思金神(おもいかねのかみ)は、『古事記』上巻の天石屋戸(あめのいわやと)の場面で、八百万(やおよろず)の神々に策を授けた知恵の神です。高御産巣日神(たかみむすひのかみ)の子で、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が石屋戸に籠って世界が闇に沈んだとき、鏡と玉を作らせ、祝詞(のりと)を奏させ、天宇受売命(あめのうずめのみこと)に舞わせて神々の笑いを引き出す、という一連の計画を組み立てました。後の天孫降臨の場面でも、地上へ送る使者の選定を任され、天孫に付き従って地上へ降ります。この記事では、岩戸開きの計画の全体像、天孫降臨での役割、「思金」という名の意味、知恵の神としての信仰、秩父神社・戸隠神社中社・気象神社を解説します。
1. 思金神とは(基本情報)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 神名(古事記) | 思金神 |
| 神名(日本書紀) | 思兼神 |
| 読み | おもいかねのかみ |
| 親神(生まれた由来) | 高御産巣日神の子。誕生の経緯は記されていない |
| 誕生の場面 | 誕生の場面はなく、天の石屋戸の段で初めて登場する |
| 神格・性格 | 知恵と思慮の神。策を考え、神々の相談役を務める |
| 別名や同一視される神 | 常世思金神(とこよのおもいかねのかみ)、八意思兼神(やごころおもいかねのかみ)。神社では八意思兼命とも |
思金神は、力や武勇ではなく、考えることによって物語を動かす神です。『古事記』では、天照大御神が石屋戸に籠り、高天原(たかまのはら)と葦原中国(あしはらのなかつくに)が闇に包まれたとき、八百万の神が天の安の河原に集まり、高御産巣日神の子である思金神に思案させた、と記されます。以後の岩戸開きの手順は、すべて思金神の策として語られます。
天孫降臨の物語でも、思金神は要所で登場します。葦原中国へ送る使者を誰にするかを問われて人選を献策し、天孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)が天降るときには、天照大御神の鏡とともに随伴して、政(まつりごと)を取り持つよう命じられます。神々の会議で意見を求められる相談役であり、天孫を補佐する神でもある。それが『古事記』の描く思金神の姿です。
2. 『古事記』にはどう書かれているか
天照大御神が石屋戸に籠るまでの経緯は、天石屋戸の記事で扱っています。天石屋戸 ここでは思金神の策の全体を順に追います。
建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の乱行に耐えかねた天照大御神が天の石屋戸に籠ると、『古事記』はその結果をこう記します。
「天照大御神見畏みて、天の石屋戸を開きて、刺し許母理坐しき。爾に高天原皆暗く、葦原中国悉に闇し。此に因りて常夜往きき」
天照大御神は恐れて石屋戸を開けて中に籠り、高天原はすべて暗く、葦原中国もことごとく闇となり、常に夜が続く状態になった、という意味です。神々の騒ぐ声が夏の蠅のように満ち、あらゆる災いが起こったと語られます。
そこで八百万の神は天の安の河原に集まり、高御産巣日神の子の思金神に思案させました。思金神の策は、次のような順序で進みます。
まず、常世(とこよ)の長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かせます。次に、天の安の河上の堅い石と天の金山の鉄を用意し、鍛冶の天津麻羅(あまつまら)を求め、伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)に鏡を作らせました。玉祖命(たまのおやのみこと)には、多くの勾玉を長い緒に連ねた珠飾りを作らせます。天児屋命(あめのこやねのみこと)と布刀玉命(ふとだまのみこと)には、天の香山(あめのかぐやま)の牡鹿の肩骨を用いて占いをさせました。さらに天の香山の榊(さかき)を根ごと掘り取り、上の枝に珠、中の枝に鏡、下の枝に白と青の布をかけます。この榊を布刀玉命が捧げ持ち、天児屋命が祝詞を唱え、天手力男神(あめのたぢからおのかみ)が戸の脇に隠れて立ちました。
