石土毘古神(いはつちびこのかみ)と石巣比売神(いはすひめのかみ)は、『古事記』の神生み(かみうみ)の段で、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が大事忍男神(おほことおしをのかみ)の次に生んだ神です。神生みの第2・第3の神にあたり、男神と女神が一組になって名が挙がります。『古事記』はこの2柱についても名前を記すだけで、何をした神かは語りません。それでも、「石」と「土」、「石」と「巣」という手で触れられる素材の字を負った名は、後に続く神々の並びと合わせて読むと、多くのことを語り始めます。この記事では、原典の記述、神名の読み解き、住まいの土台の神と読む説と大地の形成を表す神と読む説、『日本書紀』に見える似た名前の神との違い、石鎚山との関係を確かめ、名前だけの2柱が何を表しているのかを考えます。
1. 石土毘古神・石巣比売神とは(基本情報)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 神名(古事記) | 石土毘古神(男神)・石巣比売神(女神) |
| 神名(日本書紀) | 見えない(神生みの本文・一書ともに対応する神がない) |
| 読み | いはつちびこのかみ・いはすひめのかみ(現代仮名遣いでは いわつちびこのかみ・いわすひめのかみ) |
| 親神(生まれた由来) | 伊邪那岐命・伊邪那美命。神生みで大事忍男神の次に生んだ神 |
| 誕生の場面 | 『古事記』上巻「神生み」。神生みの第2番目・第3番目 |
| 前後の神 | 前: 大事忍男神/ 次: 大戸日別神(おほとひわけのかみ) |
| 神格・性格 | 行動の記述はない。岩・土・砂を表す名と解され、住まいの土台の神と読む説と、大地の形成を表す神と読む説がある |
| 別名や同一視される神 | 『古事記』に別名はない。『先代旧事本紀』にも2柱の名が見える。石鎚神社の石鎚毘古命と関係づけられることがある |
石土毘古神と石巣比売神は、神生みの列の2番目と3番目に置かれた神です。伊邪那岐命と伊邪那美命は、国生みで大八島国(おおやしまのくに)と六つの島を生み終えると、神々を生み始めます。最初に生まれた大事忍男神は「大事」を名に負う男神で、続いてこの2柱が生まれ、その後に大戸日別神、天之吹男神(あめのふきをのかみ)、大屋毘古神(おほやびこのかみ)、風木津別之忍男神(かざもくつわけのおしをのかみ)と続きます。
この2柱の特徴は、二つあります。一つは、神生みで初めて男神と女神が対になって現れることです。大事忍男神は単独の男神でしたが、石土毘古神は「毘古(ひこ)」、石巣比売神は「比売(ひめ)」と、名の末尾で男女を示しています。もう一つは、名の中に「石」「土」「巣」という、土地の素材の字を持つことです。神世七代(かみよななよ)の宇比地邇神(うひぢにのかみ)・須比智邇神(すひぢにのかみ)が泥と砂を表す名であったのと同じように、この2柱も足元の素材の名で呼ばれています。
2. 『古事記』にはどう書かれているか
『古事記』は、国生みの最後の島を挙げた後、神生みへの切り替わりを一文で示し、最初の神の名を記します。
既に国を生み竟へて、更に神を生みき。故、生める神の名は、大事忍男神
その直後に、石土毘古神と石巣比売神の名が続きます。
次に石土毘古神を生みき。次に石巣比売神を生みき。次に大戸日別神を生みき
現代語に直すと、次のようになります。次に石土毘古神を生みました。次に石巣比売神を生みました。次に大戸日別神を生みました。
2柱についての記述はこれがすべてです。何を司る神か、どのような姿かは書かれていません。注意したいのは、女神の名の前に「妹(いも)」の字がないことです。神世七代の対偶神では、女神の名に「妹」を冠して対であることを示していましたが、ここではその字がありません。石土毘古神と石巣比売神を男女の対と読むのは、「毘古」「比売」という名の末尾に基づく理解で、『古事記』が2柱を夫婦や兄妹と説明しているわけではない点は押さえておく必要があります。
石土毘古神から始まる6柱
