淤母陀流神・阿夜訶志古泥神(オモダル・アヤカシコネ)とは?姿が整い畏れかしこむ完成の神【古事記】

淤母陀流神・阿夜訶志古泥神(おもだるのかみ・あやかしこねのかみ)のアイキャッチ画像

淤母陀流神(おもだるのかみ)と阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)は、神世七代(かみよななよ)の第6代、つまり国生みを行う伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)のすぐ前に成った男女一組の神です。淤母陀流神は「於母陀流神」とも書きます。その名は「顔かたちが整った」「ああ、畏れ多い」という意味に解され、世界の生成がここで一つの完成に達したことを表すと読まれています。ところがこの2柱には、他の対偶神にはない奇妙な点があります。男神と女神の名が、まったく対になっていないのです。この記事では、2つの神名の意味、名が釣り合わない理由をめぐる説、『日本書紀』の惶根尊に集中する別名、そして「第六天」として受け継がれてきた信仰を確かめ、「世界はいつ完成したのか」という問いを考えます。

https://www.youtube.com/watch?v=eT06ULDFTUU
目次

1. 淤母陀流神・阿夜訶志古泥神の基本情報

項目内容
神名(古事記)淤母陀流神(男神。於母陀流神とも)・阿夜訶志古泥神(女神。原文では「妹阿夜訶志古泥神」)
神名(日本書紀)面足尊・惶根尊(第二段本文)。惶根尊には吾屋惶根尊などの別名がある
読みおもだるのかみ・あやかしこねのかみ
神世七代での位置第6代。意富斗能地神・大斗乃弁神の次、伊邪那岐神・伊邪那美神の前
神格・性格「面が足る」=姿が整うこと、「あや、かしこし」=畏れ多いという讃嘆を表す神。身体や国土の完成を表す段階と解される
別名や同一視される神『日本書紀』の吾屋惶根尊・忌橿城尊・青橿城根尊・吾屋橿城尊。近世まで「第六天」として祀られた

表記について補足します。岩波文庫の倉野憲司本では「淤母陀流神」と書かれますが、國學院大學の神名データベースなどでは「於母陀流神」の表記が使われています。「淤」も「於」も「お」の音を写した仮名で、指している神は同じです。本記事では「淤母陀流神」を用います。

神世七代の数え方や、女神の名に付く「妹(いも)」の意味など、対偶神に共通する事柄は、最初の対偶神の記事にまとめています。宇比地邇神・須比智邇神

2. 伊邪那岐・伊邪那美と同じ調子で並ぶ一文

次に淤母陀流神。次に妹阿夜訶志古泥神。次に伊邪那岐神。次に妹伊邪那美神

「次に淤母陀流神が成り、次にその妹の阿夜訶志古泥神が成りました。次に伊邪那岐神が成り、次にその妹の伊邪那美神が成りました」という意味です。

この2柱についての記述は、名前だけです。注目したいのは、そのすぐ後に伊邪那岐神・伊邪那美神の名が、まったく同じ調子で並んでいることです。原文の上では、第6代と第7代の間に切れ目はありません。けれども、伊邪那岐神・伊邪那美神にはこの後に長い物語が続くのに対し、淤母陀流神・阿夜訶志古泥神の名は二度と現れません。名前しかない神々の列は、この一行の中で、行動する神へと引き継がれるのです。

3. 淤母陀流=「面が足る」

『古事記』は神名の由来を説明していないため、以下は注釈書に見える解釈です。前の代までの神名が泥・砂・杭・場所といった「物」の名であったのに対し、この代の神名は、様子や気持ちを表す言葉でできています。

淤母陀流神の名は、『日本書紀』の「面足尊」という表記から、「面(おも)」が「足る(たる)」、つまり顔かたちが成り整うという意味に解されています。「面」は顔や表面を指す語で、「足る」は欠けるところなく満ちることです。ここから、身体の完成を、その最も目立つ部分である顔に託して表した神とする解釈が一般的です。人体がすべて備わったことの神格化とする説と言い換えることもできます。