準備が整うと、天宇受売命が石屋戸の前で伏せた桶を踏み鳴らし、神懸りして舞います。高天原が鳴り響くほどに、八百万の神が一斉に笑いました。笑い声を不思議に思った天照大御神が戸を細めに開けて問いかけると、天宇受売命は、あなたよりも貴い神がいらっしゃるので喜んで笑っているのです、と答えます。同時に天児屋命と布刀玉命が鏡を差し出し、天照大御神が鏡に映る光を不思議に思って身を乗り出したところを、天手力男神が手を取って引き出しました。布刀玉命が背後に尻久米縄(しりくめなわ)を張り、ここから内へは戻らないでください、と告げます。こうして高天原と葦原中国は再び明るくなりました。
思金神が次に登場するのは、天孫降臨の前段です。天照大御神が天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)に葦原中国の統治を命じたものの、天之忍穂耳命は地上が騒がしいと言って引き返しました。高御産巣日神と天照大御神は八百万の神を集め、思金神に、どの神を遣わして地上を鎮めるべきかを考えさせます。思金神と八百万の神は天菩比神(あめのほひのかみ)を推しますが、この神は大国主神(おおくにぬしのかみ)に従って3年たっても戻りません。再び問われた思金神は天若日子(あめのわかひこ)を推しますが、この神も8年たっても復命せず、思金神はさらに雉の鳴女(なきめ)を遣わすことを進言します。こうした経緯の末に建御雷神(たけみかづちのかみ)が遣わされ、大国主神の国譲りが成立しました。
そして邇邇芸命が天降るとき、天照大御神は五柱の神を付き従わせます。
「天児屋命・布刀玉命・天宇受売命・伊斯許理度売命・玉祖命、并せて五伴緒を支ち加へて、天降したまひき」
岩戸開きで働いた五柱の神を「五伴緒(いつとものお)」として加え、天降らせた、という意味です。天照大御神はさらに、八尺の勾玉、鏡、草薙剣を授け、常世思金神、天手力男神、天石門別神(あめのいわとわけのかみ)を副えます。鏡については自分の御魂として祀るよう命じ、思金神には次のように命じました。
「常世思金神は、前の事を取り持ちて、政為よ」
常世思金神は、鏡の前の祭祀のことを取り持って、政を行いなさい、という意味です。「前の事」は、天照大御神の御魂である鏡を祀る務めを指すと解されています。『古事記』はこのあと、鏡と思金神の二柱を伊勢の五十鈴(いすず)の宮に祀ると記しています。
3. 神名の意味
『古事記』は思金神の名の由来を説明していません。ここからは注釈書などに見える解釈です。
「思金(おもいかね)」 は、「思ひ」に「兼ね」が付いた語と解するのが一般的です。「兼ね」は、いくつものことを合わせもつという意味で、多くの人の思慮を一身に兼ね備える神、あるいは多くのことを一度に考えることのできる神、という意味と考えられています。『日本書紀』の「思兼」という表記は、この読み方をそのまま字に表したものと見ることができます。
「常世(とこよ)」 は、天孫降臨の場面で名に冠される語です。常世は海の彼方にある永遠の国を指す語で、思金神が岩戸開きで常世の長鳴鳥を用いたことと関係づける説や、永遠に変わらない知恵をたたえる美称とする説がありますが、確定していません。
「八意(やごころ)」 は、『日本書紀』の一書や神社の祭神名に見える「八意思兼神」の「八意」で、「八」は数の多いことを表し、「意(こころ)」は思慮を意味します。多くの心をもつ、すなわち豊かな思慮を備えた神、という意味と解されており、「思金」の語義と重なります。
なお「神(かみ)」は、『古事記』でこの神が「命(みこと)」ではなく「神」と呼ばれていることを示します。高御産巣日神の子であることと合わせて、天照大御神の側近というより、高天原の重鎮の一柱として位置づけられていると見る向きもあります。
4. 神話の中での役割
