水の神に祈るといえば、まず思い浮かぶのは雨乞いです。ところが、弥都波能売神(みつはのめのかみ)と同じ神とされる罔象女神を祀る奈良県の丹生川上神社には、雨を求める祈りと並んで、降り続く雨を止めてほしいという祈りも伝わっています。では『古事記』の弥都波能売神は、雨を止める神として描かれているのでしょうか。答えを先に言えば、『古事記』がこの神について記す文に、雨は出てきません。この記事では、原典のたった一文、音だけで書かれた名の四つの読み方、『日本書紀』の「罔象女」という字、火を鎮める祝詞、そして丹生川上神社の二つの祈りを、順に切り分けて確かめます。
1. 「雨を止める水の神」なのか――問いと答えを先に並べる
| 問い | いま言えること |
|---|---|
| 名はどう読むか | みつはのめのかみ。5字とも音を写した仮名で、別の名は伝わらない |
| 男神か、女神か | 女神。名を分け合う男神はいない |
| 『古事記』に書いてあること | 病み臥した伊邪那美命の小水に成ったこと、そして名前 |
| 『古事記』に書いていないこと | 雨を降らせる・止める場面、役割、行動 |
| 名は何を意味するか | 水に関わる名と解されるが、読み方は四つあり、定まっていない |
| 『日本書紀』ではどう書くか | 罔象女(みつはのめ)。第五段の一書第二・第三・第四 |
| 雨の祈りはどこから来るか | 丹生川上神社などに伝わる後の時代の信仰 |
表の4行目が、この記事の出発点です。弥都波能売神は水の神とされていますが、それは名の読み解きから導かれた理解で、『古事記』がこの神に水を操らせているわけではありません。雨雲を呼ぶことも、川をあふれさせることも、鎮めることもしていません。
一方で、この神は後の時代に、祈雨(雨乞い)と止雨(雨止め)の両方を受け止める神として信仰されてきました。「雨を止める水の神」という見出しは、原典の姿ではなく、信仰のなかで育った姿を指しています。二つを混ぜないために、まず原典から読みます。
2. 土の2柱の次に、ひとりで現れる女神
舞台は、火の神を生んだ伊邪那美命(いざなみのみこと)が病の床にある場面です。そこまでの経緯は 火之迦具土神 の記事にゆずります。床に伏した母神からは、先に鉱山の男女神、次に土の男女神が現れていました。その土の2柱(波邇夜須毘古神・波邇夜須毘売神)のすぐ後に置かれているのが、次の一文です。
次に尿に成れる神の名は、弥都波能売神
続いて小水に成った神の名は弥都波能売神である、というほどの意味です。前の2柱と同じく、ここでも「生みき」ではなく「成れる」と書かれています。この書き分けと、神の数「三十五神」との関わりは、土の2柱の記事で扱いました。
注目したいのは、名の並び方です。病の床の神々は、ここまで「毘古」と「毘売」をそろえた二人一組で現れてきました。ところが水の神の番になると、挙がる名は一つだけです。「弥都波能毘古」にあたる男神は、どこにも出てきません。
小水からは、この後もう1柱、和久産巣日神(わくむすひのかみ)が成ります。ただし、こちらはまったく別の名を持つ神で、弥都波能売神と名を分け合う相手ではありません。『古事記』は和久産巣日神の子として 豊宇気毘売神(とようけびめのかみ)の名を添え、そこで伊邪那美命は世を去ります。母神その人については 伊邪那美命 の記事にまとめています。
金属、土、水。病の床の場面は、硬いものから形のないものへと進んでいくようにも見えます。その最後の「水」だけが、対を持たない女神ひとりに託されています。なぜそうなのかを、原典は語りません。
3. 「みつはのめ」という音――名の読み方は四つある
