは、どこから生まれたかと名前だけだという点です。何をしたのか、誰の祖なのか、何を司るのかは書かれていません。この後に出てくる「鉱山の神」という理解も、火との結び付きも、名前と場面から導かれた解釈です。

2. 「金山」はお金の山ではなく、金属を掘る山

「金」の字を見ると、現代の感覚ではまず貨幣や黄金が浮かびます。しかし神名の「金」は「かね」、つまり金属一般を指す字で、貨幣や黄金に限られません。「金山」は一般に鉱山のことと解されており、そこから2柱は鉱山の神とされています。

この読み方の参考にされるのが、『古事記』の別の場面です。天の石屋の段で、神々が鏡を作る材料として取ってくるのが、天の金山の鉄(まがね)でした。ここでの「金山」は鉄を取る山で、お金とは関わりがありません。同じ書物の中に、鉄を取る山としての「金山」が出てくることが、神名を読むときの参考にされています。石屋の場面の全体は 天石屋戸 の記事に、その鉄で鏡を仕上げた神のことは 伊斯許理度売命 の記事にまとめています。

金属を掘り出す山があり、掘り出した石を溶かして形にする技がある。「金」の一字は、その広がりごと受け止めたほうが、原典の用例に合います。「金山=お金の山」と狭く読むと、この神名の持つ幅を取りこぼしてしまいます。

3. 病の床で生まれた2柱――『古事記』の一文

伊邪那美命は、神生みの最後に火の神を生んだことで体を焼かれ、病み臥します。火の神の誕生から伊邪那美命の最期、その後の出来事までの流れは 火之迦具土神 の記事で順にたどっています。2柱が現れるのは、その病の床の場面です。

この子を生みしに因りて、みほと炙かえて病み臥せり。たぐりに生れる神の名は、金山毘古神、次に金山毘売神

この子を生んだために体を焼かれて、病の床に伏した。嘔吐したものに生まれた神の名は金山毘古神、次に金山毘売神である、という意味です。「この子」は火の神、「たぐり」は嘔吐したものを指します。

一文のなかに、原因(火の神の出産)、結果(病)、そして2柱の誕生が続けて置かれています。2柱は、伊邪那岐命と伊邪那美命が並んで生んだ神ではなく、病んだ伊邪那美命の体から現れた神です。同じ病中には、続けて 波邇夜須毘古神・波邇夜須毘売神、弥都波能売神、和久産巣日神 も生まれており、金山の2柱はその先頭に立ちます。母神の物語の全体は 伊邪那美命 の記事で紹介しています。

4. なぜ嘔吐したものから鉱山の神なのか

苦しむ母神の嘔吐したものと、鉱山。この組み合わせの理由を、『古事記』は説明しません。注釈では、おもに二つの説が示されています。

一つは、見た目の連想とする説です。嘔吐したものの様子が、火で溶けた鉱石に似ている。そこから鉱山の神の誕生に結び付けられた、と考えます。

もう一つは、鉱石が火の力によって金属になることを表しているとする説です。この説に立てば、火の神が生まれ、その直後に鉱山の神が生まれるという順序は、火があって初めて金属が得られることを映したものと読めます。

どちらも説であって、確定したものではありません。ただ、二つの説はどちらも「火」を間に置いています。金属の神がほかでもない火の神の場面に現れることは、偶然の並びではなく、火と金属の結び付きを踏まえたものと解されているわけです。

5. 山から道具へ――誕生の意味をめぐる六つの見方

では、この誕生は神話全体のなかで何を語っているのでしょうか。こちらも見方が分かれていて、主なものだけで六つあります。

見方内容
火山の噴火嘔吐を溶岩の流出に見立て、その中に含まれる鉱石を表すとする
鎮火祭鎮火祭に由来する神話と見て、火を鎮める刀剣の神々に先立ち、材料となる鉄を表すとする
農耕焼畑などの農耕を映したものと見て、2柱を農具の鍬を司る神とする
五行思想五行思想の影響があるとする
冶金冶金のために火が果たす効用を表すとする
香具山の祭祀香具山の祭祀に用いる呪具を神格化したもので、「天の金山」と対応すると見る

このうち農耕の見方は、視線を山から道具へ移している点で目を引きます。『新撰亀相記』という文献には「金山彦、金山姫」の名が見え、「金神也。今鍫也」という注が付いています。金の神であり、今でいう鍬である、という説明です。ここでの金山の神は、鉱石を掘る山そのものというより、土を起こす農具に関わる神として受け取られています。

鉱山、溶岩、刀剣の材料、鍬、祭りの道具。見方の多くは、金属のどの姿に目を向けるかで分かれているともいえます。どれか一つが正しいと決まっているわけではなく、原典が名前しか語らないからこそ、これだけの読み方が並んでいます。

6. 『日本書紀』には金山彦しかいない――女神の名を消さずに読む

『日本書紀』では、第五段の一書第四に「金山彦」が見えます。伊弉冉尊(いざなみのみこと)が火神の軻遇突智(かぐつち)を生むときに苦しんで嘔吐し、それが神となった、という伝えです。生まれ方は『古事記』と重なりますが、違いが一つあります。金山毘売神にあたる女神が現れないことです。