思金神の働きを整理すると、岩戸開きの策は、鶏を鳴かせる、鏡と玉を作る、占う、榊に珠と鏡と布を飾る、祝詞を唱える、力の神を配する、舞う、という順序になっています。鶏の鳴き声は夜明けを告げる合図、祝詞と榊は神を迎える祭りの形、鏡と玉は後の三種の神器につながる神聖な品です。これらを見ると、思金神の策は、力ずくで戸を開けるのではなく、天照大御神を「祀る」形を整えたうえで、舞と笑いによって関心を外へ向けさせるものであったと考えられます。
この計画の中で、思金神自身は舞うことも、鏡を差し出すことも、手を引くこともしていません。作る、占う、唱える、隠れる、舞う、という役目は、それぞれ別の神が担っています。思金神の役割は、それらの神々を組み合わせ、順序を決めることでした。神々の集団が一つの計画のもとで動く、という『古事記』には珍しい場面の中心に、思金神は置かれています。
天孫降臨の前段での役割も同じ性格です。思金神は自分で地上へ降りて交渉するのではなく、誰を送るべきかを考えます。推した使者が二度続けて失敗しても、神々は再び思金神に問い、思金神は次の案を出しました。原典はこの失敗について思金神を責める言葉を記していません。相談役として問われ、答え続ける神として描かれています。
そして天孫降臨では、思金神は五伴緒とともに邇邇芸命に随伴し、鏡の前の祭祀と政を取り持つよう命じられます。岩戸開きで鏡を作らせた神が、その鏡を祀る務めを負って地上へ降りる、という対応がここにあります。高天原の相談役から、天孫のもとで祭祀と政を支える神へ。思金神の役割は、物語が進むにつれて、知恵を出す神から知恵をもって仕える神へと形を変えていきます。
5. 『日本書紀』との違い
『日本書紀』では、この神は思兼神(おもいかねのかみ)と表記され、一書には八意思兼神の名も見えます。『古事記』と同じく高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の子とされます。
岩戸の場面では、『日本書紀』神代上 第七段の本文でも、思兼神が深く謀り遠く慮って策を立てたと語られ、鶏を鳴かせ、鏡と玉を作り、祝詞を唱え、天鈿女命(あめのうずめのみこと)が舞う、という骨格は『古事記』と共通しています。ただし、鏡や玉を作る神の名や、占いの有無などの細部は、本文と一書とで異なります。
天孫降臨の場面では、『日本書紀』本文は高皇産霊尊が中心となって物語を進めるため、使者の選定について思兼神が献策する形は『古事記』ほど前面に出ていません。『古事記』が「常世思金神」を天孫に副えて鏡の祭祀と政を取り持たせる形で語るのに対し、『日本書紀』では思兼神の扱いが本文と一書とで異なります。細かな異同はさらに多くありますが、ここでは立ち入りません。
6. ご利益と信仰
思金神は、岩戸開きの策を考えた神であることから、知恵と学問の神として信仰されています。学業成就や受験合格、試験や資格の取得を願う参拝が多いとされています。
また、天孫降臨で政を取り持つよう命じられたことから、政治や企画、事業の成功を願う神ともされています。困難な状況で最善の手順を考え出したという物語から、問題解決や開運の神として語られることもあります。
岩戸開きが太陽の光を取り戻す物語であることから、天候や気象と結び付けて信仰する例もあります。東京都杉並区の気象神社は、この神を祭神として天候を祈る神社として知られています。
7. 祀られている神社
秩父神社(埼玉県秩父市) は、八意思兼命を祭神の一柱として祀る神社です。秩父地方の総鎮守として古い歴史をもち、12月の秩父夜祭で広く知られています。学問と知恵の神として信仰されています。
戸隠神社 中社(長野県長野市) は、戸隠神社五社のうちの一つで、天八意思兼命を祀ります。戸隠神社は、天手力男神が投げた岩戸が落ちて戸隠山になったという伝承をもち、奥社に天手力雄命、火之御子社に天鈿女命が祀られ、岩戸開きの神々が一山に集まっています。中社は、その中で策を考えた思金神を祀る社です。
