底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)は、黄泉の国から戻った伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が禊をしたとき、「水底」に身を沈めて成った海の神です。中津綿津見神・上津綿津見神と合わせて綿津見三神と呼ばれ、『古事記』はこの三柱を、海人の集団である阿曇連(あずみのむらじ)が祖先の神として祭る神だと記しています。三神のうち最初に生まれたこの記事の神を入口に、三神に共通する誕生の場面、阿曇連とのつながり、『日本書紀』での書き方、祀る神社までをまとめて見ていきます。「中」と「上」の二柱に固有の話は、それぞれの記事で扱います。
1. 底津綿津見神の基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 神名(古事記) | 底津綿津見神 |
| 神名(日本書紀) | 底津少童命 |
| 読み | そこつわたつみのかみ |
| 成った場所 | 竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原での禊。水底で身を滌いだとき |
| 生まれた順 | 禊の 26 柱のうち、水中で成った 6 柱の 1 番目 |
| 神格 | 海の底を受け持つ海神。綿津見三神の第一柱。阿曇連の祖神 |
| 後世の結び付き | 大綿津見神と同じ神とみる説がある。龍神と重ねて語られることもある |
2. 中つ瀬から水の底へ――三神が生まれるまで
伊邪那岐命の禊は、身に着けていた物を投げ捨てるところから始まり、続いて川の中つ瀬に入って身を滌ぎます。その穢れから禍津日神が、禍を直すために直毘神と伊豆能売が成りました。ここで場面が切り替わり、伊邪那岐命は身を置く深さを変えながら滌ぎを続けます。
次に水底に滌ぐ時に成れる神の名は、底津綿津見神。次に底筒之男命。中に滌ぐ時に成れる神の名は、中津綿津見神。次に中筒之男命。水の上に滌ぐ時に成れる神の名は、上津綿津見神。次に上筒之男命。
水底で底津綿津見神と底筒之男命、水の中ほどで中津綿津見神と中筒之男命、水面近くで上津綿津見神と上筒之男命が成った、という一節です。綿津見神と筒之男命が層ごとに一柱ずつ、交互に並んでいます。この 6 柱のあとに伊邪那岐命は目と鼻を洗い、三貴子が生まれます。
この並びの先頭に立つのが底津綿津見神です。「水底に滌ぐ時」と原典が場所を書いているので、海の底に当たる神であることは本文からそのまま読み取れます。
3. 「阿曇連の祖神」という一文
此の三柱の綿津見神は、阿曇連等が祖神と以ち伊都久神なり。故、阿曇連等は、其の綿津見神の子、宇都志日金拆命の子孫なり。
「この三柱の綿津見神は、阿曇連らが祖先の神として斎き祭る神である。阿曇連らは、綿津見神の子の宇都志日金拆命の子孫である」という意味です。
禊で生まれた神々の多くは名前が挙がるだけですが、綿津見三神については、どの氏族が祭っているか、その氏族がどの神の子孫なのかまで書かれています。神話の神であると同時に、実在の海人集団が守ってきた神として記録されている点が、この三神の大きな特徴です。一方、直後に続く筒之男三神は「墨江の三前の大神」とされ、氏族ではなく土地の社に結び付けられています。同じ場面で生まれた二組が、別々の道で信仰につながっているわけです。
4. 「ワタツミ」と「底」――名前を分けて読む
神名は「底」「津」「綿津見」に分けられます。「底」は水底、「津」は「〜の」を表す古い助詞なので、全体で「底のワタツミ」です。
「ワタツミ」は、「ワタ」が海を指す古語、「ツ」が「〜の」、「ミ」が霊・神を表す語で、あわせて「海の神」になるという読み方が広く知られています。「綿津見」の字は音に当てたもので、『日本書紀』には「海神」と書いてワタツミと読ませる例もあります。「ワタ」を「渡る」と結び付ける見方もありますが、語源説の一つにとどまり、原典に説明はありません。
三神の名は「底」「中」「上」の一字だけが違い、残りは共通です。したがって名前の読み解きで各神に固有なのは、この一字が指す位置ということになります。
5. なぜ海の底から数え始めるのか
海人にとって、海面、潜って見る水中、手の届かない海底は、それぞれ別の世界でした。海底は光が届かず危険な場所である一方、真珠や貝のような恵みが眠る場所でもあります。三神が底から数え始められているのは、最も深い場所から順に神の名を挙げていく意識の表れと考えることができます。ただし原典はその理由を語っておらず、並び方から導いた考察です。
見えない深い場所に最初に名を与えたことは、物事の土台にある見えにくい部分を大切にする態度として読むこともできるでしょう。また、穢れを洗い流す禊の最中に海の神が生まれていることには、海が穢れを流し去る場であると同時に、新しいものを生む場でもあるという二つの面が表れていると考えられます。