『古事記』は、この後も「次に〜を生みき」の形で神々を挙げ、速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)まで来たところで「并せて十神」と数を記します。この10柱のうち、先頭の大事忍男神と、末尾の海の神・水戸(みなと)の神を除いた6柱を、一つのまとまりとして見る読み方があります。
| 順 | 神名 | 読み | 名から読み取られる要素 |
|---|---|---|---|
| 2 | 石土毘古神 | いはつちびこ | 岩と土 |
| 3 | 石巣比売神 | いはすひめ | 岩と砂(または住居) |
| 4 | 大戸日別神 | おほとひわけ | 戸口・場所 |
| 5 | 天之吹男神 | あめのふきを | 屋根を葺くこと |
| 6 | 大屋毘古神 | おほやびこ | 家屋 |
| 7 | 風木津別之忍男神 | かざもくつわけのおしを | 風を防ぐこと |
土台、戸口、屋根、家、風よけという並びは、家を建てる手順に見えます。石土毘古神・石巣比売神は、この6柱の先頭に立つ神です。ただし、表の「要素」の列は名前から読み取られた解釈で、『古事記』が説明しているものではありません。
3. 神名の意味
『古事記』は神名の由来を説明していません。以下は神名の語構成と、注釈書に見える解釈です。2柱の名は「石+土+毘古」「石+巣+比売」と分けて読むのが一般的で、「石」を共有し、真ん中の一字と末尾の語が異なります。
石土毘古神――岩と土の男神
「石(いは)」は岩です。上代語の「いは」は、大地に根を張った大きな岩石を指すと解されています。転がる小石ではなく、動かない岩です。「土(つち)」はそのまま土で、「毘古(ひこ)」は男性を表す語です。合わせて、岩と土を表す男神と読む説が一般的です。
石巣比売神――岩と砂の女神、または住まいの女神
「石」は石土毘古神と同じです。問題は「巣(す)」で、説が二つに分かれます。
一つは、「す」を砂と取る説です。この読みに立てば、石土毘古神が岩と土、石巣比売神が岩と砂と、2柱で岩・土・砂の三つがそろうことになります。
もう一つは、「巣」の字のとおり住まいと取る説です。鳥の巣が住居であるように、「す」を人の住む場所と読み、岩の住まいの女神と解します。この読みでは、石巣比売神は、家の中を取り仕切る刀自(とじ)のように、住居を管理する女性の性格を持つ神ということになります。
「比売(ひめ)」は女性を表す語で、「毘古」と対をなします。
対の名が示すもの
2柱の名を並べると、「石」が共通し、「土」と「巣」、「毘古」と「比売」が対応しています。男神には土、女神には砂または住居が振り分けられている形です。この振り分けに意味を求める読みもありますが、『古事記』にはその説明がなく、名の構造から見て取れる範囲にとどめておくのが穏当です。神世七代の宇比地邇神・須比智邇神が、男神に泥、女神に砂を振り分けていたことは、比較の材料になります。
4. 神話の中での役割
石土毘古神・石巣比売神には行動がありません。その役割は、名と、置かれた位置から読み取るほかありません。ここでは、この2柱の位置づけをめぐる二つの読み方と、両者に共通する点を見ます。
住まいの土台と読む説
第一は、住居説です。石土毘古神から風木津別之忍男神までの6柱を、住居に関わる神々と見る読み方で、注釈書に多く見える解釈です。この立場では、石土毘古神・石巣比売神はその筆頭として、家を建てるときに最初に必要な岩・土・砂を神格化した神と解されます。古代の竪穴住居は、地面を掘り下げて床を固め、壁を築いて造られました。その床や壁を築くのに、まず岩と土と砂がいる、という順序です。
「いは」が大地に根を張った岩石であることを重く見て、住居の土台になる岩石と土、すなわち敷地そのものの神格化と読む説もあります。この読みでは、石土毘古神・石巣比売神は家そのものではなく、家が建つ地面を表す神です。大事忍男神が「これから大事が始まる」という宣言だとすれば、その次に来るのが地面を固める神であることは、順序として自然に見えます。
大地の形成と読む説
