大戸日別神(おほとひわけのかみ)は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が神生み(かみうみ)の4番目に生んだ神です。『古事記』に残るのは名前ひとつだけですが、その名は「大」「戸」「日」「別」という四つの字でできていて、一字ずつ意味を持っています。とくに「戸」は、人の居る場所とも、家の出入口とも読めます。この記事では、四つの字を順にほどきながら、この神が住まいの神々の列のどこに立っているのかを考えます。
1. 大戸日別神の基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 表記と読み | 大戸日別神(おほとひわけのかみ/現代仮名遣いでは おおとひわけのかみ) |
| 生んだ神 | 伊邪那岐命・伊邪那美命 |
| 神生みでの順番 | 4番目(石巣比売神の次、天之吹男神の前) |
| 対になる神 | なし(単独で生まれる男神) |
| 名前の要素 | 大(美称)・戸(居場所または出入口)・日(神霊)・別(称号) |
| ほかの書物 | 『日本書紀』の神生みには見えない。後代の『先代旧事本紀』陰陽本紀には名がある |
直前の石土毘古神(いはつちびこのかみ)・石巣比売神(いはすひめのかみ)は「毘古」と「比売」で男女一組になっていました。大戸日別神は、男子の称号と解される「別」を持ちながら、相手の女神を伴わずに現れます。ここから先、天之吹男神、大屋毘古神と、単独の神がしばらく続きます。
2. 原典に残る一文と、その置かれ方
『古事記』の記述は、岩と砂の女神の名に続く次の一句です。
次に石巣比売神を生みき。次に大戸日別神を生みき
現代語では「次に石巣比売神を生みました。次に大戸日別神を生みました」となります。何を司るのか、なぜここで生まれたのかは語られず、この神は以後の物語にも出てきません。
神生みの冒頭から住まいの神々6柱が続く構造と、国生みから神生みへ移る場面の原文は、大事忍男神 と 石土毘古神・石巣比売神 で詳しく扱っています。ここでは、大戸日別神が「岩・土・砂」の神の直後、「葺く」と読める神の直前に置かれている、という一点だけを手がかりにします。
3. 「大」「日」「別」――名前を支える三つの字
『古事記』は神名の由来を説明していません。以下は語構成と、注釈書や神名研究に見える解釈です。中心の「戸」は次の節に回し、まず周りの三字を見ます。
「大」――立派さを添える美称
「大」は、大きい・立派だという意味を添える美称と解されています。大事忍男神、大屋毘古神、大綿津見神、大山津見神など、神生みには「大」を冠する名が多く、この神の「大」も同じ用法と見られます。
「日」――太陽ではなく神霊
「日(ひ)」を太陽と取り、「戸に差す日の光の神」と読むのは一般的ではありません。通説では、目に見えない霊的な力、つまり神霊を表す語とされます。禊の場面で生まれた八十禍津日神(やそまがつひのかみ)の「日」と同じ用法です。「戸の神霊」と読むのが穏当です。
「別」――古代の称号
「別(わけ)」は古代の人名や姓氏に見える語で、地方を分けて治める者の称号に由来すると考えられています。5〜6世紀には姓(かばね)の一つとしても用いられたとされます。神名につくときは、男子の敬称とする説と、神を人の姿になぞらえる称(人体化の称)とする説があります。
成立の時期については、天皇の皇子を各地に分け置く皇子分封の考え方が『古事記』景行天皇の段に見えることから、この思想に基づく命名で7世紀以後に成り立ったとする説があります。『古事記』の編集理念に基づいて整えられた称号体系の一部と見る説もあります。どちらにしても、「別」は働きではなく神の格や性別を示す語です。
4. 「戸」は居場所か、出入口か
神名の中核は「戸(と)」の一字で、ここで読みが二つに割れます。
一つめは、「戸」を「処(ところ)」、人の居る場所と取る説です。大戸日別神は住まいそのものを表し、人が安住の地を得ることの表象と解されます。岩と土の上に、人の居場所が定まることを示す神、という読みです。
二つめは、「戸」を門や扉、つまり家の出入口と取る説です。この場合の大戸日別神は、家屋の戸を依り代とする防塞神(ぼうさいしん)、悪いものが家に入り込むのを防ぐ神になります。古代の住まいにとって、戸口は外と内の境目でした。境目を守る神という発想は、道の分かれ目に立つ道祖神や、禊で生まれた衝立船戸神(つきたつふなとのかみ)が岐神(くなどのかみ)と重ねられることにも通じます。