ほかの文献でも、『美濃国風土記』の逸文に金山彦神、『先代旧事本紀』の陰陽本紀に金山彦神の名が見えます。ここに挙げた文献では、男神の名が目立ちます。

一方で、女神の名もたしかに残っています。『古事記』は金山毘売神を男神と並べて記し、前の節で触れた『新撰亀相記』は金山姫を挙げ、次の節で見るように『延喜式』には女神の名を冠した社が載っています。「金山彦」の名だけで語られることの多い神ですが、『古事記』を読むかぎり、この神は初めから男女の対です。片方を省いて「金山の神」とひとまとめにせず、2柱の名を並べて読むことが、原典に沿った読み方といえます。

7. 鉄滓の出る土地――柏原の2社と南宮大社

名前しか伝わらない2柱ですが、祀る社は古い記録に残っています。『延喜式』神名帳に載る3社です。

現在の神社所在地『延喜式』神名帳での記載
金山彦神社大阪府柏原市青谷河内国大県郡「金山孫神社」
金山媛神社大阪府柏原市雁多尾畑河内国大県郡「金山孫女神社」
南宮大社岐阜県不破郡垂井町美濃国不破郡「仲山金山彦神社」

柏原市には、男神の名の社と女神の名の社が別々にあり、『古事記』の対がそのまま土地に残ったような形です。2社は採鉱・冶金・製鉄の神として祀られてきました。國學院大學の神名データベースによれば、両社の近くからは鉄滓(てっさい)、つまり製鉄のときに出るかすが見つかっていて、古代にこの地域で製鉄が行われていたことが確かめられています。神名から導かれた「鉱山・金属の神」という理解が、ここでは土の中の証拠と重なります。

誰が祀っていたのかについては、鉄に関わった鳥取氏(大県郡鳥取郷)とする説があり、金山孫女神社については上村主(かみのすぐり)氏とする推定もあります。また、奈良県三郷町の公式サイトによれば、金山媛神社は北東の山上にある嶽山(だけやま)から移したと伝えられ、龍田大社の神域である御座ヶ峰への登り口にあたります。風の神を祀る龍田大社については 志那都比古神 の記事で扱っています。

南宮大社は、崇神天皇の代に府中から仲山の麓へ遷されたと伝わります。『延喜式』の社名には「金山彦」の名がそのまま入っています。先に触れた『美濃国風土記』逸文の金山彦神も、同じ美濃の国の伝えです。

8. 金属の仕事の守り神と「金運」を分けて読む

2柱は、鉱山、金属、鍛冶、鋳物など、金属に関わる仕事の守り神として信仰されてきました。これは、神名の「金山」と、前の節で見た社の歴史につながる信仰です。

一方で、「金」の字から金運の神として語られることもあります。ただし、これは後世の語り方です。『古事記』に書かれているのは誕生と名前だけで、財運については何も記されていません。

ここまでの内容は、三つの層に分けられます。

  • 原典に書かれていること: 病み臥した伊邪那美命の嘔吐したものから、金山毘古神・金山毘売神が生まれた。
  • 研究上の解釈: 「金山」は鉱山で、2柱は鉱山の神。火の場面で生まれる理由や意味には諸説がある。
  • 後世の信仰: 金属に関わる仕事の守り神。さらに、字面からの金運の神という語り方。

参拝して願うことを妨げるものではありませんが、どの層の話なのかを分けておくと、物語と信仰の両方が見えやすくなります。

9. 恵みが生まれても、痛みは残る

ここからは考察です。金属は、鍬となって土を起こし、鏡となって祭りの場に掛けられます。暮らしを支えるその恵みが、『古事記』では母神の病の苦しみのなかから生まれています。

似た形の話は、ほかにもあります。食物の神は殺され、その体から五穀が生まれました。恵みの始まりに、誰かの痛みや喪失が置かれているのです。この話は 大気都比売神 の記事で扱っています。

目を留めたいのは、恵みが生まれたからといって、痛みが帳消しになるようには語られていないことです。金山の2柱が生まれた後も、伊邪那美命の病は癒えません。得られたものと失われたものを、『古事記』は差し引きせず、両方とも書き残しています。母神を失った後、黄泉国へ向かう夫神の物語は 伊邪那岐命 の記事に続きます。

金属の道具を手にするとき、その始まりに置かれた場面を思い出してみる。2柱の誕生を記す『古事記』の短い一文は、そうした読み方へ誘っているように思われます。なお、神生みで生まれた神々の全体は、国生み・神生み(まとめ) の一覧で生まれた順にたどれます。

まとめ

  • 金山毘古神・金山毘売神は、火の神を生んで病み臥した伊邪那美命の嘔吐したものから生まれた男女一組の神で、原典が記すのは誕生と名前だけです。
  • 「金山」はお金の山ではなく鉱山と解され、「金」は金属一般を指します。天の石屋の段の「天の金山の鉄」が参考にされます。
  • 嘔吐したものから鉱山の神が生まれる理由には、溶けた鉱石との見た目の連想とする説と、鉱石が火の力で金属になることを表すとする説があります。
  • 誕生の意味については、火山、鎮火祭、農具の鍬、五行思想、冶金、香具山の祭祀と見方が分かれ、定説はありません。
  • 『日本書紀』は一書第四に金山彦だけを記し、女神は現れません。男女の対で記すのは『古事記』の特徴です。
  • 大阪府柏原市の金山彦神社・金山媛神社と岐阜県の南宮大社が『延喜式』に載る社で、金属に関わる仕事の守り神として信仰されてきました。金運の神という語り方は後世のものです。

ゆかりの社をたずねるなら:龍田大社と近くの宿、南宮大社と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)

参考文献

  • 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
  • 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
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