天之吹男神(アメノフキヲ)とは?屋根を葺く神か、火を吹く神か。一文字に残る謎【古事記】

天之吹男神(あめのふきをのかみ)のアイキャッチ画像

天之吹男神(あめのふきをのかみ)は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が神生み(かみうみ)の5番目に生んだ神です。『古事記』には名前しか書かれていませんが、この神ほど読み方が割れる神は珍しいと言えます。「吹(ふき)」の一文字を、屋根を「葺く」と取るか、火を「吹く」と取るか、息を「吹く」祓の神と見るか。三つの説が並び、どれも決め手を欠いたままです。この記事では、三つの説の中身と弱点、風の神と言い切れない理由、大祓詞(おおはらえのことば)の気吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)との関係、そして「天之」という冠辞の不思議を順に見ていきます。

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目次

1. 天之吹男神のプロフィール

項目内容
表記と読み天之吹男神(あめのふきをのかみ/現代仮名遣いでは あめのふきおのかみ)
神生みでの順番5番目。大戸日別神の次、大屋毘古神の前
名前の要素天之(冠辞)・吹(葺く/吹く)・男(男神)
性格屋根を葺く神、竈(かまど)の神、祓の神の三説があり、定まらない
同一視される神大祓詞の気吹戸主神と同じ神とする説がある
ほかの書物『日本書紀』の神生みには見えない。『先代旧事本紀』陰陽本紀には名がある

2. 十柱のちょうど真ん中に置かれた一句

『古事記』がこの神について記すのは、次の一句だけです。

次に天之吹男神を生みき

「次に天之吹男神を生みました」。何を司るのか、なぜ「天之」が付くのか、なぜこの位置なのかは書かれていません。神生みの最初のまとまりは大事忍男神から速秋津比売神までの10柱で、天之吹男神はその5番目、ちょうど真ん中にあたります。

石土毘古神から始まる住まいの神々6柱の並びと、神生み冒頭の原文は、石土毘古神・石巣比売神 と 大事忍男神 でまとめて扱っています。この神は、戸口と読める大戸日別神の次、家屋の大屋毘古神の前に立っています。

3. 「吹」をどう読むか――三つの説

「吹」という漢字は「ふく」と読むほかありませんが、日本語の「ふく」には、息や風が「吹く」と、屋根を「葺く」の二語があります。『古事記』が「吹く」の意味でこの字を選んだのか、音を借りて「葺く」を書いたのかは、原典からは分かりません。三つの説の分かれ目は、この一点です。

説「吹」の読み神の姿弱いところ
第一説屋根を「葺く」屋根を葺く住居の神前後の神々を住居の神と読むことが前提
第二説火を「吹く」竈の火を吹き起こす神か『古事記』に竈への言及がない
第三説息を「吹く」穢れを吹き放つ祓の神気吹戸主神は『古事記』本文に出ない

第一説は、住まいの神々6柱の一柱として、屋根を葺くことを表す神と見る読みです。戸口の次、家屋の前という位置にもよく合い、現在もっとも広く紹介されています。土台と入口が定まったところで屋根がかかり、家屋が形をなす、という流れの中継ぎ役です。

第二説は、古代の住まいで火を扱う竈に目を向けます。火を吹き起こす神、つまり竈の神ではないかという読みで、住まいに関わる点では第一説と重なりますが、建物の部分ではなく家の中の火に注目するところが違います。

第三説は、大事忍男神から速秋津比売神までの10柱を、伊邪那岐命が禊(みそぎ)で生んだ神々の別伝と捉えます。そのうえで、天之吹男神を禊に関わる気吹戸主神と同じ神と見るものです。この読みに立つと、天之吹男神は住居の神ではなく、息を吹いて穢れを払う神になります。

4. 「吹く」なのに風の神と言い切れない理由

「吹く」から真っ先に思い浮かぶのは風です。しかし、天之吹男神を風の神と断定するのは慎重であるべきです。『古事記』の神生みでは、10柱のまとまりが終わった後に、風の神として志那都比古神(しなつひこのかみ)が改めて生まれるからです。風の神が別に生まれる以上、その前に置かれたこの神を風の神と言い切ることはできません。「葺く」や「火を吹く」という読みが支持されてきた背景には、この事情もあります。

