天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)と建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の誓約(うけい)で、天照大御神の勾玉から生まれた五柱の男神の第一です。正式には正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)という長い名をもち、物実(ものざね)の裁定によって天照大御神の子とされました。後に葦原中国(あしはらのなかつくに)への降臨を命じられますが、地上が騒がしいと言って引き返し、代わりに子の邇邇芸命(ににぎのみこと)が天降ることになります。この記事では、誓約で生まれた経緯、勝利の宣言と解される長い神名の意味、降臨を辞退した話、天孫の父としての位置、英彦山神宮と太郎坊宮を解説します。
1. 天之忍穂耳命とは(基本情報)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 神名(古事記) | 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命 |
| 神名(日本書紀) | 正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊 |
| 読み | まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと |
| 親神(生まれた由来) | 須佐之男命が天照大御神の左の角髪(みずら)に巻いた勾玉を噛んで吹き出した息の霧から生まれる。物実の裁定により天照大御神の子とされる |
| 誕生の場面 | 天の安の河の誓約。五男神の第一 |
| 神格・性格 | 天照大御神の子で、天孫 邇邇芸命の父。稲穂と結び付けて解される神名をもつ |
| 別名や同一視される神 | 天忍穂耳命、天忍穂耳尊。略して忍穂耳命とも |
天之忍穂耳命は、『古事記』上巻の誓約の段で、宗像三女神に続いて生まれる五柱の男神の最初の神です。天照大御神の持ち物である勾玉を元にして生まれたため、天照大御神の子とされました。天照大御神には子を生む場面がほかにないため、この神は皇祖神の直系の子として、系譜の上で重い位置を占めています。
『古事記』の中で天之忍穂耳命自身が活躍する場面は多くありません。誓約で生まれたあと、次に登場するのは天孫降臨の前段で、葦原中国を治めるよう命じられて天の浮橋(あめのうきはし)に立ち、引き返す場面です。そして最後に、生まれたばかりの子の邇邇芸命を代わりに降すよう申し出て、物語から退きます。目立つ働きは少ないものの、天照大御神から邇邇芸命へ、そして天皇の系譜へとつながる要の位置にいる神です。
2. 『古事記』にはどう書かれているか
誓約の場面全体の流れは、場面記事で扱っています。天照大御神と須佐之男命の誓約 ここでは天之忍穂耳命に関わる部分を追います。
高天原(たかまのはら)へ上ってきた須佐之男命の真意を確かめるため、天照大御神と須佐之男命は天の安の河(あめのやすのかわ)を挟んで誓約を行います。まず天照大御神が須佐之男命の十拳剣(とつかのつるぎ)を噛んで三柱の女神を生みました。次に須佐之男命が、天照大御神の左の角髪に巻かれた勾玉を受け取り、天の真名井(あめのまない)で振りすすぎ、噛みに噛んで吹き出した息の霧から生まれたのが、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命です。続いて右の角髪の珠から天之菩卑能命(あめのほひのみこと)、鬘(かずら)の珠から天津日子根命(あまつひこねのみこと)、左手の珠から活津日子根命(いくつひこねのみこと)、右手の珠から熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)が生まれました。
生まれた8柱について、天照大御神はこう裁定します。
「後に生れし五柱の男子は、物実我が物に因りて成れり。故、自ら吾が子ぞ。先に生れし三柱の女子は、物実汝が物に因りて成れり。故、乃ち汝の子ぞ」
後に生まれた五柱の男神は、元になった物が自分の持ち物だから自分の子である、という言葉です。天之忍穂耳命は須佐之男命の息の霧から生まれましたが、物実の考え方によって天照大御神の子とされました。
次に登場するのは、大国主神(おおくにぬしのかみ)の物語が終わったあとです。天照大御神は、葦原中国は我が子の正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命が治める国である、と命じて天降らせようとします。ところが天之忍穂耳命は、天の浮橋に立って地上を見下ろし、葦原中国はひどく騒がしい、と言って引き返してしまいました。そこで高御産巣日神(たかみむすひのかみ)と天照大御神は八百万(やおよろず)の神を集め、思金神(おもいかねのかみ)に策を考えさせて、地上を鎮めるための使者を送ることになります。天菩比神、天若日子(あめのわかひこ)と使者が続き、最後に建御雷神(たけみかづちのかみ)が遣わされて、大国主神の国譲りが成立します。
