大事忍男神(オホコトオシヲ)とは?神生みの最初に置かれた名前だけの男神【古事記】

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大事忍男神(おほことおしをのかみ)は、『古事記』の神生み(かみうみ)の段で、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が最初に生んだ神です。二柱は淤能碁呂島(おのごろじま)で夫婦となり、大八島国(おおやしまのくに)と六つの島を生み終えると、今度は神々を生み始めます。その先頭に立つのが、この神です。ところが『古事記』は名前を挙げるだけで、何をした神なのかを一切語りません。以後の物語にも二度と現れず、『日本書紀』にも対応する神が見当たりません。それでも、島を生む段階から神を生む段階へ移る境目に置かれた神であることは動きません。この記事では、原典の記述、神生み全体の見取り図、「大事」を成し終えたのか、これから始めるのかで分かれる神名の解釈、男神である理由をめぐる説、直後に続く住居の神々、『日本書紀』との違いを確かめ、名前だけの神が何を表しているのかを考えます。

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目次

1. 大事忍男神とは(基本情報)

項目内容
神名(古事記)大事忍男神
神名(日本書紀)見えない(本文・一書ともに対応する神がない)
読みおほことおしをのかみ(現代仮名遣いでは おおことおしおのかみ)
親神(生まれた由来)伊邪那岐命・伊邪那美命。二柱が国生みを終えた後、最初に生んだ神
誕生の場面『古事記』上巻「神生み」の冒頭。神生みの第1番目
前後の神前: 国生みの六島の最後、両児島(ふたごのしま)/ 次: 石土毘古神(いはつちびこのかみ)
神格・性格行動の記述はない。神生みという大事の始まりを表す名、あるいは国生みの完了を称える名と解される
別名や同一視される神『古事記』に別名はない。『先代旧事本紀』にも大事忍男神の名が見える

大事忍男神は、『古事記』上巻のなかで「国生み」と「神生み」を分ける位置にいます。伊邪那岐命と伊邪那美命は、天つ神の命を受けて淤能碁呂島に降り、天の御柱を廻って夫婦となり、淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)から始まる大八島国を生み、さらに六つの島を生みました。ここまでが国生みです。その直後、『古事記』は「島を生み終えたので、次は神を生んだ」と語り、その最初の神として大事忍男神の名を記します。

この神には、行動も、言葉も、系譜の続きもありません。その点では、神世七代(かみよななよ)の名前だけの神々に似ていますが、大きな違いが一つあります。神世七代の神々は「成った」神であるのに対し、大事忍男神は伊邪那岐命・伊邪那美命を親として「生まれた」神だということです。親のいる神の列が、ここから始まります。

2. 『古事記』にはどう書かれているか

『古事記』は、国生みの最後の島を挙げた後、島と神の生成の切り替わりを短い一文で示します。

既に国を生み竟へて、更に神を生みき。故、生める神の名は、大事忍男神

現代語に直すと、次のようになります。すでに国を生み終えたので、さらに神を生みました。そこで生んだ神の名は、大事忍男神といいます。

続けて、神々の名が列挙されていきます。

次に石土毘古神を生みき。次に石巣比売神を生みき。次に大戸日別神を生みき

このように、大事忍男神の後には石土毘古神、石巣比売神(いはすひめのかみ)、大戸日別神(おほとひわけのかみ)と、「次に〜を生みき」の形で神々の名が並びます。大事忍男神についての記述は、名前を挙げた冒頭の一文がすべてです。

神生み全体の見取り図

大事忍男神の位置を理解するには、神生みの段がどのような順序で進むかを見ておく必要があります。『古事記』は、神々をいくつかのまとまりに分け、そのつど「并せて十神」「并せて八神」のように数を記します。全体を整理すると次のようになります。