5. 大祓詞の気吹戸主神とのつながり

第三説が持ち出す気吹戸主神は、『古事記』の禊の段には出てきません。『延喜式』に収められた大祓詞に、罪や穢れを根の国へ吹き放つ神として名が見える神です。大祓詞では、瀬織津比売(せおりつひめ)、速開都比売(はやあきつひめ)、気吹戸主、速佐須良比売(はやさすらひめ)の四柱が、罪を川から海へ、海から根の国へと順に送り出していきます。

天之吹男神と気吹戸主神を同じ神とする説は、神生みの10柱と禊の神々のあいだに対応を見出す考え方から出ています。ただ、『古事記』と大祓詞は別の書物で、原典が両者を同一と述べているわけではありません。「同じ神とする説があります」にとどめておくのが穏当です。対応を考える際には、禊で生まれた26柱をまとめた イザナギの禊で生まれた神々一覧 が参考になります。

なお、気吹戸主神は『日本書紀』の神生みや禊の段にも出てこず、天之吹男神自身も書紀の神生みには見えません。三つの説のいずれも、『日本書紀』からは支えを得られないということです。

6. 「天之」を名乗りながら相方がいない

天之吹男神の名でもう一つ目を引くのが、頭の「天之(あめの)」です。神の名の頭に付いて、天に属すること、あるいは天と関わりを持つことを示す冠辞と解されています。最初の10柱のうち、「天之」を持つのはこの神だけです。

神生みの後半にも、天之水分神(あめのみくまりのかみ)、天之久比奢母智神(あめのくひざもちのかみ)、天之狭土神(あめのさづちのかみ)など「天之」の神は現れます。しかしそれらはいずれも「国之」を冠する神と対になっています。天之吹男神には「国之吹男神」にあたる相方がなく、対になる女神もいません。なぜ一柱だけで「天之」を名乗るのか、その理由ははっきりしていません。

末尾の「男(を)」は、大事忍男神や風木津別之忍男神の「男」と同じく、男神であることを示す語と見られ、働きを表すものではありません。結局、神名の核は「吹」の一字に絞られます。

7. 一柱では性格が決まらない神

國學院大學の神名データベースは、この神については名義だけでなく、神生みの段全体をどう読むかを念頭に置いて考える必要がある、としています。「吹」を「葺く」と読むなら、石土毘古神からの6柱を住まいの神と見る読み方と組になります。「息を吹く」と読むなら、10柱を禊の別伝と見る読み方と組になります。小さな一柱の性格が、神生み全体の読み方に左右されるのです。急いで一つの答えを出さず、三つの姿を並べたまま抱えておくことも、名前だけの神を読むときの大切な態度です。

8. 祀る社と、読みごとに変わる願い

天之吹男神を主祭神とする神社はごく少なく、神生みの神々をまとめて祀る社にその一柱として名が見える程度です。行動の記述がないため、原典から固有のご利益は導けません。屋根を葺く神と読めば家の守りが、竈の神と読めば火の用心や台所の安全が、祓の神と読めば穢れを払う働きが連想されますが、どれも名前の解釈から出たもので、古い信仰の記録に基づくものではありません。

参拝先を探すなら、親神の伊邪那岐命・伊邪那美命を祀る社(伊邪那岐命)や、淤能碁呂島の伝承地(国生み)から当たるのが近道です。住まいの神々の最後にあたる風木津別之忍男神も、名に「風」を含むため風の神と混同されやすい神です。

国生みと神生みで生まれた島と神々の全体は、国生み・神生み(まとめ) の一覧で生まれた順にたどれます。

まとめ

  • 天之吹男神は神生みの5番目、最初の10柱のちょうど真ん中に置かれた神で、『古事記』には名前の一句しかありません。
  • 「吹」を屋根を「葺く」、火を「吹く」、息を「吹く」と読む三説があり、それぞれ住居の神、竈の神、祓の神という別の姿になります。
  • 後に志那都比古神が風の神として生まれるため、この神を風の神と断定することはできません。
  • 気吹戸主神は大祓詞に見える神で、『古事記』本文にも『日本書紀』にも出ず、同一とするのは一つの説にとどまります。
  • 最初の10柱で「天之」を冠するのはこの神だけで、「国之」の相方も女神も持ちません。
  • 國學院の神名データベースが言うように、この神の性格は神生みの段全体の読み方と切り離せません。

参考文献

  • 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
  • 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
  • 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
  • 西宮一民 校注『古事記』新潮日本古典集成
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