箱根神社 参拝記――御祭神の箱根大神と、溶岩流の上に建つ社殿【2026年10月】

箱根神社の社殿と石段(2026年10月10日撮影)

2026年10月10日の夕方、神奈川県の箱根神社に参拝しました。このブログは『古事記』の神々を1柱ずつたどっていますが、神々が今どのように祀られているかは、実際に社を訪ねてみないと分からないことがあります。この記事では、箱根神社の御祭神と由緒を神社の公式サイトで確かめたうえで、境内の案内板に書かれていたこと、撮ってきた写真を順に紹介します。由緒や御祭神は公式サイト、地形の説明は境内の案内板によるもので、それぞれ出典を示します。

目次

1. 参拝の記録と箱根神社の基本情報

項目内容
参拝日2026年10月10日(写真の記録では16時38分〜16時53分)
鎮座地神奈川県足柄下郡箱根町元箱根80-1
御祭神箱根大神(はこねのおおかみ)。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)・木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)・彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)の御三神を併せて祀り、こう称える
例祭7月31日 湖水祭(宵宮)、8月1日 例大祭
境内の社九頭龍神社(新宮。社殿の右隣)、第六天神社 など

御祭神と例祭は、箱根神社の公式サイトによります。九頭龍神社には、芦ノ湖畔に鎮座する本宮と、箱根神社の社殿の右隣に建てられた新宮の2か所があると、同じく公式サイトに書かれています。

2. 社号標と鳥居から、杉並木の参道へ

「国幣小社 箱根神社」の社号標と赤い鳥居
社号標と鳥居(2026年10月10日撮影)

参拝は、「国幣小社 箱根神社」と刻まれた社号標と、朱塗りの鳥居から始まりました。鳥居の先には石段が続きます。

杉の大木が両側に並ぶ参道
杉並木の参道(2026年10月10日撮影)

参道の両側には杉の大木が立ち並び、石灯籠が続いています。

3. 御祭神の箱根大神――三柱をあわせて祀る

公式サイトによれば、箱根神社は瓊瓊杵尊・木花咲耶姫命・彦火火出見尊の三柱を併せて祀り、「箱根大神」と称えています。

瓊瓊杵尊と木花咲耶姫命は、『日本書紀』の書き方による名です。『古事記』では邇邇芸命(ににぎのみこと)と木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)と書かれ、天から降った邇邇芸命が、山の神の娘である木花之佐久夜毘売と結ばれる話が語られます。その場面で、娘の父である大山津見神が語る言葉は、大山津見神 の記事で取り上げました。

このブログでは、邇邇芸命・木花之佐久夜毘売・彦火火出見尊をまだ1柱ずつの記事にしていません。神話の順に読み進めて、その場面に来たときに改めて扱います。

4. 万巻上人と箱根権現――公式サイトが伝える由緒

公式サイトの由緒は、箱根神社の縁起『筥根山縁起并序(はこねさんのえんぎならびにじょ)』(1191年成立)を引いて、次のように伝えています。

  • 第5代孝昭天皇の御代に、聖占仙人が箱根山の駒ヶ岳に神仙宮を開き、主峰の神山を神体山として祀ったのが始まりで、以来、関東の山岳信仰の霊場となった。
  • 奈良時代の天平宝字元年(757)、箱根山に入った万巻上人が、箱根大神のお告げを受け、勅願によって今の場所に社殿を建てた。
  • この社は「箱根三所権現(箱根権現)」と呼ばれ、仏教、とりわけ修験道と結び付いて信仰を集めた。
  • 鎌倉時代には源頼朝が深く信仰し、将軍家が伊豆と箱根の権現に参る「二所詣」を始めた。北条泰時が定めた『御成敗式目』の起請文では、誓いを立てる神仏の筆頭に「伊豆箱根両所権現」が挙げられている。
  • 明治の初めの神仏分離で、「関東総鎮守箱根大権現」から「箱根神社」に改称した。

駒ヶ岳の山頂には、箱根神社の奥宮にあたる箱根元宮があります。公式サイトは、箱根神社・九頭龍神社・箱根元宮の三社をめぐる「三社参り」も勧めています。今回の参拝では、箱根元宮までは行っていません。

