名前が似ていたら、同じ神なのでしょうか。闇御津羽神(くらみつはのかみ)の名には「ミツハ」という音が入っています。同じ音は、少し前の場面で伊邪那美命の病の床に成った弥都波能売神の名にもあります。どちらも水の神とされますが、『古事記』は二柱を別々の場面で、別々の成り方で記しています。この記事では、闇御津羽神が登場する一行を確かめたうえで、似た名の神と何が同じで何が違うのかを、表を使って並べていきます。
1. 八柱の最後に置かれた名前
闇御津羽神は、伊邪那岐命が火の神の火之迦具土神を斬った剣から成った8柱の、いちばん最後の神です。剣の柄に集まった血が、握る手の指の間から漏れ出て、まず闇淤加美神が、続いてこの神が成ります。武田祐吉の注釈による本文では、名前は次のように一言で記されます。
次に闇御津羽の神。
そして原典は、ここで8柱をまとめます。
上の件、石拆の神より下、闇御津羽の神より前、并はせて八神は、御刀に因りて生りませる神なり。
石拆神から闇御津羽神までの8柱は、剣によって成った神だ、という締めくくりです。闇御津羽神は、この「八神」の範囲の終わりを示す名として、もう一度呼ばれています。剣の8柱の全体は剣の八神の記事にまとめました。
原典が闇御津羽神について記すのは、どこから成ったかと名前だけです。姿も、言葉も、その後の活躍もありません。
2. 「三神」と書かれない二柱
剣の8柱を並べると、一つ気になる点があります。剣の先の血から成る3柱と、剣の根元の血から成る3柱には、それぞれ名前のあとに「三神」と注記があります。ところが、最後の闇淤加美神と闇御津羽神には「二神」の注記がありません。
國學院大學が2025年に公開した英語版の研究書『Studies on the Kojiki』の第8章は、その理由を、この2柱だけが湯津石村(ゆついはむら。神聖な岩の群れ)を介さずに成ったからだろう、と説明しています。前の6柱は血が岩に飛び着いて成り、最後の2柱は手の中から漏れて成ります。注記の有無も、成り方の違いと重なっていることになります。
3. 「クラ」と「ミツハ」――二つに分けて読む
名前は「クラ」と「ミツハ」に分けて読まれます。
「クラ」は谷 の意とされます。同じ「クラ」は、隣の闇淤加美神の名の頭にもあります。
「ミツハ」は水の神 を表す語とされます。國學院大學の神名データベースは、ミツハを弥都波能売神のミツハと同じ語としています。また同じデータベースによれば、平安時代の辞書『和名類聚抄』には、「水神」を「美豆波(みつは)」と読む記述があります。
ミツハの語源には、「水つ早」「水つ走」と読んで勢いよく流れる水と見る説、出始めの水と見る説など、いくつかの説があります。その諸説は弥都波能売神の記事で紹介したので、ここでは繰り返しません。
あわせると、闇御津羽神は「谷の水の神」と読めます。
4. 隣の闇淤加美神――「谷の竜」と「谷の水」
闇御津羽神は、闇淤加美神と同時に成り、対になる神とされます。二柱の名を並べると、違いは後ろ半分にあります。
| 闇淤加美神 | 闇御津羽神 | |
|---|---|---|
| 頭の語 | クラ(谷) | クラ(谷) |
| 後ろの語 | オカミ(竜、水を掌る神) | ミツハ(水の神) |
| 成った順 | 7番目 | 8番目 |
| 『日本書紀』の書き方 | 闇龗 | 闇罔象 |
「谷の竜」と「谷の水」。同じ谷に、水そのものと、水に宿る竜の両方が名を与えられている、と読むことができます。ただしこれは名前の読み解きからいえることで、二柱がどう分担するかを原典が書いているわけではありません。
闇淤加美神のほうは、京都の貴船神社などで今も水の神として祀られています。その話と、火の神の血から水の神が成る理由をめぐる諸説は、闇淤加美神の記事にまとめました。
5. 弥都波能売神とは、どこが違うのか
では、同じ「ミツハ」を持つ弥都波能売神とは、同じ神なのでしょうか。二柱を並べてみます。
| 弥都波能売神 | 闇御津羽神 | |
|---|---|---|
| 場面 | 火の神を生んだ伊邪那美命が病み臥したとき | 伊邪那美命が神避りしたあと、伊邪那岐命が火の神を斬ったとき |
| 何から成ったか | 伊邪那美命の尿 | 剣の柄に集まり、指の間から漏れた血 |
| 名の組み立て | ミツハ+ノ+メ(女) | クラ(谷)+ミツハ |
| 一緒に成った神 | 続いて和久産巣日神 | 先に闇淤加美神 |
| 『日本書紀』の書き方 | 罔象女(みつはのめ) | 闇罔象(くらみつは) |
共通しているのは、「ミツハ」の音と、『日本書紀』で使われる「罔象」の字です。國學院大學の神名データベースによれば、「罔象」は中国の古典で水の精を表す字で、『淮南子(えなんじ)』には「水は罔象を生ず」とあります。この字を手がかりに、ミツハを水を掌る竜神とする説もあります。
違っているのは、それ以外のほとんどすべてです。場面が違い、成るもとが違い、名の頭と終わりが違い、組になる神も違います。弥都波能売神の「メ」は女性を表し、闇御津羽神の「クラ」は谷を表します。『古事記』はこの二柱を、同じ神の言い換えとしてではなく、別の場面の別の神として記しています。
