和久産巣日神(ワクムスヒ)とは?病の床の最後に成る「若い生成の力」【古事記】

和久産巣日神(わくむすひのかみ)のアイキャッチ画像

土から顔を出したばかりの芽は、まだ実りを約束してはいません。けれども、伸びていこうとする力だけは、もうそこにあります。和久産巣日神(わくむすひのかみ)は、たとえて言えばそのような「若い生成の力」を名に負うと解されている神です。『古事記』では、火の神の出産がもとで床に伏した伊邪那美命(いざなみのみこと)から成る神々のいちばん最後に置かれ、子として豊宇気毘売神(とようけびめのかみ)の名が添えられています。この記事では、名を「ワク」と「ムスヒ」に分けて読み、何の力の神なのかをめぐる諸説、『日本書紀』の稚産霊(わくむすひ)という別の伝承、子の名から食の神へ広がっていく道筋を、順に確かめます。

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目次

1. 和久産巣日神のあらまし――記されていること、記されていないこと

見るところ『古事記』が記していること記していないこと
現れ方病み臥した伊邪那美命の小水に成った2柱の、2番目そのときの様子、成った理由
名和久産巣日神。別の名は伝わらない名の意味。男神か女神か
姿何も記さない幼いとも、若者とも書かれていない
子豊宇気毘売神という子がいる子がどう生まれたか。相手がいたかどうか
はたらき何も記さない何かを育てた、実らせたという行い

右の列のほうが長くなるのが、この神の特徴です。『古事記』が和久産巣日神に割いているのは短い一文で、そこから分かるのは、名と、子がいるということに限られます。

したがって、「若い生成の力の神」という理解は、名を読み解いて得られたもので、原典の説明ではありません。とくに「若い」は名の解釈にとどまります。この神が子どもの姿で現れた、年若い神であるといったことは、どこにも書かれていません。名には「毘古」も「毘売」も付いておらず、男神か女神かも原典からは決められません。

2. 「次に」の一語で現れる――病の床の列の締めくくり

火の神を生んだ伊邪那美命は、体を焼かれて床に伏します。そこに至るいきさつと、その後に起こることは 火之迦具土神 の記事にゆずります。伏した母神からは、鉱山の神(金山毘古神・金山毘売神)、土の神(波邇夜須毘古神・波邇夜須毘売神)、水の神(弥都波能売神)が順に現れました。その列を閉じるのが、次の文です。

次に和久産巣日神。この神の子は、豊宇気毘売神と謂ふ

その次が和久産巣日神である。この神の子を豊宇気毘売神という、という意味です。

読んですぐ気付くのは、何に成った神なのかがこの文に書かれていないことです。直前の水の神の文が、小水に成った神の名を挙げる形で始まっていて、和久産巣日神はそれを「次に」の一語で受けています。水の神と同じものに成った、2柱目の神ということになります。なお、病の床の神々に使われる「成る」という言い方が、二柱が「生んだ」神とどう違うのかは、土の神の記事で取り上げました。

同じものから続けて成った2柱ですが、名に共通する部分はありません。鉱山の神や土の神のような、名をそろえた男女の組とは作りが違います。それでも、水の神と生成の神とが対になっている、という指摘があります。

もう一つ目を引くのが、文の後半です。病の床で成った神は合わせて6柱いますが、子の名が添えられているのは和久産巣日神だけです。ただし、添えられているのは名だけで、どのようにして子を得たのかは語られていません。

この文を最後に、伊邪那美命は世を去ります。母神の歩みの全体は 伊邪那美命 の記事にまとめています。

3. 「和久」は若さの響き――神の年齢の話ではない

名は、前半の「和久」と後半の「産巣日」に分けて読まれています。

「和久」はワクと読みます。この音の意味を考える手がかりになるのが、『日本書紀』の書き方です。そちらは同じ音の神名を「稚産霊」と書き、ワクに「稚」の字を当てています。このことから、「和久」のワクは「稚子(わくご)」のワクと同じで、「若い」という意味だと考えられています。

大事なのは、その「若い」が何にかかるかです。後半の「産巣日」は、次の節で見るように生成の力を表す語です。そこで名の全体は、「若々しい生成の力」と解されています。若いと形容されているのは力のほうで、神の見た目や年齢ではありません。

ワクについては、「湧く」と結び付ける読み方もあります。こちらは、何の神かという議論と一体になっているので、5節で紹介します。

4. 「産巣日」の3字――天地の初めの神と同じ語を負う

後半の「産巣日(むすひ)」は、『古事記』を初めから読んできた人には見覚えのある字です。天地の初めに高天原に成った高御産巣日神(たかみむすひのかみ)と神産巣日神(かみむすひのかみ)の名に、同じ3字が入っています。ムスヒは生成の霊力を表す語と解されていて、語の成り立ちは 高御産巣日神 と 神産巣日神 の記事で、この2柱を含む造化三神(ぞうかさんしん)の全体は 造化三神 の記事で説明しています。