区分神々数
第1群大事忍男神、石土毘古神、石巣比売神、大戸日別神、天之吹男神(あめのふきをのかみ)、大屋毘古神(おほやびこのかみ)、風木津別之忍男神(かざもくつわけのおしをのかみ)、大綿津見神(おほわたつみのかみ)、速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)、速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)10柱
川と海の神速秋津日子神・速秋津比売神が生んだ神。沫那芸神(あわなぎのかみ)・沫那美神(あわなみのかみ)、頬那芸神(つらなぎのかみ)・頬那美神(つらなみのかみ)、天之水分神(あめのみくまりのかみ)・国之水分神、天之久比奢母智神(あめのくひざもちのかみ)・国之久比奢母智神8柱
第2群志那都比古神(しなつひこのかみ、風の神)、久々能智神(くくのちのかみ、木の神)、大山津見神(おほやまつみのかみ、山の神)、鹿屋野比売神(かやのひめのかみ、野の神。別名 野椎神)4柱
山と野の神大山津見神・野椎神が生んだ神。天之狭土神(あめのさづちのかみ)・国之狭土神、天之狭霧神(あめのさぎりのかみ)・国之狭霧神、天之闇戸神(あめのくらとのかみ)・国之闇戸神、大戸或子神(おほとまとひこのかみ)・大戸或女神(おほとまとひめのかみ)8柱
続き鳥之石楠船神(とりのいはくすふねのかみ。別名 天鳥船)、大宜都比売神(おおげつひめのかみ)、火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)3柱

第1群は、大事忍男神に始まり、住居に関わると解される神々を経て、海の神である大綿津見神、水戸(みなと)の神である速秋津日子神・速秋津比売神に至ります。この夫婦神が川と海に関わる8柱を生み、その後に風・木・山・野の4柱が続き、山の神と野の神の夫婦がさらに8柱を生みます。最後に船の神、食物の神と続き、火の神である火之迦具土神を生んだことで、伊邪那美命は火に焼かれて病み、やがて亡くなります。大事忍男神は、この長い列の入口に立つ神です。

3. 神名の意味

『古事記』は神名の由来を説明していません。以下は、神名の語構成と、注釈書に見える解釈です。この神については、神生みの第一子であることと結びつけて名の意味が説かれることが多く、説は大きく二つの方向に分かれます。「大事」がこれから始まる神生みを指すと見るか、すでに済んだ国生みを指すと見るか、です。

これから始まる大事と見る説

第一は、「大事(おほこと)」を神生みという大きな事業と取り、その大事がこれから始まることを表す名とする説です。神生みの先頭に置かれた神が、神生みそのものの始まりを名に負っている、という読み方です。

第二は、「大」を美称、「忍(おし)」を「おしなべて」の意と取り、これから生まれる神々を生む事をおしなべて一体にする男神と読む説です。この読みでは、大事忍男神は続く神々を束ねる総括的な神ということになります。

第三は、「忍」に威力や強さの意を認め、これから神生みの大仕事を行う威力ある男神と読む説です。

第四は、以下に生まれる神々の先触れとして、枕詞のように置かれた名と見る説です。この場合、神名は特定の働きを表すのではなく、神々の列を開く合図のような役割を担うことになります。

第五は、この神から大屋毘古神までを家屋造営の神々と見て、家屋造営という大事を掌る名と読む説です。第4節で触れる住居の神々との並びを重く見た解釈です。

済んだ大事を称える名と見る説

これらに対し、本居宣長は『古事記伝』で別の読みを示しました。宣長は、この神を『日本書紀』の一書に見える事解之男(ことさかのを)に当たる神と見て、「大なる事業が成し終わった」ことを称える名と解しています。「大事」とは済んだばかりの国生みのことで、「忍」も美称だという読み方です。この立場では、大事忍男神は神生みの始まりというより、国生みの完了を告げる神ということになります。

どちらの読みも、名前だけの神から意味を引き出そうとする点では同じです。分かれるのは、この神が「振り返る」神なのか「前を向く」神なのかです。国生みの最後に置かれていれば前者、神生みの最初に置かれていれば後者が自然に見えますが、『古事記』はこの神を「更に神を生みき」の後に置いています。そのため、結論を先に示すという『古事記』の表現法から、これから始まる神生みを指すと見る説が出されています。

4. 神話の中での役割

大事忍男神には行動がありません。その役割は、置かれた位置と、前後の神々との並びから読み取るほかありません。ここでは3つの点に注目します。

国生みから神生みへの境目

第一に、この神は「島を生む」段階から「神を生む」段階へ移る境目に置かれています。国生みの最後の島と大事忍男神のあいだには、島を生み終えて神を生む、という切り替えの一文しかありません。この神が何もしないのは、名前そのものが「これから大事が始まる」という宣言になっているからだ、という読み方があります。物語の上で働く神ではなく、区切りを示す神だという理解ですが、これも一つの解釈であって、原典が説明しているわけではありません。

