大気都比売神(オオゲツヒメ)とは?死から五穀が生まれた食物の神【古事記】

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大気都比売神(おおげつひめのかみ)は、『古事記』上巻に登場する食物の女神です。伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の国生みでは阿波の国の別名として、神生みでは二柱の子として名が挙がります。そして高天原(たかまのはら)を追放された建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)に食物を差し出したところ、汚いものを出したと思われて殺され、その死体から稲・粟・小豆・麦・大豆と蚕が生まれました。この記事では、大気都比売神が『古事記』に現れる3つの場面、神の死から食べ物が生まれるという物語の意味、『日本書紀』に見える月夜見尊(つくよみのみこと)と保食神(うけもちのかみ)の話との違い、食物の神としての信仰と神社を見ていきます。

目次

1. 大気都比売神とは(基本情報)

項目内容
神名(古事記)大気都比売神(大宜都比売神、大宜津比売神とも表記)
神名(日本書紀)記載なし(対応する話は保食神の名で語られる)
読みおおげつひめのかみ
親神(生まれた由来)伊邪那岐命・伊邪那美命が神生みで生んだ子
誕生の場面神生みの段。国生みの段では阿波の国の別名として先に登場する
神格・性格食物の女神。五穀と蚕の起源に関わる神
別名や同一視される神保食神(『日本書紀』一書の食物神)と対応する話を持つ。豊受大神と同一視する説もある(いずれも解釈)

大気都比売神は、『古事記』の中で3度、姿を変えて現れます。1度目は国生みの場面で、四国にあたる島の4つの顔の一つ、阿波の国の別名として。2度目は神生みの場面で、伊邪那岐命・伊邪那美命が生んだ神々の一柱として。3度目は須佐之男命に食物を差し出して殺され、その身から五穀と蚕が生まれる場面です。

同じ神が国土の名でもあり、生まれた神でもあり、食べ物の起源でもあるという重なりは、この神の性格をよく表しています。名の中の「け」は食物を意味する古い言葉と解され、大気都比売神は食べ物そのものを体現する女神として理解されてきました。

2. 『古事記』にはどう書かれているか

国生みの場面 では、伊邪那岐命と伊邪那美命が淡路島に続いて伊予之二名島(いよのふたなのしま)を生みます。この島は身一つに顔が4つあるとされ、伊予の国、讃岐の国、粟(阿波)の国、土佐の国のそれぞれに別名が付けられました。粟の国の別名が大宜都比売(おおげつひめ)です。ほかの3つは愛比売(えひめ)、飯依比古(いいよりひこ)、建依別(たけよりわけ)で、いずれも人格を持つ神の名として語られています。

神生みの場面 では、二柱が国土を生み終えたあと、多くの神々を生みます。その中に大宜都比売神の名があり、船の神である鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)の次、火の神である火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ)の前に置かれています。この火の神を生んだことがもとで伊邪那美命は亡くなりますから、大宜都比売神は、伊邪那美命が生んだ最後のほうの神の一柱ということになります。

五穀誕生の場面 は、天石屋戸(あめのいわやと)の事件のあと、須佐之男命が高天原から追放された直後に置かれています。須佐之男命は大気都比売神に食物を求めました。大気都比売神は、鼻や口、尻からさまざまな食べ物を取り出し、いろいろに調理して差し出します。ところが須佐之男命はその様子をうかがっていて、汚いものを食べさせようとしていると思い、大気都比売神を殺してしまいました。

殺された神の身からは、次のものが生まれたと『古事記』は記します。

頭に蚕生り、二つの目に稲種生り、二つの耳に粟生り、鼻に小豆生り、陰に麦生り、尻に大豆生りき

頭に蚕が生まれ、両目に稲の種が生まれ、両耳に粟が生まれ、鼻に小豆が生まれ、陰部に麦が生まれ、尻に大豆が生まれた、という意味です。続けて『古事記』はこう語ります。

故、是に神産巣日御祖命、茲を取らしめて、種と成したまひき

そこで神産巣日御祖命(かむむすひのみおやのみこと)がこれらを取らせて、種とした、という意味です。こうして五穀と蚕の起源が語られ、須佐之男命はそのまま出雲へ降って、八岐大蛇(やまたのおろち)の物語へ進んでいきます。

なお『古事記』の後半、大年神(おおとしのかみ)の系譜の中にも、羽山戸神(はやまとのかみ)の妻として大気都比売神の名が見え、若山咋神(わかやまくいのかみ)などの子を生んだと記されています。殺された神と同じ名であり、同一の神と見るかどうかは解釈の問題です。