第二は、自然説です。国生みで島を生み終えたばかりの場面に、いきなり住居の神が現れるのは不自然だとして、この2柱も他の神生みの神々と同じく自然の神と見る読み方です。神生みには海の神、水戸の神、風の神、木の神、山の神、野の神と、自然物の神が多く並びます。その列の先頭にあると考えれば、石土毘古神・石巣比売神は、生まれたばかりの島の上に岩や土や砂が形づくられ、大地が成っていく様子を表す神ということになります。
この立場では、国生みで島の輪郭ができ、神生みの冒頭で島の中身、つまり大地の素材が整えられていく、という流れで読むことになります。住居説が「人の暮らし」から読むのに対し、自然説は「国土の完成」から読む、と言い換えることもできます。
二つの読みに共通すること
住居説と自然説のどちらが正しいかは定まっていません。ただ、両者には共通点があります。どちらの読みでも、石土毘古神・石巣比売神は「固まる」「据えられる」ものの神だということです。家の土台であれ、島の大地であれ、その上に何かを築くための動かない部分を、この2柱が担っています。大事忍男神が始まりの宣言だとすれば、この2柱は最初の一手であり、次の大戸日別神からは、その上に戸口や屋根が組まれていきます。
5. 『日本書紀』との違い
石土毘古神・石巣比売神は、『日本書紀』の神生みに見えません。本文にも、本文に添えられた異伝である一書(あるふみ)にも、この2柱に対応する神はありません。
『日本書紀』本文の神生みは、『古事記』よりはるかに簡潔です。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)は大八洲(おおやしま)を生んだ後、海を生み、川を生み、山を生み、木の祖と草の祖を生む、という順序で語られます。『古事記』の神生みの冒頭にある、岩・土・砂から戸口・屋根・家へと続く列は、『日本書紀』にはありません。住居に関わると読める神々の列を持つこと自体が、『古事記』の神生みの特色です。なお、『古事記』の神々を多く取り込んだ『先代旧事本紀』には、石土毘古神・石巣比売神の名が見えます。
似た名前に注意――磐土命は別の神
『日本書紀』には、名のよく似た磐土命(いはつちのみこと)という神が見えます。ただし、これは神生みの神ではありません。第五段の一書第十で、伊弉諾尊が黄泉から帰って禊をした場面に生まれる神で、『古事記』の禊の段で生まれた上筒之男命(うはつつのをのみこと)に当たる神と考えられています。「いはつち」という音は同じでも、生まれた場面も対応する神も異なる、別の神です。石土毘古神を調べていて磐土命の名に行き当たったときは、混同しないよう注意が必要です。
6. ご利益と信仰
『古事記』にも『日本書紀』にも行動の記述がないため、石土毘古神・石巣比売神に固有のご利益を原典から導くことはできません。
そのうえで、この2柱が語られるときには、岩・土・砂という名から、住まいの安全や土台の安定、地鎮といった願いに結びつけて語られることがあります。住居の土台の神と読む説から導かれたもので、原典に根拠があるわけではない点に注意が必要です。
7. 祀られている神社
石土毘古神・石巣比売神を主祭神として祀る神社は、ごく少ないのが実情です。神生みの神々をまとめて祀る社で、その一柱として名が見える程度にとどまります。
一方で、名の近い神を祀る社として、石鎚神社が挙げられます。
| 神社 | 所在地 | 祭神と位置づけ |
|---|---|---|
| 石鎚神社 | 愛媛県西条市 | 石鎚毘古命(いしづちひこのみこと)を祀る。西日本最高峰の石鎚山を祀る社で、『日本霊異記』には伊予国の石鎚山の神(石槌神)の名が見える。石土毘古神と石鎚毘古命は名が近く、関係づけられることがある |
「いはつちびこ」と「いしづちひこ」は音がよく似ており、両者を同じ神と見る向きもあります。ただし、『古事記』の石土毘古神と石鎚山の神を同一とする確かな根拠があるわけではなく、名の近さから語られる関係と理解しておくのがよいでしょう。また、高知県南国市には石土神社があり、石鎚神社との関わりが語られていますが、この記事では社名を挙げるにとどめます。
石土毘古神・石巣比売神にゆかりのある場所へ参拝したい方は、この2柱を生んだ伊邪那岐命・伊邪那美命を祀る神社を訪ねるのが近道です。多賀大社や伊弉諾神宮など、二柱を祀る神社は伊邪那岐命の記事で紹介しています。伊邪那岐命 国生みの伝承地とされる淤能碁呂島(おのごろじま)ゆかりの神社は、国生みの記事で扱っています。国生み