同じ語を名に持つことから、和久産巣日神はこの2柱と同類の神と考えられています。

ただ、置かれている場所はずいぶん違います。先の2柱は、世界の始まりに、高天原で、親を持たずに成った神でした。和久産巣日神は、火の神の誕生で神生みが終わった後に、病む母神の体から成っています。物語の冒頭に掲げられた「産巣日」の語が、母神の最期の場面でもう一度使われている形です。

ムスヒという語は、この3柱だけのものでもありません。『日本書紀』は火の神を「火産霊(ほむすひ)」とも書きます。また『古事記』の後の場面では、殺された食物の女神の体に生じた蚕と五穀を取らせて種としたのが、神産巣日神でした。火の神の名にも、五穀が種になる場面にも、ムスヒの語が顔を出しています。

5. 何を生み成す力なのか――農の生産力と読む説、湧く泉と読む説

和久産巣日神が生産に関わる神であることは、認められています。では何を生み出す力なのか。そこから先は説が分かれます。

多いのは、農業に引き付けた読み方で、三つあります。

一つ目は、原始的な農法である焼畑に基づく、農業生産の神とする説です。

二つ目は、大地を刺激する火、肥料、灌漑の水という意義を受けて、若々しい農業の生産力が生まれることを表すと見る説です。火と肥料と水がそろったところへ、育つ力そのものが来る、という筋になります。

三つ目は、子の名から逆にたどる説です。豊宇気毘売神が稲の神霊と考えられることから、和久産巣日神を、それを生じさせる生成力の神と見ます。

これらとは向きの違う読み方が、ワクを「湧く」の縁で取る説です。温泉が湧き出すはたらきを神としたものと見る説と、火山の活動に伴って温泉や冷泉が湧き出すことを表すと見る説があります。この読み方に立つと、名の前半が指しているのは若さではなく、地の底から水が上がってくる動きです。

農の力か、湧く泉か。病の床の神々の全体を何の反映と見るかについては、火山、農耕などいくつもの見方があり、金山毘古神・金山毘売神 の記事で並べました。和久産巣日神をめぐる説の分かれ方にも、それと重なるところがあります。いずれも説であって、一つに定まってはいません。

6. 頭に蚕と桑、臍に五穀――『日本書紀』の稚産霊は別の伝承

『日本書紀』では、「稚産霊」の名が第五段の一書(あるふみ)第二に見えます。一書とは、本文のわきに並べて記された別の伝えのことです。

その伝えでは、火神の軻遇突智(かぐつち)が土神の埴山姫(はにやまひめ)を娶り、稚産霊が生まれます。そして、この神の頭の上に蚕と桑が、臍の中に五穀が生じた、と語られます。

名の音は同じですが、『古事記』と並べてみると、話の中身はほとんど重なりません。

比べる点『古事記』の和久産巣日神『日本書紀』一書第二の稚産霊
親にあたる神伊邪那美命(その小水に成る)火神の軻遇突智と、土神の埴山姫
現れ方物に「成る」火神が土神を娶って生まれる
体に生じるもの記述がない頭の上に蚕と桑、臍の中に五穀
火の神との関わり火の神を生んで病んだ母神から成る火の神の子

蚕と桑と五穀が神の体に生じるという筋は、強く印象に残ります。けれども、これは『日本書紀』の一書が稚産霊について語っていることです。『古事記』の和久産巣日神に、その話はありません。

『古事記』のなかで蚕と五穀が体に生じるのは、大気都比売神(おおげつひめのかみ)です。場面も違っていて、高天原を追われた須佐之男命に食物を差し出した後の話になります。くわしくは 大気都比売神 の記事にあります。

和久産巣日神を「蚕と五穀を生んだ神」と紹介すると、二つの書の伝えを混ぜることになります。

後の文献では、『先代旧事本紀』の陰陽本紀に「稚皇産霊神」の名が見えます。

7. 子の名は豊宇気毘売神――食の神への広がりと外宮をめぐる議論

『古事記』に戻ります。和久産巣日神に添えられた子の名、豊宇気毘売神 は、食に関わる名と解されています。

「豊」は美称で、豊穣の意とする説と、神的なものに冠するたたえ言葉とする説があります。「宇気(ウケ)」はウカと同じ語で、食物、または稲のことです。大殿祭の祝詞の注に、屋船豊宇気姫命を「稲の霊なり」と説明するものがあり、ここから、食物全般ではなく稲に限った神と見る説があります。食物の神としては大気都比売神が先に登場しているので、二柱の神格の重なりをどう考えるかが論点になっています。また、病の床の神々を農耕の過程と読む立場には、生産の神の子として最後に稲の霊が現れることを、実りを表すと見る説もあります。