気象神社(東京都杉並区) は、高円寺氷川神社の境内社で、八意思兼命を祀ります。天候を司る神を祀る神社として知られ、晴天祈願や天気に関わる願い事で参拝する人が多いとされています。
8. 関連する神々
天照大御神 は、石屋戸に籠り、思金神の策によって外へ引き出された太陽の神です。天照大御神
天宇受売命 は、思金神の計画の中で石屋戸の前に舞い、八百万の神の笑いを引き出した女神です。天宇受売命
天手力男神 は、戸の脇に隠れ、天照大御神の手を取って外へ引き出した力の神です。天手力男神
天児屋命 は、占いを行い、祝詞を唱え、鏡を差し出した神で、中臣氏の祖とされます。天児屋命
布刀玉命 は、占いを行い、榊を捧げ持ち、尻久米縄を張った神で、忌部氏の祖とされます。布刀玉命
天之忍穂耳命 は、葦原中国の統治を命じられて引き返し、思金神による使者選定のきっかけをつくった神です。天之忍穂耳命
天石屋戸 の場面全体の流れは、場面記事で扱っています。天石屋戸
天照大御神が伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の禊で生まれた経緯や、同じ禊で生まれた神々については、一覧記事にまとめています。イザナギの禊で生まれた神々一覧
9. 現代につながる読み方
思金神の物語で目を引くのは、知恵の神が自分では何も作らず、何も演じていない、という点です。鏡を作ったのは伊斯許理度売命、玉を作ったのは玉祖命、舞ったのは天宇受売命、手を引いたのは天手力男神です。思金神がしたのは、誰に何を任せ、どの順序で進めるかを考えることでした。それぞれの神が得意なことを持ち寄り、一つの計画のもとで動く。岩戸開きは、集団の知恵が個々の力を生かした物語として読むことができます。
もう一つは、失敗しても問われ続ける、という点です。天孫降臨の前段で、思金神が推した使者は二度続けて戻りませんでした。それでも神々は思金神に問い、思金神は次の案を出しています。一度の失敗で相談役を退けるのではなく、考える役目をもつ神に考え続けさせる。この語り方には、知恵とは一度で正解を出すことではなく、状況に応じて案を出し続けることだ、という感覚がうかがえます。
もちろん、これは原典にない読み方です。『古事記』が語るのは、思金神が策を考え、使者を推し、鏡とともに天降った、という事実の連なりまでです。それでも、力ではなく知恵によって闇を破ったこの神が、今も学問や天候の神として親しまれていることは、考えることの価値を静かに伝えているように思われます。
まとめ
- 思金神は高御産巣日神の子で、『古事記』では天の石屋戸の段で初めて登場し、八百万の神に策を授けた知恵の神です。
- 岩戸開きの策は、長鳴鳥、鏡と玉、占い、榊と祝詞、天手力男神の配置、天宇受売命の舞と神々の笑い、という順序で組み立てられ、思金神自身は演じずに全体を組み立てました。
- 天孫降臨の前段では、葦原中国へ送る使者の選定を任され、天孫の降臨には五伴緒とともに随伴して、鏡の前の祭祀と政を取り持つよう命じられました。
- 「思金」は多くの思慮を兼ね備える意と解され、「八意思兼神」の「八意」も同じ意味と考えられています。
- 『日本書紀』では思兼神と表記され、岩戸の策の骨格は共通しますが、細部は本文と一書で異なります。
- 秩父神社(埼玉県秩父市)、戸隠神社中社(長野県長野市)、気象神社(東京都杉並区)に祀られ、知恵・学問・天候の神として信仰されています。
ゆかりの社をたずねるなら:戸隠神社と近くの宿、秩父神社と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)
参考文献
- 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
- 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
- 三浦佑之 訳『口語訳 古事記[完全版]』文藝春秋
- 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