3. 神名の意味

『古事記』は大気都比売神の名の由来を説明していません。ただ、名前の構成は比較的はっきりしており、注釈書ではおおむね次のように解されています。

「大(おお)」 は、偉大な、大いなる、という美称です。

「気(け)・宜(げ)」 は、食物を意味する古い言葉「け」を表す借字と解されています。「け」は、朝餉(あさげ)・夕餉(ゆうげ)の「げ」や、神に供える御食(みけ)の「け」と同じ語です。表記が「気」「宜」と揺れるのは、同じ音に異なる字を当てたためです。

「都(つ)」 は「の」にあたる助詞、「比売(ひめ)」 は女性の神を表す語です。全体としては「大いなる食物の姫」、つまり食物を体現する偉大な女神、という意味になります。

『日本書紀』一書に見える保食神(うけもちのかみ)の「うけ」も、伊勢神宮外宮の豊受大神(とようけのおおかみ)の「うけ」も、同じく食物を意味する語と解されています。名の要素が共通することから、これらの神を同じ性格の神、あるいは同一の神と見る説がありますが、原典が同一と明記しているわけではありません。

4. 神話の中での役割

大気都比売神の物語は、『古事記』の中で食べ物の起源を語る唯一のまとまった場面です。ここでは3つの点から考えます。

須佐之男命の物語の中での位置 をまず確認します。この場面は、高天原での乱行と追放のすぐあと、出雲での八岐大蛇退治の直前に置かれています。追放された荒ぶる神が、地上で英雄となる前の中間に、食物の神を殺す話が挟まれている形です。須佐之男命はここでも乱暴な行いをしますが、その結果として五穀が生まれます。破壊が生成に転じる、という流れが、この神の物語全体の転換点に置かれていると読むことができます。

神の死から食べ物が生まれる という語り方は、この場面の核心です。大気都比売神は、生きているあいだも体から食物を出しており、殺されたあとも体から食物を生じさせます。生きているときの食物は須佐之男命に拒まれ、死んだあとの食物は神産巣日御祖命によって種にされました。同じ体から出たものが、一方では汚いとされ、一方では尊い種とされる。この対比に、食べ物というものの二面性を読み取る解釈があります。

神産巣日御祖命が種にした という一文も見逃せません。神産巣日神は、『古事記』の冒頭で最初に現れた三柱の神の一柱で、ものを生み成す力を体現する神です。ここでは「御祖(みおや)」という尊称を付けて呼ばれ、殺された神の身から生じたものを、人が育てる種へと変える役を担っています。殺したのは須佐之男命ですが、それを実りにつなげたのは神産巣日御祖命である、という役割の分け方がなされています。

こうした「殺された神の体から作物が生まれる」型の神話は、世界各地に知られています。インドネシアのセラム島に伝わる少女ハイヌウェレの話が代表的な例とされ、この型はハイヌウェレ型神話、あるいは死体化生型神話と呼ばれています。大気都比売神の話もこの型の一例として比較されることが多く、作物を育てるために植物を切り、土に埋めるという農耕の営みが、神話の形で語られたものとする説があります。これは神話学の解釈であり、『古事記』自身が語っているわけではありませんが、この場面を読むうえで参考になる見方です。

5. 『日本書紀』との違い

『日本書紀』には、大気都比売神という神名そのものは見えません。ただし、よく似た話が神代上 第五段の一書(あるふみ)に、保食神(うけもちのかみ)の名で語られています。

その一書では、天照大神(あまてらすおおみかみ)が弟の月夜見尊(つくよみのみこと)に、地上の保食神を訪ねるよう命じます。保食神は陸に向かって口から飯を、海に向かって魚を、山に向かって獣を出し、それらでもてなそうとしました。月夜見尊は汚らわしいと怒り、保食神を斬り殺してしまいます。これを聞いた天照大神は月夜見尊を強く責め、二度と顔を合わせないと言い、これによって日と月が昼と夜に分かれて住むようになったとされます。その後、天照大神が使いを遣わすと、保食神の死体から牛馬、粟、蚕、稗、稲、麦、大豆、小豆が生じており、天照大神はこれを取って民の食物とし、稲を田に植え、蚕を口に含んで糸を引くことを始めた、と語られます。

『古事記』との違いを整理すると、次のようになります。第1に、殺す神が違います。『古事記』では須佐之男命、『日本書紀』では月夜見尊です。第2に、殺される神の名が違い、『古事記』の大気都比売神に対して『日本書紀』は保食神です。第3に、生まれたものに牛馬と稗が加わり、『日本書紀』のほうが品目が多くなっています。第4に、種を取り上げて実りにつなげる神が、『古事記』では神産巣日御祖命、『日本書紀』では天照大神です。第5に、『日本書紀』ではこの話が昼と夜の分離の由来にもなっており、食物の起源と天体の由来が結び付けられています。