弥はミ、都はツ、波はハ、能はノ、売はメ。名は一字に一音を当てて書かれていて、「都」や「波」の字の意味は当てになりません。たまたま「波」の字が入っていますが、これは音を借りただけの字です。手がかりになるのは「ミツハノメ」という音の並びで、注釈はこれをいくつかの切り方で読んできました。主な読み方は四つあり、どれか一つに落ち着いてはいません。
「水つ早」「水つ走」――田へ引く水の源
ミツハを「水つ早」、あるいは「水つ走」と取る読み方です。この説では、弥都波能売神は灌漑の水、つまり田畑へ引く水の源を司る神とされます。
「ミヅハナ」――出始めの水の女
ミツハをミヅハナと取り、名の全体を「出始めの水の女」の意とする読み方です。この説は、弥都波能売神に二つの性格を見ます。火の荒々しい力を鎮める水であることと、灌漑の用水の神であることです。火の神の場面に水の神が置かれている事情まで、名のなかに読み込む立場といえます。
「水際(みつきは)」――清らかな泉
ミツハを「水際(みつきは)」が変化した形と見る読み方です。こちらは、水害を起こすことのない清らかな泉を表す、優しい女神と解します。
「水つ蛇」――蛟の同類
ミツハを「水つ蛇」の意に取り、ミヅチ(蛟)と同じ類いのものと見る読み方です。前の三つが水そのものを思い描くのに対して、この説は水に関わる蛇の姿を名に見ています。
一つに決めないで読む
四つを並べると、思い浮かぶ水がそれぞれ違うことに気付きます。田へ引かれる水の源、湧き出したばかりの水、静かな泉、そして蛇。名の後半の「メ」が女を表すことは、『日本書紀』がこの神を「女」の字で書くこととも合っていますが、前半の「ミツハ」には定説がありません。
ここからは考察です。蛇と取る説を別にすれば、残る三つはどれも、水の源、出始めの水、泉と、水の始まりに近いところを指しています。ただ、これは説を見比べた印象であって、名の意味が「水の始まり」に決まったということではありません。
4. 『日本書紀』は「罔象女」と書く
『古事記』が5字の音仮名で書くこの名を、『日本書紀』は「罔象女」の3字で書き、「みつはのめ」と読ませます。現れるのは第五段の一書(あるふみ)で、一書第二、第三、第四の三つです。
このうち一書第四は、成り立ちが『古事記』に近い伝えです。罔象女は小水から生まれ、同じ一書に、嘔吐したものから生まれる金山彦と、排泄したものから生まれる埴山媛の名も見えます。金属と土と水の神が、病む母神の体から現れるという形は『古事記』と重なります。金山彦については 金山毘古神・金山毘売神 の記事で触れています。
見比べると、男女の並びが違います。『古事記』は金属と土の神を男女の一組にし、水の神だけを女神ひとりにしました。『日本書紀』の一書第四では、金属は男神だけ、土と水は女神だけで、もともと対というものがありません。水の神が女神ひとりであることは、二つの書に共通しています。
後の文献では、『先代旧事本紀』の陰陽本紀に「罔象女神」の名が見えます。『延喜式』の神名帳には、阿波国美馬郡に「弥都波能売神社」が載っています。こちらは『古事記』と同じ音仮名の表記です。土の2柱の記事で名を挙げた波爾移麻比弥神社も、同じ阿波国美馬郡の社でした。また、國學院大學の神名データベースによれば、下総国相馬郡に蛟蝄(みつち)神社が見え、「罔象女大神」を祭っています。前の節の四つ目の読み方に出てきた「蛟」の字が、ここでは社の名に入っています。
5. 火を鎮める祝詞に出てくる「水神」
『延喜式』には、鎮火祭(ひしずめのまつり)の祝詞が収められています。火結神(ほむすびのかみ)の出生を語り、火を鎮める手立てを挙げていく祝詞です。そこに並ぶのは、水の神、匏(ひさご)、川菜、埴山姫(はにやまひめ)の四つで、水の神は「水神」という呼び方で挙がっています。
四つの顔ぶれを、病の床の神々と見比べてみます。埴山姫は、『日本書紀』の一書第二・第三に罔象女とともに名の見える土の女神でした。水神と埴山姫。水と土の女神が、ここでは火を抑える側にそろって数えられています。匏は水を汲む器で、その名を負うと解される神のことは 水の八神 の記事で紹介しました。