名のよく似た神が、『古事記』の天孫降臨の段に出てきます。「登由宇気神」で、伊勢神宮の外宮の祭神とされる神です。豊宇気毘売神をこの登由宇気神と同じ神と解するかどうかは、説が分かれています。登由宇気神の記載そのものを、後の時代に書き入れられたものと見る説もあります。この記事でも、どちらとも決めずにおきます。

そのうえで、外宮がどのような宮なのかを記しておきます。伊勢神宮の公式サイトによれば、外宮は豊受大神宮(とようけだいじんぐう)といい、祭神は豊受大御神(とようけのおおみかみ)です。天照大御神の食事を司る御饌都神(みけつかみ)とされています。鎮座の由来は、雄略天皇の夢に天照大御神が現れ、丹波国の比治の真名井にいる等由気の大神を御饌都神として呼び迎えるよう告げたことで、約1500年前のこととされます。外宮の御饌殿では、朝と夕の二度、神々に食事を供える日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)が、鎮座以来約1500年にわたって続けられています。

念を押しておくと、これは外宮の豊受大御神についての話で、和久産巣日神を祀っているという話ではありません。和久産巣日神そのものを祀る社は、確かめのとれたものがないため、この記事では挙げていません。原典の一文から外宮の朝夕の祭りまでの間には、子の名、名の似た別の段の神、同じ神かどうかの議論と、いくつもの段差があります。

8. 母神の最期に置かれた「育つ力」と「食」の名

ここからは考察です。

病の床の神々を、もう一度並べてみます。鉱山、土、水。ここまでは、手で触れられるものの名です。最後の和久産巣日神だけが、ものではなく力の名を負っています。そして、その子の名は食べ物です。列は、ものから力へ、力から食へと進んで閉じられます。

これが、母神の世を去る直前に置かれています。伊邪那美命は、島々を生み、神々を生み続けてきた神でした。その神がもう生むことのできなくなった床で、最後に成った神の名が「生み成す力」で、しかもその神にだけ子の名が添えられています。生むというはたらきが、母神その人から、名の上で次の世代へ手渡されているようにも読めます。

親と子の名の順にも目を向けておきます。ムスヒは、ものがひとりでに生じて育つ力を指す語と解されています。子の名のウケは食べ物で、こちらは誰かが受け取り、口にするものです。まず育つ力があり、その先に食がある。二つの名は、その順序どおりに並んでいます。

ただし、原典は悲しみを和らげる言葉を何も添えていません。和久産巣日神が成った後に続くのは、母神の死と、残された 伊邪那岐命 の嘆きです。恵みが現れても痛みが差し引かれないことは、鉱山の神の記事の終わりでも考えました。失われることと育つこととが、一つの場面に、どちらも消されないまま並んでいます。

国生みから神生みの終わりまでを通して見たいときは、国生み・神生み(まとめ) の一覧が手引きになります。

まとめ

  • 和久産巣日神は、病み臥した伊邪那美命の小水に、水の神に続いて成った神です。病の床で成った6柱の最後にあたり、『古事記』が記すのは名と、子がいることだけです。
  • 名の「和久」は、『日本書紀』が「稚」と書くことから「若い」の意と考えられ、「産巣日」は高御産巣日神・神産巣日神と同じ語です。合わせて「若々しい生成の力」と解されます。神の年齢や姿、性別は原典に書かれていません。
  • 神格には、焼畑に基づく農業生産の神、火・肥料・水を受けて生まれる農業の生産力、稲の神霊を生じさせる生成力、温泉の湧出の神格化といった説があり、定まっていません。
  • 『日本書紀』第五段の一書第二の稚産霊は、火神と土神の子で、頭に蚕と桑、臍に五穀が生じます。親も生まれ方も違う別の伝承で、『古事記』の和久産巣日神にこの話はありません。
  • 子の豊宇気毘売神は食物または稲に関わる名と解されます。伊勢神宮外宮の祭神と同じ神かどうかは説が分かれており、外宮の祭りは和久産巣日神を祀る話ではありません。
  • 母神の死の直前に「育つ力」と「食」の名が置かれていますが、原典は悲しみを打ち消す言葉を添えていません(この点は考察です)。

ゆかりの社をたずねるなら:豊受大神宮と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)

参考文献

  • 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
  • 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
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