一方で、「面」を国土の表面と取る説もあります。『万葉集』には讃岐国を「神の御面(みおも)」と詠んだ歌があり、国土を神の顔に見立てる発想が古くからあったことが分かります。この立場では、淤母陀流神は国土の表面が満ち足りたこと、つまり大地の完成を表す神と読まれます。身体が整うことと国土が整うことを重ね合わせる説もあります。

4. 阿夜訶志古泥=「ああ、畏し」

阿夜訶志古泥神の名は、「阿夜(あや)」「訶志古(かしこ)」「泥(ね)」の三つに分けられます。「あや」は「ああ」という感動詞、「かしこ」は「畏(かしこ)し」、すなわち畏れ多いという気持ちを表す語、「ね」は女性を表す接尾語、または親愛の接尾語と解されています。全体で「ああ、なんと畏れ多いことか」という讃嘆の言葉が、そのまま神名になったと考えられています。『万葉集』にも「あやにかしこき」という言い回しがあり、こうした感嘆の表現が古代の日本語に根づいていたことがうかがえます。

この名の意味については、整った顔かたちを見て畏れかしこまる気持ちを表すとする説のほかに、人体が備わった上に、畏れを知る意識が成り立ったことの神格化とする説もあります。後者の立場では、淤母陀流神が身体の完成、阿夜訶志古泥神が心の成立を表すことになり、2柱で「体と心」が揃った段階と読めます。

5. なぜ2柱の名は対にならないのか

ここで、他の対偶神と決定的に違う点に触れなければなりません。宇比地邇神・須比智邇神は「宇」と「須」、角杙神・活杙神は「角」と「活」、意富斗能地神・大斗乃弁神は「地」と「弁」だけが違う、対応した名でした。ところが淤母陀流神と阿夜訶志古泥神には、共通する語が一つもありません。片方は「姿が整う」、もう片方は「ああ、畏れ多い」で、言葉の形も意味の種類も別物です。

この非対称には、意味の面からの説明があります。

  • 掛け合いと読む説: 男神が女神に向かって「あなたの姿は整って美しい」と褒め、女神が「まあ、なんと畏れ多いこと」と応じる、一組の掛け合いだという読み方です。対称でないからこそ、2柱の名は呼びかけと応答という一つの場面を作っていることになります。
  • 讃美で命を宿らせるという説: 完成した身体に讃美の言葉をかけることで、そこに命と魂を宿らせるという古代の観念の反映とする説です。形が出来上がっただけでは、まだ生きてはいません。それを見て言葉にすることで、初めて命が吹き込まれる、という考え方です。

このほか、村や家を守る神像の姿を表したものとする説や、生産や豊穣に結びつける説もあります。系譜の成り立ちの面からの説明もあり、これは7章の『日本書紀』の伝えとあわせて見ます。

6. 第6代で世界は完成したのか

神世七代を順にたどると、土台、原野、泥と砂、杭(または芽)、居処(または性)と、国土や身体が一段ずつ整えられてきました。その最後に置かれたのがこの代です。前の代は「斗」を中核とし、場所の成立、あるいは男女の性の分化を表すと読まれます。意富斗能地神・大斗乃弁神

国土の形成と見る立場では、整えられてきた大地がここでその表面まで満ち足りて完成し、それを見た者が「ああ、畏れ多い」と感嘆する段階です。身体の完成と見る立場では、形が生まれ、性が備わった身体が、ここで顔かたちまで整い、畏れを知る心を持つに至る段階です。どちらの立場でも、この代は「完成」と「完成への讃嘆」を担っています。

完成の次に来るのが、第7代の伊邪那岐神・伊邪那美神です。この2柱は、天つ神の命を受けて国を生み、神々を生みます。「世界はいつ完成したか」という問いに『古事記』の順序で答えるなら、それはこの第6代であり、完成した世界が動き出すのが第7代だ、ということになります。伊邪那岐命 伊邪那美命 七代全体の一覧はまとめ記事にあります。造化三神