殺す神が須佐之男命であるか月夜見尊であるかは、とりわけ大きな違いです。『古事記』では須佐之男命の荒ぶる物語の一部として、『日本書紀』では月の神と太陽の神の別れの話として、それぞれ異なる文脈で同じ型の話が語られていることになります。

6. ご利益と信仰

大気都比売神は、名前そのものが食物を表す神であることから、五穀豊穣、農業、養蚕の神として信仰されてきました。死体から稲や粟などが生まれたという物語は、作物の起源を語るものとして、農耕に携わる人々に受け止められてきたと考えられます。

また、食物を扱う神であることから、料理や飲食業、食の安全と結び付けられることもあります。阿波の国の別名として語られたことから、徳島県では土地の祖神として敬われてきました。これらは後世の信仰に基づくもので、『古事記』が直接語っているわけではありません。

7. 祀られている神社

上一宮大粟神社(徳島県名西郡神山町) は、大宜都比売命を主祭神とする神社です。社名の「大粟」は、粟の国と大宜都比売の結び付きを示すものと受け止められており、阿波の国におけるこの神の信仰の中心とされてきました。

一宮神社(徳島県徳島市) は、大宜都比売命を祭神として祀る神社で、阿波の国の一宮としての伝承を持ちます。上一宮大粟神社とともに、阿波の国が大宜都比売の国であるという『古事記』の記述を今に伝える神社です。

8. 関連する神々

建速須佐之男命 は、大気都比売神に食物を求め、汚いと思って殺した神です。この場面は、須佐之男命が高天原を追放されたあと、出雲へ降る前に置かれています。建速須佐之男命

伊邪那岐命 と 伊邪那美命 は、大気都比売神を神生みで生んだ親神です。国生みの場面では、阿波の国を大宜都比売と名付けました。伊邪那岐命 伊邪那美命

月読命 は、『日本書紀』の一書で保食神を殺した神です。『古事記』の須佐之男命に当たる役を、『日本書紀』では月の神が担っています。月読命

天照大御神 は、『日本書紀』の一書で保食神の死体から生じた作物を取り、民の食物とした神です。天照大御神

須佐之男命や天照大御神が伊邪那岐命の禊で生まれた経緯や、同じ禊で生まれた神々については、一覧記事にまとめています。イザナギの禊で生まれた神々一覧

国生みと神生みで生まれた島と神々の全体は、国生み・神生み(まとめ) の一覧で生まれた順にたどれます。

9. 現代につながる読み方

大気都比売神の物語は、食べ物が神の死から生まれた、と語ります。作物を育てるには、植物を切り、土に埋め、時を待つ必要があります。命が失われることと、新しい命が育つことが、切り離せない形で結び付いている。この神話は、その営みを一柱の女神の死という形で描いています。

須佐之男命が食物を汚いと拒んだことと、神産巣日御祖命がそれを種にしたことの対比も、考えさせられる点です。体から出てきたものを汚いと見るか、実りのもとと見るかは、見る側の態度によって決まります。同じものが、拒めば汚れとなり、受け取れば種となる。この物語は、食べ物をどう受け止めるかという問いを、静かに投げかけているように読めます。

もちろん、これは原典にない読み方です。『古事記』が語るのは、大気都比売神が殺され、その身から五穀と蚕が生じ、それが種となった、という事実の連なりまでです。それでも、食事のたびに食べ物に感謝する習慣が、命をいただくという感覚と結び付いていることを思うとき、この神話は今も遠いものではないように思われます。

まとめ

  • 大気都比売神は、『古事記』で国生みの阿波の国の別名、神生みで生まれた神、五穀と蚕の起源に関わる神として3度登場します。
  • 高天原を追放された須佐之男命に食物を差し出したところ、汚いと思われて殺され、死体から蚕・稲・粟・小豆・麦・大豆が生まれました。
  • 神産巣日御祖命がこれらを取って種としたと『古事記』は語り、殺す神と実りにつなげる神の役割が分けられています。
  • 「大気都比売」は「大いなる食物の姫」の意と解され、保食神や豊受大神と同じ「食物」の語を含みます。
  • 『日本書紀』の一書では、月夜見尊が保食神を殺す話として語られ、殺す神・殺される神・生まれたもの・種を取る神が異なります。
  • 殺された神の体から作物が生まれる型は、ハイヌウェレ型神話として世界の神話と比較されています。
  • 上一宮大粟神社(徳島県神山町)、一宮神社(徳島県徳島市)に祀られています。

参考文献

  • 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
  • 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
  • 三浦佑之 訳『口語訳 古事記[完全版]』文藝春秋
  • 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
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