二つの読みは、同じ「戸」の表と裏とも言えます。戸を閉じれば内側は居場所になり、開ければ通り道になります。外から来るものを防ぐ場所は、人を迎え入れる場所でもあります。どちらかに決める根拠は原典になく、両説が並んで紹介されているのが現状です。
以上を合わせると、大戸日別神は「立派な戸(居場所あるいは出入口)の神霊である男神」と読み解けます。これは後世の語釈で、『古事記』自身の説明ではありません。
5. 土台の次に「戸」が来るという並び
住まいの神々6柱を家を建てる手順と読む説に立つと、大戸日別神は二段目にあたります。岩・土・砂で敷地が固まった次に、「どこに住むか」「どこから出入りするか」を定める神が来て、そのあと屋根を葺く天之吹男神、家屋の大屋毘古神、風に耐える風木津別之忍男神へと進みます。家は屋根から建てるのではなく、住む場所と入口を決めるところから始まる、という順序が読み取れます。
一方、国土を生み終えた直後に住居の神が出るのは不自然だとして、これらを自然の神と見る説もあります。その場合でも、「戸」を場所と取れば、生まれたばかりの大地の一部が人の居る「処」として形をなすことの表象と解せます。どちらの説でも、この神は「岩と土」の次に「場所」や「境目」を表す神として置かれています。
6. 「おほと」を名に持つ別の神々
大戸日別神と取り違えやすい名が、いくつかあります。
- 神世七代の第5代、意富斗能地神(おほとのぢのかみ)・大斗乃弁神(おほとのべのかみ)。この「斗」も場所や門と解されることがありますが、伊邪那岐命・伊邪那美命より前に「成った」神で、二柱が「生んだ」大戸日別神とは世代も由来も違います。意富斗能地神・大斗乃弁神
- 神生みの後半、大山津見神と野椎神が生んだ大戸或子神(おほとまとひこのかみ)・大戸或女神(おほとまとひめのかみ)。「大戸」の二字は同じでも、山野の神々の一組です。
- 『日本書紀』の神世七代に見える大戸之道尊(おほとのぢのみこと)。これは意富斗能地神に当たる神で、やはり別の神です。
『日本書紀』の神生みには大戸日別神そのものが出てこないので、書紀で「大戸」の字を見かけたときは、まずこれらの神を疑うとよいでしょう。
7. 祀る社と、名前から連想される願い
大戸日別神を主祭神とする神社はごく少なく、神生みの神々をまとめて祀る社にその一柱として名が見える程度です。行動の記述がないので、原典から固有のご利益を導くこともできません。出入口を守る神と読めば家内安全や厄除けが、居場所の神と読めば安住や家庭の平安が連想されますが、いずれも名前の解釈から出たもので、古い信仰の記録に基づくものではありません。
ゆかりの地を訪ねるなら、親神を祀る多賀大社や伊弉諾神宮(伊邪那岐命)、淤能碁呂島の伝承地(国生み)が近道です。伊邪那美命の生涯は 伊邪那美命 で扱っています。
国生みと神生みで生まれた島と神々の全体は、国生み・神生み(まとめ) の一覧で生まれた順にたどれます。
まとめ
- 大戸日別神は神生みの4番目の神で、男女一組の石土毘古神・石巣比売神の後に、相手を持たない単独の男神として現れます。
- 名前は「大(美称)」「戸」「日(神霊)」「別(称号)」に分けて読まれ、「日」を太陽とする読みは一般的ではありません。
- 「別」は地方を分け治める者の称号に由来し、皇子分封の思想から7世紀以後に成り立ったとする説があります。
- 「戸」を居場所と読めば安住の地の神、出入口と読めば悪いものを防ぐ防塞神となり、両説は同じ戸の内と外の顔とも言えます。
- 住まいの手順で読むと、敷地の次に住む場所と入口を定める段にあたります。
- 意富斗能地神・大斗乃弁神、大戸或子神・大戸或女神、書紀の大戸之道尊とは別の神です。
参考文献
- 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
- 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
- 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
- 西宮一民 校注『古事記』新潮日本古典集成