7. 『日本書紀』の惶根尊に集中する四つの別名

『日本書紀』では、この2柱は第二段の本文に面足尊(おもだるのみこと)・惶根尊(かしこねのみこと)として見え、第三段の一書第一にも同じ名が挙げられています。「面が足る」「畏し」という意味が漢字の表記にそのまま表れており、『古事記』の音仮名の名を読み解く手がかりになっています。『日本書紀』本文には角杙神・活杙神にあたる神がないため、面足尊・惶根尊は対偶神の3組目に繰り上がっていますが、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)の直前という位置は変わりません。

別名は、女神の惶根尊だけに集中しています。

区分男神女神
『古事記』淤母陀流神(おもだる)阿夜訶志古泥神(あやかしこね)
『日本書紀』本文面足尊(おもだる)惶根尊(かしこね)
女神の別名(1)―吾屋惶根尊(あやかしこね)
女神の別名(2)―忌橿城尊(いみかしき)
女神の別名(3)―青橿城根尊(あをかしきね)
女神の別名(4)―吾屋橿城尊(あやかしき)

吾屋惶根尊は『古事記』の阿夜訶志古泥神と同じ音で、「吾屋(あや)」が感動詞の「あや」に当たります。一方、忌橿城尊・青橿城根尊・吾屋橿城尊は「かしき」という音を含み、「かしこ」とは少し違います。男神に別名が一つもなく、女神だけに四つも集中していることは、この2柱の伝えが一様でなかったことを示しています。

さらに注目されるのが、『日本書紀』の一書に、伊弉諾尊・伊弉冉尊を青橿城根尊の子とする伝えがあることです。神世七代の神々は次々に「成った」だけで、親子の関係は語られないのが普通です。ところがこの一書では、伊弉諾尊・伊弉冉尊に親がいて、それが惶根尊の別名である青橿城根尊だというのです。

ここから、古い伝承では伊邪那岐・伊邪那美は青橿城根尊を親とする兄妹の神だったのではないか、その伝承が神世七代の系譜に組み込まれるとき、親である青橿城根尊が直前の代に置かれたのではないか、という推測が出されています。2柱の名が対になっていないのは、もともと別の系統に属していた神が、後から一組として接合されたためだ、という説明です。これはあくまで推測ですが、5章の掛け合い説が名の非対称を意味の面から説明するのに対し、こちらは系譜の成り立ちの面から説明するものです。同じ謎に、二つの方向から答えが探られています。

8. 「第六天」から面足尊・惶根尊へ――祀る神社

神世七代の対偶神のなかで、この2柱だけは近世まで続いた具体的な信仰の歴史を持っています。

江戸時代、江戸とその周辺には「第六天(だいろくてん)」を祀る社が数多くありました。第六天とは、仏教で欲界の最上位にある他化自在天(たけじざいてん)のことで、強い力を持つ天として信仰されていました。明治の神仏分離によって、仏教の天を神社の祭神にしておくことができなくなったとき、多くの第六天社は、神世七代の「第六代」にあたる面足尊・惶根尊を祭神とするようになりました。「第六天」の「六」と「第六代」の「六」が重ねられたのです。

そのため、この2柱を祀る神社で語られるご利益は、もとの第六天信仰から受け継がれた厄除けや開運、家内安全などが中心です。「面足」の名から、姿かたちを整えることや健康と結び付けて語られることもあります。いずれも後世の信仰から導かれたもので、原典に根拠があるわけではありません。

東京を中心に、その系統の神社が今も残っています。確かな例を2社挙げます。

神社所在地祭神としての位置づけ
榊神社(第六天榊神社)東京都台東区蔵前面足尊・惶根尊を主祭神とする。かつて「第六天」と呼ばれた社で、社名にもその名を残す
胡録神社(ころくじんじゃ)東京都荒川区南千住面足尊・惶根尊を祭神とする。もとは第六天社で、明治に改称された

このほか、各地の第六天神社・第六天社にも同じ2柱を祀る例があります。「第六天」という社名や地名を見かけたら、そこには淤母陀流神・阿夜訶志古泥神が祀られている可能性が高いと考えてよいでしょう。神世七代の他の神々にゆかりのある参拝先は、国之常立神の記事で紹介しています。国之常立神