この祝詞を知ると、火の神の直後に水の神が置かれている並びが、違って見えてきます。病の床の神々を、火を鎮める伝承と結び付けて読む見方があり、名を「出始めの水の女」と取る説が火の荒々しさを鎮める性格を挙げるのも、同じ方向の読みです。
ただし、ここにも線を引いておく必要があります。『古事記』の弥都波能売神は、火を消していません。火の神に水を向ける場面はありません。水が火を鎮めるという筋は祝詞のもので、『古事記』のものではないのです。
6. 雨がほしい、もう降らないでほしい――丹生川上神社の二つの祈り
ここからは、原典を離れて信仰の話になります。舞台は奈良県吉野郡東吉野村の丹生川上神社(にうかわかみじんじゃ)です。丹生川上神社は川上村の上社、下市町の下社と合わせて三社あり、東吉野村の社は「中社」と通称されます。以下は、丹生川上神社の公式サイトによります。
本殿の主祭神は罔象女神で、公式サイトは「みづはのめのかみ」と読みを示しています。相殿には伊邪奈岐命・伊邪奈美命が祀られています。罔象女神は「水一切を司る神」とされ、古くは雨師の神として信仰されました。
社の歩みを、公式サイトに沿って年の順に並べます。
- 天武天皇の白鳳4年(675年)に創祀されたと伝える。
- 奉幣祈願が記録に初めて現れるのは、天平宝字7年(763年)。
- 『延喜式』(927年)では名神大社とされ、平安時代中期以降は祈雨の神として「二十二社」の一つに数えられた。
- 応仁の乱の頃までに、祈雨の奉幣は96度に及んだ。
- 明治以降の調査を経て、大正11年(1922年)に当社が丹生川上神社と認められ、官幣大社に列した。もとは蟻通神社と呼ばれていた。
この社に寄せられた祈りは、一つではありませんでした。雨がほしいときの祈雨と、雨を止めたいときの止雨です。公式サイトによれば、雨乞いには黒馬が、雨止めには白馬または赤馬が献上され、これが絵馬の起源とされています。願いの向きによって、馬の色を変えたわけです。
日照りが続けば雨を願い、長雨が続けば晴れを願う。向きは正反対ですが、祈る相手は同じ神です。ここからは考察ですが、この神は「雨を降らせる神」でも「雨を止める神」でもなく、多すぎても少なすぎても困る水の、ちょうどよい加減を願う相手だったと見ることができます。冒頭の問いに答えるなら、雨を止めるのはこの神の一面で、しかもそれは『古事記』ではなく、社に寄せられた祈りの積み重ねが形づくった一面です。
7. 泉の前で立ち止まる――丹生の真名井と川向かいの丹生神社
同じく公式サイトの境内案内によれば、境内には「丹生の真名井」があります。本殿の裏にある小牟漏岳を水源とする伏流水が井戸に湧いているもので、清めの水とされています。名の読み方の一つが思い描いていた「清らかな泉」を、目の前の水として確かめられる場所です。もっとも、この井戸と名の語源とを結び付ける伝えがあるわけではなく、重ねて見るのは訪れる側の読み方です。
川を隔てた御船山の麓には、摂社の丹生神社があります。祭神は「彌都波能売神」で、「本宮さん」と呼ばれています。ここで目を留めたいのは字です。本殿の祭神は『日本書紀』の字を使った「罔象女神」、摂社の祭神は『古事記』と同じく音仮名の「彌都波能売神」(「彌」は「弥」の旧字体)。一つの社のなかに、二つの書の表記がそれぞれ生きています。
境内案内には、ほかに夢淵(ゆめぶち)と東の瀧が挙がっています。夢淵は、高見川・日裏川・四郷川が合流する深い淵で、『日本書紀』で神武天皇が厳瓮を沈めて占ったという話の伝承地とされています。また、黒部ダムの竣工を記念して奉納された、祈雨止雨祈願の絵馬もあります。
8. 水の神々を混ぜずに読む
「水の神」と呼べる神は、『古事記』に何柱もいます。現れる順にたどると、次のようになります。