国が鎮まったのち、天照大御神と高木神(たかぎのかみ。高御産巣日神の別名)は、あらためて天之忍穂耳命に降臨を命じます。これに対して天之忍穂耳命は、次のように答えました。
「僕が降らむ装束せし間に、子生れ出でつ。名は天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命。此の子を降すべし」
自分が降りる支度をしている間に子が生まれました、名は天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(あめにきしくににきしあまつひこひこほのににぎのみこと)といいます、この子を降すのがよいでしょう、という趣旨です。『古事記』はこの子について、天之忍穂耳命が高木神の娘の万幡豊秋津師比売命(よろずはたとよあきつしひめのみこと)と結ばれて生んだ子であり、兄に天火明命(あめのほあかりのみこと)がいると記しています。こうして降臨の役目は邇邇芸命に引き継がれ、天之忍穂耳命は物語から退きます。
3. 神名の意味
天之忍穂耳命の正式な名は、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命という長いものです。『古事記』はこの名の由来を説明していません。ここからは注釈書などに見える解釈です。
「正勝吾勝勝速日(まさかつあかつかちはやひ)」 は、「正しく勝った、私は勝った、勝つことが日の昇るように速い」といった意味に読まれ、勝利の宣言を神名に取り込んだものと解されています。誓約で須佐之男命が「我勝ちぬ」と宣言した場面と結び付けて、その勝ち名乗りがそのまま名になったとする見方が一般的です。「速日(はやひ)」は勢いのある霊威を表す語と見られています。
「天之(あめの)」 は高天原に属する神であることを示す接頭語です。
「忍穂耳(おしほみみ)」 については、「忍(おし)」を威力のある、大いなるという意味の美称、「穂(ほ)」を稲穂、「耳(みみ)」を尊称と見て、大いなる稲穂の神と解する説が有力です。この読み方に立てば、天之忍穂耳命は稲作と結び付いた神ということになります。子の邇邇芸命の名にも「番能(ほの)」という稲穂に関わる語が含まれており、親子で穂の名を受け継いでいると見ることができます。ただし「耳」を耳そのものと見る説や、語義を未詳とする注釈もあり、確定した解釈ではありません。
4. 神話の中での役割
天之忍穂耳命の役割は、何をしたかよりも、誰と誰をつないでいるかに表れています。
第一に、天照大御神の子である、という位置です。誓約で生まれた8柱のうち、天照大御神の子とされたのは五男神で、その筆頭が天之忍穂耳命でした。『古事記』には天照大御神が結婚する話も、ほかに子を生む話もありません。皇祖神の子が生まれたのは、この誓約の場面だけです。天之忍穂耳命がいなければ、天照大御神から天皇へつながる系譜は成り立ちません。
第二に、高御産巣日神との結び付きです。天之忍穂耳命は高木神の娘の万幡豊秋津師比売命を妻とし、邇邇芸命を生みました。天照大御神の血筋と高御産巣日神の血筋が、この結婚によって一つになります。天孫降臨の場面で高木神が天照大御神と並んで命令を下すのは、邇邇芸命がこの二柱の神の孫にあたるからと考えられます。
第三に、降臨を引き返した、という点です。天之忍穂耳命は最初に葦原中国を治めるよう命じられた神でしたが、地上の騒がしさを見て戻ってきました。この報告が、思金神による使者の選定、天菩比神と天若日子の失敗、建御雷神による国譲りへとつながります。つまり、天之忍穂耳命が引き返したことが、国譲りの物語全体を動かすきっかけになっています。原典は引き返した理由を「騒がしい」としか語りませんが、地上がまだ治める段階になかったことを確かめる役目を果たした、と読むことができます。
そして最後に、子に役目を譲ったことです。あらためて命じられたとき、天之忍穂耳命は自分ではなく、生まれたばかりの邇邇芸命を降すべきだと申し出ました。原典はその理由を説明していません。生まれた子に新しい国を任せるという考え方が背景にあるとする見方や、系譜の上で天照大御神の「孫」を降臨させる形を整えるための語りであるとする見方がありますが、いずれも解釈です。
5. 『日本書紀』との違い
『日本書紀』では、この神は正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)と表記されます。「正勝」が「正哉」となるほかは、『古事記』の名とほぼ対応しています。
誓約の場面では、『日本書紀』本文でも五男神の第一として生まれます。ただし『日本書紀』本文は、誓約の前に「男を生めば清い心」といった基準を示しており、五男神の誕生がそのまま須佐之男命の潔白の証とされる点で、『古事記』と勝敗の論理が異なります。
天孫降臨の場面では、『日本書紀』本文は高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)が中心となって物語を進めます。天忍穂耳尊は高皇産霊尊の娘の栲幡千千姫(たくはたちぢひめ)と結ばれ、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を生んだとされ、高皇産霊尊がこの孫を特に慈しんで葦原中国の主にしようとした、と語られます。『古事記』では天之忍穂耳命がまず降臨を命じられて引き返す話がありますが、『日本書紀』の本文と一書では、この経緯の有無や順序が伝によって異なります。細かな異同はさらに多くありますが、ここでは立ち入りません。
