天手力男神(タヂカラオ)とは?岩戸から天照大御神を引き出した力の神【古事記】

天手力男神(あめのたぢからおのかみ)のアイキャッチ画像

天手力男神(あめのたぢからおのかみ)は、天石屋戸(あめのいわやと)の場面で、戸の脇に身を潜めて出番を待った神です。天照大御神(あまてらすおおみかみ)が鏡を覗こうと身を乗り出したその瞬間、手を取って外へ引き出し、闇に沈んだ世界に光を取り戻しました。神名はそのまま「手の力の男」を表し、力の神として知られます。天照大御神が籠るまでの経緯は 天石屋戸、神々が総出で岩戸を開く場面の全体は 天宇受売命 の記事で扱っています。この記事では、力の神がなぜ戸をこじ開けなかったのか、天孫降臨に添えられた三神の一柱としての姿と「佐那那県に坐す」という一文、伊勢神宮内宮の相殿や戸隠山の伝承まで、天手力男神に固有の話題を追っていきます。

目次

1. 天手力男神のあらまし

項目内容
神名(古事記)天石屋戸の段では天手力男神、天孫降臨の段では手力男神
神名(日本書紀)手力雄神
読みあめのたぢからおのかみ
出自親神も誕生の場面も記されていない
したこと石屋戸の脇に隠れ立ち、天照大御神の手を取って引き出す。天孫降臨で邇邇芸命に添えられる
鎮まる地『古事記』に「佐那那県に坐す」とある
後世の表記天手力雄命、手力雄命など

伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の禊(みそぎ)や誓約(うけい)のように、誕生の物語をもつ神ではありません。八百万(やおよろず)の神が天の安の河原に集まり、思金神(おもいかねのかみ)が策を練る場面で、すでに一員として名が見えます。性格を決めているのは、ただ一つの行いです。

2. 戸の脇に隠れ立つ――原典の描写

思金神の計画では、鏡と珠が作られ、占いが行われ、珠と鏡を掛けた榊(さかき)が掲げられ、祝詞(のりと)が唱えられます。天手力男神の名は、この段取りのいちばん最後に出てきます。原典の記述は短く、戸の脇に隠れて立った、というだけです。舞や祝詞のように人目を引く役ではなく、戸のかたわらで息をひそめ、時を待つ役でした。

やがて天宇受売命(あめのうずめのみこと)の舞に神々がどっと笑い、天照大御神が戸を細く開けます。差し出された鏡に映る光をいよいよ不思議に思い、少しずつ身を乗り出して覗き込んだところで、隠れていた天手力男神がその手を取り、外へ引き出しました。直後に布刀玉命(ふとだまのみこと)が後ろに縄を張って、天照大御神が戻れないようにしています。布刀玉命

3. 力の神は戸をこじ開けなかった

ここで気をつけたいのは、原典が「天手力男神が戸を開けた」とは書いていない点です。戸を開けたのは天照大御神自身で、天手力男神は、天照大御神が自ら身を乗り出したところで手を取りました。力の神の力は、閉ざされた扉を破るためではなく、開いた扉が再び閉じないようにするために使われています。知恵と芸能が戸を開かせ、力がそれを確かなものにした、という構図です。

岩戸開きは、思金神が全体を考え、作り手が鏡と珠を用意し、祭りを担う神々が榊と祝詞を整え、天宇受売命が舞う、という分業で進みました。天手力男神の持ち場は、その締めくくりの一点です。すべてが整うまで待ち、機が熟した一瞬だけ動く。力の出し方そのものに、この神の特色が表れています。

引き出す力と、戻さない縄が一組になって光の回復が定まる、という点も見ておきたいところです。この連携を、神事における「呼び出す」と「留める」の対応と読む向きもありますが、原典にそう書かれているわけではありません。

4. 「手力」という名と行いの一致

天手力男神の名は、『古事記』の神々の中では意味の取りやすい部類に入ります。一般的な語釈は次のとおりです。

  • 天(あめ): 高天原(たかまのはら)に属する神を示す接頭語。天孫降臨の段では「天」を省いた「手力男神」の形で書かれます。
  • 手力(たぢから): 文字どおり「手の力」。腕の力、筋力を表す語と解されています。
  • 男(を): 男性の神であることを示します。『日本書紀』の「手力雄神」の「雄」も同じ意味です。

名全体を「手の力をもつ男神」と読むのが通説で、大きな異説はありません。天照大御神の手を取って引き出したという行いと、名がそのまま重なります。行いから名が付いたのか、名が先にあって物語が作られたのかは判断できませんが、物語の中の役割が神格そのものになった、典型的な例といえます。

『日本書紀』神代上 第七段でも、天照大神(あまてらすおおかみ)が磐戸を細めに開けて覗いたところを、手力雄神が手を取って引き出したと語られます。鏡や縄の担い手は書によって変わりますが、この神の役目は記紀を通じて「手を取って引き出す」ことで一貫しており、性格がほとんど揺れていません。