神生みの列で最初に現れる水の神は、海の神です(大綿津見神)。続いて、川が海に注ぐ水戸、つまり河口の神が男女で生まれます(速秋津日子神・速秋津比売神)。この河口の神は自分たちでも8柱を生み、そこには泡、水面、水を配る水分(みくまり)、水を汲む器にちなむ名が並びます(水の八神)。ここまでは、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命がそろって神を生んでいた時期の神々です。
弥都波能売神は、その列には入っていません。神生みが火の神で断ち切られた後、病の床で成った神です。さらに母神の死後、伊邪那岐命 が火の神を斬る場面では、剣の柄に集まった血が指の間から漏れて、闇淤加美神(くらおかみのかみ)と闇御津羽神(くらみつはのかみ)が成ります(剣の八神)。闇御津羽神の名にも「ミツハ」の音が入っています。ただ、成り立ちも場面も別の神です。
海、河口、泡と水面と配る水、病の床の水、剣から漏れた血に成る神。『古事記』はこれらを「水の神」の一語でくくらず、場面ごとに別の名を立てています。雨の祈りについても同じことがいえます。大和の水分社も『延喜式』で雨を祈る社に数えられていますが、だからといって、水分の神と弥都波能売神が同じ神になるわけではありません。
名の書き方も、場所によって違います。
| どこに出てくるか | 書き方 |
|---|---|
| 『古事記』 | 弥都波能売神 |
| 『日本書紀』第五段の一書第二〜第四 | 罔象女 |
| 『先代旧事本紀』陰陽本紀 | 罔象女神 |
| 『延喜式』神名帳(阿波国美馬郡) | 弥都波能売神社 |
| 『延喜式』鎮火祭の祝詞 | 水神 |
| 丹生川上神社の本殿 | 罔象女神 |
| 丹生川上神社の摂社 丹生神社 | 彌都波能売神 |
弥都波能売神と罔象女は、同じ神の別の書き方とされています。それでも、どの字で書かれた、どこの話なのかを確かめながら読むと、原典の一文と、祝詞と、社の祈りとが、互いに溶け合わずに見えてきます。
弥都波能売神の次に現れるのは、同じ小水から成る和久産巣日神です。伊邪那岐命と伊邪那美命のもとに現れた神々の全体は、国生み・神生み(まとめ) の一覧で順にたどれます。
まとめ
- 弥都波能売神は、病み臥した伊邪那美命から土の2柱に続いて成った女神で、対になる男神はいません。『古事記』にあるのは短い一文だけで、雨を降らせる場面も止める場面もありません。
- 名は音仮名で書かれ、「水つ早・水つ走」「ミヅハナ(出始めの水の女)」「水際」「水つ蛇」の四つの読み方があります。定説はありません。
- 『日本書紀』は第五段の一書第二・第三・第四に「罔象女」と書きます。一書第四には金山彦・埴山媛の名も見え、水の神が女神ひとりである点は『古事記』と共通します。
- 『延喜式』の鎮火祭の祝詞は、火を鎮めるものとして水神・匏・川菜・埴山姫を挙げます。水が火を鎮めるという筋は祝詞のもので、『古事記』には書かれていません。
- 丹生川上神社(奈良県東吉野村)は罔象女神を主祭神とし、公式サイトによれば、雨乞いには黒馬、雨止めには白馬または赤馬が献上され、絵馬の起源とされます。祈雨と止雨は後の時代の信仰です。
- 『古事記』には海、河口、水分、病の床の水、剣から成る神と、水に関わる神が何柱もいます。表記と場面を確かめ、一柱にまとめずに読むことが大切です。
ゆかりの社をたずねるなら:丹生川上神社と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)
参考文献
- 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
- 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