似た名前は、同じ神であることの証拠にはなりません。國學院大學の神名データベースが「ミツハは水神の一種」とするように、ミツハは特定の一柱の名というより、水の神を表す言葉と考えられます。その言葉に「女」を付ければ弥都波能売神、「谷」を付ければ闇御津羽神になる、と考えると、二柱が別の神として並び立つことが自然に見えてきます。
6. 『日本書紀』では「闇罔象」――間に入る山の神
『日本書紀』では、闇御津羽神は「闇罔象(くらみつは)」と書かれます。神代の第五段の一書第六で、剣の頭から滴った血から、次の順で成ります。
- 闇龗(くらおかみ)
- 闇山祇(くらやまつみ)
- 闇罔象(くらみつは)
『古事記』では対になっていた谷の竜と谷の水のあいだに、「闇山祇」という山の神が入っています。「クラ」の名を持つ神が、竜・山・水と三つ並ぶ形です。
『古事記』にも、闇山津見神(くらやまつみのかみ)という同じ「クラ」の山の神がいます。ただしこちらは剣の血からではなく、斬られた火の神の体の、陰(ほと)から成った神です。『Studies on the Kojiki』第8章も、山津見の8柱のうち「クラ」が陰から成る神であることを示しています。
つまり、「クラ」の名を持つ山の神は、『日本書紀』では剣の血の側に、『古事記』では火の神の体の側に置かれています。同じ名の神でも、どこから成ったかは書によって違います。名前だけを頼りに神をつなぐと、こうした違いが見えなくなります。
7. 水への祈りを、名前で混ぜない
ここからは神社の話です。『古事記』の本文とは分けて読んでください。
奈良県東吉野村の丹生川上神社(中社)は、公式サイトによれば、本殿の主祭神を罔象女神(みづはのめのかみ)とし、水のすべてを司る神として祀っています。罔象女は、『日本書紀』で弥都波能売神にあたる書き方です。同じ「罔象」の字が入っていても、ここで祀られているのは病の床に成った女神の系統で、剣の柄から成った闇御津羽神ではありません。丹生川上神社の祈りの歴史は弥都波能売神の記事で紹介しました。
一方、闇淤加美神は、貴船神社で高龗神と同じ神として、また丹生川上神社下社で闇龗神として祀られています。今回あたった資料のなかには、闇御津羽神を主祭神として祀る神社は見当たりませんでした。
水の神への祈りは、どれも雨や水源を願う点で似ています。けれども、どの神に祈っているのかは、名前の字と、その神がどの場面に属するのかを確かめないと分かりません。「ミツハ」の音が同じだからといって、丹生川上神社の罔象女神を闇御津羽神の社と言い換えることはできないのです。
8. 名前と場面を、もう一度並べる
最後に、闇御津羽神について分かることを、三つの層に分けて整理します。
- 原典の出来事: 伊邪那岐命が火の神を斬った剣の柄に血が集まり、指の間から漏れて、闇淤加美神に続いて成った。剣から成った8柱の最後で、「八神」をまとめる一文の終わりにも名が出る。
- 名前の解釈: クラは谷、ミツハは水の神を表す語で、「谷の水の神」と読まれる。『日本書紀』は闇罔象と書き、闇龗との間に闇山祇を置く。
- 似た名の神との関係: 弥都波能売神とは「ミツハ」の音と「罔象」の字を共有するが、場面・成り方・組になる神がすべて違い、『古事記』では別の神として記される。
ここからは考察です。闇御津羽神は、名前以外に何も語られない神です。それでも、八柱の締めくくりに名が呼ばれ、火の神の場面を水の名で閉じる位置にいます。この直後、物語は斬られた火の神の体から成る山の神々へ、そして伊邪那岐命が妻を追って向かう黄泉国へと進みます。谷の水の神は、火の場面から次の物語へと移る境目に置かれた名前だといえるでしょう。
まとめ
- 闇御津羽神は、伊邪那岐命が火の神を斬った剣の柄に集まった血が、指の間から漏れて、闇淤加美神に続いて成った神です。剣から成る8柱の最後にあたります。
- 前の6柱にある「三神」の注記が、この2柱にはありません。湯津石村を介さずに成ったからだとする見方があります。
- 「クラ」は谷、「ミツハ」は水の神を表す語で、「谷の水の神」と読まれます。対の闇淤加美神は「谷の竜」です。
- 弥都波能売神とは「ミツハ」の音と『日本書紀』の「罔象」の字が同じですが、場面・成り方・組になる神が違い、別の神として記されます。
- 『日本書紀』では闇罔象と書かれ、闇龗との間に闇山祇が入ります。『古事記』の闇山津見神は、火の神の体から成る別の神です。
- 丹生川上神社(中社)が祀る罔象女神は弥都波能売神の系統で、闇御津羽神と名前だけで結び付けることはできません。
参考文献
- 武田祐吉 注釈校訂『古事記』(青空文庫)
- 國學院大學 古典文化学事業「神名データベース」闇御津羽神・弥都波能売神(2026年10月20日に確認)
- 國學院大學『Studies on the Kojiki』Chapter 8 “The Slaying of the Fire Deity”(Ignacio Quirós・Kate Wildman Nakai 訳、2025年。2026年10月20日に確認)
- 丹生川上神社 公式サイト「神社について」(2026年10月20日に確認)