男神から始まる理由

第二に、神生みの始まりが男神である点です。子を産むのは伊邪那美命であるのに、生まれた最初の神は「男」の字を持つ大事忍男神です。これについて、子を産むのは女であっても、子を認知して自分の子とするのは男であるという古代社会の通念があり、神生みの主権が男の側にあることを表すのだ、という説があります。国生みの場面で、女神が先に声をかけたために最初の子が失敗に終わり、男神から声をかけ直して成功したことと合わせて読むと、同じ発想が神生みの冒頭にも流れていると考えることができます。

直後に続く住居の神々

第三に、大事忍男神の直後に続く神々の並びです。石土毘古神、石巣比売神、大戸日別神、天之吹男神、大屋毘古神、風木津別之忍男神の6柱は、岩と土(土台)、砂、戸口、屋根を葺くこと、家屋、風を防ぐことと、住居の建築に関わる名と解する説が有力です。土台を据え、戸を立て、屋根を葺き、家を建て、風を防ぐという順序が、家を建てる手順そのものに見えるためです。この読みに立てば、大事忍男神は家屋造営の神々の先頭に立つ神で、第3節の第五の説につながります。

一方で、国土を生み終えたばかりの場面で住居の神が現れることを疑問視する立場もあります。この立場では、これらの神々は生まれたばかりの島に岩や土が形づくられ、大地が成っていく様子を表す自然の神々と読まれます。住居説と自然説のどちらが正しいかは定まっていません。ただ、いずれの読みでも、大事忍男神が何かを組み上げていく列の先頭に置かれていることは共通しています。

なお、直後の石土毘古神は、伊予国の石鎚山(いしづちさん)と関係づけられることがあります。『日本霊異記』には石鎚山の神が見え、石鎚神社(愛媛県西条市)は石鎚毘古命を祀っています。ただし、『古事記』の石土毘古神と石鎚山の神を同じ神とする確かな根拠があるわけではなく、名の近さから語られる関係と理解しておくのがよいでしょう。

5. 『日本書紀』との違い

大事忍男神は『日本書紀』に見えません。本文にも、本文に添えられた異伝である一書(あるふみ)にも、この神に対応する名はありません。

『日本書紀』本文の神生みは、『古事記』よりはるかに簡潔です。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)は大八洲(おおやしま)を生んだ後、海を生み、川を生み、山を生み、木の祖と草の祖を生む、という順序で語られます。『古事記』のように住居の神々から始まる長い列はなく、海・川・山・木・草という自然物が順に挙げられる構成です。したがって、神生みの冒頭に「大事」を名に持つ神を置くという発想自体が、『日本書紀』本文にはありません。

このため、本居宣長は『古事記伝』で、大事忍男神を『日本書紀』の一書に見える事解之男に当てました。事解之男は、名の中に「事」を持つという点で大事忍男神と通じています。ただし、事解之男は神生みの冒頭に置かれた神ではなく、両者を同じ神とするのは宣長の解釈であって、『日本書紀』がそう記しているわけではありません。

なぜ『古事記』だけに大事忍男神があるのかについて、定説はありません。

6. ご利益と信仰

『古事記』にも『日本書紀』にも行動の記述がないため、大事忍男神に固有のご利益を原典から導くことはできません。

そのうえで、この神が語られるときには、「大事」という名から、物事の始まりや、大きな事業の成就に結びつけられることがあります。神生みという大事の先頭に立つ神、あるいは国生みという大事を成し終えたことを告げる神という位置づけから導かれたもので、原典に根拠があるわけではない点に注意が必要です。

7. 祀られている神社

大事忍男神を主祭神として祀る神社は、ごく少ないのが実情です。神生みで生まれた神々をまとめて祀る社で、その一柱として名が見える程度にとどまります。この神だけを目当てに参拝できる場所は、ほとんど知られていないと言ってよいでしょう。