5. 天孫降臨の三神と「佐那那県に坐す」

天手力男神は、天孫降臨の場面にもう一度姿を見せます。天照大御神と高木神(たかぎのかみ)が邇邇芸命(ににぎのみこと)を降すとき、五伴緒(いつとものお)を付き従わせ、八尺の勾玉と鏡と草那芸剣(くさなぎのつるぎ)を授けたうえで、さらに思金神・手力男神・天石門別神(あめのいわとわけのかみ)の三神を添えた、と原典は語ります。そのあとに、神々の後の姿を説明する一節があり、天手力男神については次のように記されています。

手力男神は佐那那県に坐す

佐那那県(さななあがた)は伊勢国の佐那の地とされ、現在の三重県多気郡多気町にあたると考えられています。岩戸で天照大御神を引き出した神が、天照大御神を祀る伊勢の地の近くに鎮まっているわけです。

祭祀や工芸を担う氏族の祖である五伴緒とは別に添えられたこの三神は、知恵、力、門の守りを表す神として並んでいると考えられます。天石門別神は『古事記』に御門(みかど)の神と説明されており、戸に関わる神である点で天手力男神と対をなすと見る説もあります。岩戸開きで働いた神が、地上の新しい秩序を守る神として再び選ばれたと読むこともできますが、これも一つの解釈です。

なお、『日本書紀』は本文と複数の一書で天孫に従う神々の顔ぶれが異なり、三神をまとめて添える『古事記』の形とは一致しません。「佐那那県に坐す」という鎮座の記述も『古事記』だけのものです。

6. 佐那・伊勢・戸隠――天手力男神を祀る社

佐那神社(三重県多気町) は、「佐那那県に坐す」と書かれた地に鎮座するとされ、天手力男命を祀ります。原典に鎮座地が記された神社として、この神の信仰を考えるうえで欠かせない場所です。

伊勢神宮内宮(三重県伊勢市) では、天照大御神を祀る正殿の相殿神として天手力男神が祀られています。岩戸から引き出した神が、その天照大御神の傍らに祀られている形です。

戸隠神社(長野県長野市) は、天手力男神の信仰の中心として最もよく知られています。五社のうち奥社に天手力雄命が祀られ、天手力男神が投げた岩戸が落ちて戸隠山になったという伝承が残ります。中社には思金神、火之御子社には天宇受売命が祀られ、岩戸開きの神々が一つの山に集まっています。思金神

手力雄神社(岐阜県各務原市) は、社名に神名を掲げて天手力雄神を祀る神社です。

7. 力・スポーツ・開運の神として

天照大御神を引き出した「手の力」から、この神は力を授ける神として信仰されてきました。腕力や体力の向上、スポーツの勝利や上達、技芸の上達を願う参拝者が多いとされます。

闇に閉ざされた世界に光を取り戻す決め手となったことからは、開運や困難を打ち破る力、心願成就とも結び付けられています。閉じた戸を開いた神という物語から、物事の突破口を開く神、新しい局面を切り開く神ともされます。伊勢神宮内宮の相殿に祀られ、天孫降臨にも付き添ったことから、皇室や国土の守護と結び付ける見方もあります。天照大御神

岩戸開きの物語は各地の神楽で演じられ、天手力男神が岩戸を探し、戸を取り除く場面は見せ場の一つです。力の神への信仰は、こうした芸能を通しても受け継がれています。

8. 待つことも力のうち

力の神でありながら、天手力男神は力ずくで扉を破りませんでした。もし最初から戸をこじ開けていたら、この物語はまったく別のものになっていたでしょう。知恵が計画を立て、作り手が道具を整え、舞が場の空気を変える。そのすべてがそろったところで、最後に力が使われます。力は出番を待つものであり、時が来たら迷わず使うものだ、という順序がこの神の物語から読み取れそうです。

ただし、そこまで読み込むのは原典を離れた解釈で、『古事記』はただ、手を取って引き出したと語るのみです。それでも、戸隠の山に岩戸が飛んだという伝承や、神楽で演じられる戸取りの場面を思えば、この神の力が、暗い時に光を取り戻す力として長く人々の記憶に刻まれてきたことは確かでしょう。

まとめ

  • 天手力男神の役は、戸の脇に隠れて待ち、身を乗り出した天照大御神の手を取って外へ引き出すことでした。
  • 戸を開けたのは天照大御神自身で、力は扉を破るためではなく、開いた扉を閉じさせないために使われています。
  • 神名は「手の力をもつ男神」と読むのが通説で、『日本書紀』の手力雄神でも役目は変わりません。
  • 天孫降臨では思金神・天石門別神と共に邇邇芸命に添えられ、「佐那那県に坐す」と『古事記』だけが記します。
  • 佐那神社、伊勢神宮内宮の相殿、戸隠神社奥社、手力雄神社に祀られ、力・スポーツ・開運の神として親しまれています。

ゆかりの社をたずねるなら:皇大神宮と近くの宿、戸隠神社と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)

参考文献

  • 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
  • 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
  • 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
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