5. 溶岩流の末端の崖に建つ社殿――ジオパークの案内板

箱根ジオパークの案内板「箱根神社」
箱根ジオパークのジオサイトH14の案内板(2026年10月10日撮影)

境内には、箱根ジオパークのジオサイト「H14 箱根神社」の案内板がありました。見出しは「駒ヶ岳の溶岩流の末端崖に建てられた神社」です。案内板によれば、次のような地形の上に社殿が建っています。

  • 箱根火山の「後期中央火口丘」と呼ばれる山々は、約4万年前以降の火山活動でできたもので、駒ヶ岳はその一つ。箱根神社はその麓にある。
  • 駒ヶ岳は約2万7千年前から活動を始めた成層火山で、山頂付近から何枚もの溶岩流が流れ出した。
  • 本殿へ登る階段のある急な斜面は、この溶岩流の末端の崖で、本殿などの建物は溶岩流の上に建っている。

同じ案内板は、治承4年(1180)の石橋山の戦いで敗れた源頼朝を箱根神社がかくまって助けたことから、鎌倉時代以降は武家の信仰を集めた、とも伝えています。

由緒で語られる「駒ヶ岳に神仙宮を開いた」という始まりと、案内板が語る「駒ヶ岳の溶岩流の上に建つ」という地形が、同じ山の名でつながっていることになります。

6. 石段の上の社殿

石段の上に建つ箱根神社の社殿
社殿と石段(2026年10月10日撮影)

案内板が「溶岩流の末端崖」と説明していた急な斜面を、石段で上ると社殿があります。朱塗りの柱と、緑青色の屋根が重なる社殿です。

箱根神社の社殿の正面
社殿(2026年10月10日撮影)

7. 龍の口から水が落ちる手水舎

龍の像の口から水が落ちる手水鉢
手水舎の龍(2026年10月10日撮影)

手水舎では、龍の像の口から水が落ちていました。公式サイトによれば、箱根神社では芦ノ湖の守護神である九頭龍大神を祀る九頭龍神社をあわせてお参りする「両社参り」が勧められており、社殿の右隣にはその新宮があります。

8. 境内の第六天神社と、神世七代の淤母陀流神

境内には「第六天神社」の案内板もありました。案内板によれば、御祭神は淤母陀琉神(おもだるのかみ)です。箱根山で修業する修験者たちが九頭龍明神や弁財天とともに「第六天神」と称えて信仰し、明治の神仏分離のあとはひそかに祀られてきたこと、鎮座1230年を記念して祭祀を復興したことが記されていました。

淤母陀流神は、『古事記』の神世七代の第6代にあたる神です。仏教の「第六天」が、明治に第六代の神の名で祀り直された流れと、この案内板の写真は、淤母陀流神・阿夜訶志古泥神 の記事に載せました。

まとめ

  • 2026年10月10日の夕方、神奈川県箱根町の箱根神社に参拝しました。
  • 御祭神は箱根大神で、瓊瓊杵尊・木花咲耶姫命・彦火火出見尊の三柱をあわせて祀ります(公式サイト)。
  • 公式サイトの由緒では、駒ヶ岳での祭祀に始まり、757年に万巻上人が今の地に社殿を建て、箱根権現として修験道と結び付き、明治に箱根神社と改称しました。
  • 境内の箱根ジオパークの案内板によれば、本殿へ上る急な斜面は駒ヶ岳の溶岩流の末端の崖で、社殿は溶岩流の上に建っています。
  • 境内の第六天神社には、神世七代の淤母陀琉神が祀られています(境内の案内板)。

ゆかりの社をたずねるなら:箱根神社と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)

参考文献

  • 箱根神社 公式サイト「箱根神社・九頭龍神社・箱根元宮の由緒並に宝物と文化財」(2026年10月14日に確認)
  • 箱根神社境内の案内板「箱根ジオパーク ジオサイトH14 箱根神社」(2026年10月10日撮影)
  • 箱根神社境内の案内板「第六天神社」(2026年10月10日撮影)
この記事が役に立ったらシェアしてもらえると嬉しいです
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次