大事忍男神にゆかりのある場所へ参拝したい方は、この神を生んだ伊邪那岐命・伊邪那美命を祀る神社を訪ねるのが近道です。多賀大社や伊弉諾神宮など、二柱を祀る神社は伊邪那岐命の記事で紹介しています。伊邪那岐命 また、国生みの伝承地とされる淤能碁呂島ゆかりの神社は、国生みの記事で扱っています。国生み

8. 関連する神々

神生みで続いて生まれる 石土毘古神・石巣比売神 と 大戸日別神 は、住居に関わる神々と読まれる一群の始まりです。

伊邪那岐命・伊邪那美命 は、大事忍男神の親神です。神世七代の最後に成った夫婦神で、国生みと神生みを行い、火の神を生んだことで伊邪那美命は亡くなります。二柱の生涯の全体像はそれぞれの記事で扱っています。伊邪那岐命 伊邪那美命

国生み は、大事忍男神が生まれる直前の場面です。天の沼矛で淤能碁呂島を得て、天の御柱を廻って夫婦となり、最初の失敗を経てやり直すまでを扱っています。国生み

大八島国 は、国生みで最初に生まれた8つの島です。淡道之穂之狭別島に始まる8島が、日本の国土の骨格となります。大八島国

国生みの六島 は、大八島国の後に生まれた6つの島で、その最後の両児島が、大事忍男神の直前に生まれました。国生みの六島

大宜都比売神 は、神生みの後半で生まれた食物の神です。後に須佐之男命に殺され、その体から五穀と蚕が生まれます。神生みで生まれた神のなかで、後の物語に関わる数少ない神の一つです。大気都比売神

神生みが伊邪那美命の死で終わった後、伊邪那岐命が禊で一人で生んだ26柱の神々は、一覧記事にまとめています。イザナギの禊で生まれた神々一覧

国生みと神生みで生まれた島と神々の全体は、国生み・神生み(まとめ) の一覧で生まれた順にたどれます。

9. 現代につながる読み方

大事忍男神の神話から読み取れるのは、「始まりには、始まりを告げる名が要る」ということです。伊邪那岐命と伊邪那美命は、島を生み終えると、そのまま次の神を生み始めることもできたはずです。しかし『古事記』は、神生みの先頭に、働きを持たない神を一柱置きました。その名は「大事」を負っています。何かを始めるとき、人はまず「これから大きなことが始まる」と口にして区切りをつける。この神の名は、そうした区切りの言葉が神の姿をとったものと読むことができます。

もう一つ読み取れるのは、「一つの名が、振り返りにも前向きにもなる」ということです。宣長は「大事」を成し終えた国生みと読み、多くの注釈者はこれから始まる神生みと読みました。どちらも同じ名から導かれています。仕事の節目に立つとき、そこまでの成果を確かめることと、次の仕事に向かうことは、切り離せません。大事忍男神は、その両方を一つの名で担っている神だといえます。

そして、この神の後には、土台、戸口、屋根、家、風よけと、何かを組み上げていく神々が続きます。大きな事業は、宣言の次に、土台から順に積み上げられていく。名前だけの神が先頭に立つ神生みの列は、その順序を静かに示しています。

まとめ

  • 大事忍男神は、『古事記』で伊邪那岐命・伊邪那美命が国生みを終えた後、神生みの最初に生んだ神です。
  • 『古事記』が記すのは名前だけで、行動も言葉もなく、以後の物語には登場しません。
  • 神生みは第1群10柱、川と海の神8柱、第2群4柱、山と野の神8柱、船・食物・火の神3柱と続き、大事忍男神はその入口に立ちます。
  • 神名は、これから始まる神生みの大事を表す名とする説が多い一方、本居宣長『古事記伝』は国生みという大事を成し終えたことを称える名と読み、「大事」の指す内容で解釈が分かれます。
  • 神生みが男神から始まることについては、子の認知は男が行うという古代の通念から、神生みの主権が男にあることを表すとする説があります。
  • 直後に続く石土毘古神から風木津別之忍男神までの6柱は住居の建築に関わる神と解する説が有力ですが、自然の神と見る説もあります。
  • 『日本書紀』には本文・一書ともに対応する神がなく、主祭神として祀る神社もごく少ない神です。

参考文献

  • 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
  • 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
  • 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
  • 本居宣長『古事記伝』
  • 西宮一民 校注『古事記』新潮日本古典集成
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