箱根神社の境内に残る第六天神社(2026年10月に参拝)

2026年10月10日、箱根神社(神奈川県足柄下郡箱根町)に参拝した折、境内で「第六天神社」の案内板を見かけました。

箱根神社の境内にある第六天神社の案内板
箱根神社の境内にある第六天神社。案内板の御祭神は淤母陀琉神(2026年10月10日撮影)

案内板によれば、御祭神は淤母陀琉神(おもだるのかみ)、例祭日は1月1日です。神代の昔に天神の第六番目に誕生した、生殖力の旺盛な神で、とくに殖産興業・商売繁昌の守護神として敬われている、と記されています。

由来の書き方は、上で述べた第六天信仰の移り変わりとよく重なります。案内板には、箱根山で修業する修験者(山伏)たちが、九頭龍明神や弁財天とともに「第六天神」と称えて信仰してきたこと、明治維新の神仏分離のあとはひそかに祀られてきたこと、そして鎮座1230年を記念して境内を改修し、鳥居を建てて祭祀を復興したことが書かれています。仏教の天として拝まれていた「第六天」が、神世七代の第六代にあたる神の名で祀り直された例を、ここでも見ることができます。

なお、この案内板に挙がっている御祭神は淤母陀琉神の1柱で、阿夜訶志古泥神の名はありません。第六天を祀り直した社でも、2柱をそろえて祀る社もあれば、1柱の名を掲げる社もある、ということになります。箱根神社そのものの由緒や御祭神は、箱根神社 参拝記 にまとめました。

9. 完成は言葉によって確かめられる

この2柱から読み取れるのは、「完成は、言葉によって確かめられる」という感覚です。『古事記』は、世界と身体が出来上がったところですぐに伊邪那岐神・伊邪那美神を出すのではなく、その間に「整った」「ああ、畏れ多い」という言葉の神を置いています。物が完成することと、それを完成として受け止めることは別だ、という順序です。何かを作り終えたとき、誰かが「よくできた」と口にする。その一言があって初めて、作ったものは動き出す。そういう言葉の働きを思い起こさせます。

もう一つは、「畏れ」が完成の印だということです。阿夜訶志古泥神の名は、喜びでも誇りでもなく、畏れかしこまる気持ちを表しています。整ったものを前にしたとき、人はそれを自分の手柄として誇るより先に、身の引き締まる思いを覚える。古代の人々は、その感覚を神の名にしました。

そして、対になっていない2柱の名を掛け合いとして読む解釈は、対称でないものの中に関係を見出す読み方でもあります。同じ形をしていないからこそ、片方が呼びかけ、もう片方が応えることができるのです。

まとめ

  • 淤母陀流神(於母陀流神とも)・阿夜訶志古泥神は神世七代の第6代で、原文では伊邪那岐神・伊邪那美神の名と切れ目なく並んでいます。
  • 淤母陀流は「面が足る」=顔かたち(または国土の表面)が整うこと、阿夜訶志古泥は「ああ、畏し」という讃嘆を表すと解されます。
  • 他の対偶神と違って2柱の名に共通する語がなく、男神が褒め女神が応える掛け合いとする説、讃美の言葉で命を宿らせる観念とする説があります。
  • 土台から始まった国土や身体の生成が完成し、それへの感嘆が置かれる代と読まれ、次の第7代で世界が動き出します。
  • 『日本書紀』では面足尊・惶根尊で、別名は女神だけに四つあります。一書に伊弉諾尊・伊弉冉尊を青橿城根尊の子とする伝えがあり、別系統の神が接合されたという推測もあります。
  • 江戸時代の「第六天」信仰が明治に面足尊・惶根尊へ置き換えられ、榊神社(東京都台東区蔵前)や胡録神社(東京都荒川区南千住)などで祀られています。

ゆかりの社をたずねるなら:箱根神社と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)

参考文献

  • 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
  • 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
  • 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
  • 西宮一民 校注『古事記』新潮日本古典集成
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