6. ご利益と信仰
天之忍穂耳命は、神名に「勝」の字を三つも含むことから、勝運や必勝祈願の神として信仰されています。受験や試合、事業など、勝負ごとの成就を願う参拝が多いとされています。
「忍穂耳」を稲穂の神と解する読み方から、五穀豊穣や農業の守護神ともされています。また、天照大御神の子であり天孫の父にあたることから、子孫繁栄や家運隆盛と結び付けて語られることもあります。
7. 祀られている神社
英彦山神宮(福岡県田川郡添田町) は、英彦山(ひこさん)に鎮座し、天忍穂耳尊を主祭神とする神社です。英彦山は古くから山岳信仰の霊山として知られ、修験道の拠点として栄えました。「日の子の山」という意味の「日子山」の名が、天照大御神の子である天忍穂耳尊を祀ることに由来するとされています。
太郎坊宮(阿賀神社。滋賀県東近江市) は、正哉吾勝勝速日天忍穂耳大神を祭神とする神社です。赤神山(あかがみやま)の中腹に鎮座し、巨岩の間を通る「夫婦岩」で知られます。勝運の神として信仰を集めています。
8. 関連する神々
天照大御神 は、誓約で勾玉を元に生まれた五男神を自分の子とし、天之忍穂耳命に葦原中国の統治を命じた神です。天照大御神
建速須佐之男命 は、天照大御神の勾玉を噛んで天之忍穂耳命を生んだ神です。天之忍穂耳命の誕生を根拠に勝利を宣言しました。建速須佐之男命
宗像三女神 は、同じ誓約で十拳剣から生まれた三柱の女神で、須佐之男命の子とされました。宗像三女神
思金神 は、天之忍穂耳命が降臨を引き返したあと、葦原中国へ送る使者の選定を任された知恵の神です。思金神
誓約 の場面全体の流れは、場面記事で扱っています。天照大御神と須佐之男命の誓約 誓約の次の場面である須佐之男命の乱行と岩戸隠れは、こちらです。天石屋戸
天照大御神と須佐之男命が生まれた禊の場面と、そこで生まれた神々の全体像は、一覧記事にまとめています。イザナギの禊で生まれた神々一覧
9. 現代につながる読み方
天之忍穂耳命の物語で目を引くのは、「引き返す」という判断です。天照大御神から直接命じられたにもかかわらず、天之忍穂耳命は天の浮橋から地上を見て、まだ降りる時ではないと判断して戻りました。物語はこれを失敗として描いていません。むしろこの報告があったからこそ、神々は使者を送り、地上を鎮める手順を踏むことになります。命じられたことをそのまま実行するのではなく、状況を見て立ち止まる。その判断が、結果として大きな物語を動かしました。
もう一つは、役目を次の世代に譲るという選択です。天之忍穂耳命は、あらためて命じられたとき、自分ではなく生まれたばかりの子を推しました。名に三つの「勝」を負った神が、自らは降らずに子を送り出す姿には、勝つことと前に出ることは同じではない、という含みを読み取ることもできます。
もちろん、これは原典にない読み方です。『古事記』が語るのは、天之忍穂耳命が誓約で生まれ、降臨を命じられて引き返し、子を代わりに降した、という事実の連なりまでです。それでも、目立つ働きの少ない神が系譜の要に置かれていることは、物語を支える役割の大切さを示しているように思われます。
まとめ
- 天之忍穂耳命は、誓約で須佐之男命が天照大御神の左の角髪の勾玉を噛んで生んだ五男神の第一で、物実の裁定により天照大御神の子とされました。
- 正式な名は正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命で、「正勝吾勝勝速日」は勝利の宣言、「忍穂耳」は大いなる稲穂の神と解する説があります。
- 天孫降臨の前に葦原中国の統治を命じられますが、天の浮橋から地上が騒がしいのを見て引き返し、これが国譲りの物語のきっかけになります。
- 高木神の娘 万幡豊秋津師比売命との間に天火明命と邇邇芸命を生み、あらためて命じられたときには邇邇芸命を代わりに降すよう申し出ました。
- 『日本書紀』では正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊と表記され、天孫降臨は高皇産霊尊が中心となって語られます。
- 英彦山神宮(福岡県添田町)と太郎坊宮(滋賀県東近江市)に祀られ、勝運や五穀豊穣の神として信仰されています。
ゆかりの社をたずねるなら:英彦山神宮と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)
参考文献
- 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
- 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
- 三浦佑之 訳『口語訳 古事記[完全版]』文藝春秋
- 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