6. 『日本書紀』の底津少童命
『日本書紀』神代上 第五段の一書第六にも禊の記事があり、ここでは三神が底津少童命・中津少童命・表津少童命と書かれ、それぞれの後に底筒男命・中筒男命・表筒男命が続きます。「少童」と書いてワタツミと読ませるのは『日本書紀』の表記で、字は『古事記』の「綿津見」と違っても、同じ神を指すと考えられています。
この一書も「少童命は阿曇連等が祭る神」「筒男命は住吉大神」と説明しており、三神を阿曇連の神とする点は『古事記』と同じです。ただし宇都志日金拆命の名や、阿曇連がその子孫だという系譜は書かれていません。また、三神の直前に成る伊豆能売に当たる神は、『日本書紀』には見えません。
7. 志賀島から安曇野へ――三神を祀る社と信仰
綿津見三神は、個別よりも三柱そろって祀られることの多い神です。
- 志賀海神社(福岡県福岡市東区志賀島): 底津綿津見神・仲津綿津見神・表津綿津見神を祀る、綿津見信仰の中心となる社。志賀島は阿曇氏の本拠とされます。「仲津」「表津」という表記を使っています。
- 海神社(兵庫県神戸市垂水区): 『古事記』と同じ底津・中津・上津の表記で三神を祀ります。
- 風浪宮(福岡県大川市): 『日本書紀』の表記に近い「少童命」の名で綿津見神を祀ります。
- 穂高神社(長野県安曇野市): 綿津見命と、その子とされる穂高見命を祀ります。海から遠い安曇野に綿津見神の社があるのは、阿曇氏が内陸へ移り住んだためと伝えられています。
ご利益としては、海の神であることから海上安全、航海の守護、漁業の繁栄が挙げられ、海人の祖神という性格から海の仕事に携わる人の守り神ともされます。禊の中で生まれたことから、穢れを祓う神とされることもあります。いずれも後世の信仰で語られてきたもので、『古事記』が直接述べているわけではありません。
8. 大綿津見神や龍神と同じ神なのか
『古事記』には、伊邪那岐命と伊邪那美命の神生みで生まれた大綿津見神(おおわたつみのかみ)もいます。海幸山幸の物語で山幸彦が訪ねる海の宮の主も「綿津見神」と書かれます。これらと禊の三神を同じ神の別の現れとみる説と、生まれた場面が違う以上は別の神とみる説があり、原典は両者の関係を説明していないので、どちらとも決められません。神生みの海の神については 大綿津見神 で詳しく扱っています。
後世、綿津見神は龍神や龍宮の主として語られることが多くなりました。しかし禊の段には底津綿津見神の姿の描写はなく、龍とも結び付けられていません。龍神との重なりは、大陸から伝わった龍の観念と日本の海神信仰とが合わさって生まれた、後の時代の解釈とみるのが妥当でしょう。
9. 水底の前後に並ぶ神々
- 伊豆能売(いづのめ): 禍を直す三神の最後で、底津綿津見神のすぐ前に成った神です。伊豆能売
- 底筒之男命(そこつつのおのみこと): 同じ水底で直後に成った住吉三神の一柱。底の層を分け合う相手です。底筒之男命
- 中津綿津見神: 水の中ほどで成った二番目の綿津見神。「中」の字が禊の場面に二度出てくる話は 中津綿津見神 で。
- 上津綿津見神: 水面近くで成った三番目の綿津見神。「上」の読み方と「表」の字の話は 上津綿津見神 で。
禊から生まれた神々をすべて並べた一覧は イザナギの禊で生まれた神々一覧 にあります。
まとめ
- 底津綿津見神は、禊で伊邪那岐命が「水底に滌ぐ時」に成った神で、水中の 6 柱の先頭、綿津見三神の第一柱です。
- 三神のあとには筒之男命がそれぞれ続き、底・中・上の三層で二系統の神が交互に並びます。
- 『古事記』は三神を阿曇連の祖神とし、阿曇連はその子・宇都志日金拆命の子孫だと記します。筒之男三神は墨江の大神とされます。
- 「ワタツミ」は「海の神」と読むのが通説で、三神の名の違いは「底」「中」「上」の一字だけです。
- 『日本書紀』一書第六では底津少童命と書かれ、系譜の説明と伊豆能売に当たる神はありません。
- 志賀海神社・海神社・風浪宮・穂高神社などに祀られます。大綿津見神との異同や龍神との結び付きは、原典に説明のない後世の解釈です。
ゆかりの社をたずねるなら:志賀海神社と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)
参考文献
- 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
- 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
- 三浦佑之 訳『口語訳 古事記[完全版]』文藝春秋
- 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