8. 関連する神々
大事忍男神 は、神生みの最初に生まれた神で、石土毘古神・石巣比売神の直前に置かれています。「大事」を名に負う男神で、神生みの始まりを告げる名と読む説と、国生みの完了を称える名と読む説があります。大事忍男神
大戸日別神 は、石巣比売神の次に生まれた神です。「戸」を住まいや戸口と読む説があり、住居説に立てば、岩・土・砂の土台の上に戸口が据えられる段階にあたります。大戸日別神
伊邪那岐命・伊邪那美命 は、石土毘古神・石巣比売神の親神です。国生みと神生みを行い、火の神を生んだことで伊邪那美命は亡くなります。二柱の生涯の全体像はそれぞれの記事で扱っています。伊邪那岐命 伊邪那美命
国生み は、神生みの直前の場面です。天の沼矛で淤能碁呂島を得て、天の御柱を廻って夫婦となり、島々を生むまでを扱っています。石土毘古神・石巣比売神を大地の形成と読む説は、この場面の続きとして2柱を位置づけます。国生み
神生みが伊邪那美命の死で終わった後、伊邪那岐命が禊で一人で生んだ26柱の神々は、一覧記事にまとめています。『日本書紀』の磐土命に当たるとされる上筒之男命も、その中にいます。イザナギの禊で生まれた神々一覧
国生みと神生みで生まれた島と神々の全体は、国生み・神生み(まとめ) の一覧で生まれた順にたどれます。
9. 現代につながる読み方
石土毘古神・石巣比売神の神話から読み取れるのは、「何かを築くには、まず地面を固めることから始まる」ということです。神生みの列は、宣言の神の次に、岩と土と砂の神を置きました。戸口も屋根も家も、その後です。住居説に立てば、『古事記』は家を建てる順序を神々の名で語っていることになり、自然説に立てば、島ができた後に大地が整う順序を語っていることになります。どちらにしても、目に見える形が現れる前に、動かない土台の時間がある、という見方がここにあります。
もう一つ読み取れるのは、「岩と土と砂のような、ありふれた素材が神の名になる」ということです。『古事記』の神々には、太陽や海や風のように大きなものを司る神が多くいます。しかし石土毘古神・石巣比売神が負っているのは、足元の岩と土と砂です。誰もが踏んでいるものに神の名を与えたところに、生活の土台を軽んじない古代の人々の感覚を見ることができます。
そして、この2柱の名は、注意深く読むことの大切さも教えています。「巣」を砂と読むか住まいと読むかで、神の性格は変わります。『日本書紀』の磐土命は、音は同じでも別の神です。名前しか残っていない神ほど、一字一字と、置かれた場所を丁寧に見る必要があります。石土毘古神・石巣比売神は、その読み方を静かに示している神だといえます。
まとめ
- 石土毘古神・石巣比売神は、『古事記』の神生みで大事忍男神の次に生まれた、第2・第3の神です。
- 神生みで初めて男神と女神が一組になって現れますが、『古事記』が記すのは名前だけで、行動も言葉もありません。女神の名に「妹」の字は付いていません。
- 神名は「石」=岩、「土」=土、「巣」=砂と読むのが一般的で、「巣」を住まいと読む説もあります。「毘古」「比売」が男女を示します。
- 石土毘古神から風木津別之忍男神までの6柱を住居の神々と見て、その筆頭に岩・土・砂の土台の神を置く住居説と、大地の形成を表す自然の神と見る自然説があり、定説はありません。
- 『日本書紀』の神生みには対応する神がなく、名の似た磐土命は禊で生まれた別の神(上筒之男命に当たる)です。
- 主祭神として祀る神社はごく少なく、名の近い石鎚毘古命を祀る石鎚神社(愛媛県西条市)と関係づけられることがあります。
参考文献
- 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
- 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
- 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
- 西宮一民 校注『古事記』新潮日本古典集成
