『古事記』の神生み(かみうみ)の段で、山の神 大山津見神(おほやまつみのかみ)と野の神 野椎神(のづちのかみ)は、山と野を分担して8柱の神を生みます。天之狭土神(あめのさづちのかみ)に始まり大戸或女神(おほとまとひめのかみ)に終わるこの8柱は、まとめて「山野の八神」と呼ばれることがあります。名前には土、霧、暗い場所、そして惑いを思わせる言葉が並び、山道に入った人の目に映る景色がそのまま神の名になったようにも読めます。迷うことにまで神がいるのか、という問いが、この8柱の入り口です。この記事では、8柱の一覧、原典の記述と訓注、4組それぞれの神名の諸説、土から惑いへとつなげて読む説、『日本書紀』との違い、参拝の手がかりを順に確かめます。
1. 山野の八神の位置(基本情報)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 場面名 | 神生み。山の神 大山津見神・野の神 野椎神が山野に因りて持ち別けて生んだ8柱 |
| 『古事記』での位置 | 前: 風・木・山・野の神からなる第2群4柱 / 次: 鳥之石楠船神(とりのいはくすふねのかみ)、大宜都比売神(おおげつひめのかみ)、火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ) |
| 生んだ神 | 大山津見神・野椎神(伊邪那岐命・伊邪那美命が生んだ山の神と野の神。野椎神は鹿屋野比売神の別名) |
| 舞台 | 山と野(『古事記』は場所を特定しない) |
| 生まれた神 | 天之狭土神・国之狭土神・天之狭霧神・国之狭霧神・天之闇戸神・国之闇戸神・大戸或子神・大戸或女神の8柱(并せて八神) |
| 『日本書紀』 | 8柱も、山野を分担して生む話も見えない |
8柱を『古事記』の順に並べます。「対」の列は表記から読み取れる組み合わせ、「名義の説」の列は注釈書や神名研究に見える解釈で、『古事記』自身が説明しているものではありません。名義には複数の説があり、表には代表的なものだけを挙げています。
| 番号 | 神名(読み) | 対 | 名義の説 |
|---|---|---|---|
| 1 | 天之狭土神(あめのさづちのかみ) | 天・国の対 | 神聖な土の神、または山と野の境である坂の神(天) |
| 2 | 国之狭土神(くにのさづちのかみ) | 同上 | 同じく(国) |
| 3 | 天之狭霧神(あめのさぎりのかみ) | 天・国の対 | 神聖な霧の神、または山と野の境に立ちこめる霧の神(天) |
| 4 | 国之狭霧神(くにのさぎりのかみ) | 同上 | 同じく(国) |
| 5 | 天之闇戸神(あめのくらとのかみ) | 天・国の対 | 暗い谷、または崖という場所の神(天) |
| 6 | 国之闇戸神(くにのくらとのかみ) | 同上 | 同じく(国) |
| 7 | 大戸或子神(おほとまとひこのかみ) | 子・女の対 | 広い所の神、または山野で道に迷うことの神(男神と見る説) |
| 8 | 大戸或女神(おほとまとひめのかみ) | 同上 | 同じく(女神と見る説) |
この8柱は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)が直接生んだ神ではありません。二柱が生んだ山の神と野の神が、さらに生んだ神です。神生みのなかで、生まれた神が自分たちで子を生むのは、水戸(みなと)の神 速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)・速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)の組と、この大山津見神・野椎神の組の2例だけで、山野の八神はその2例目、そして最後の例です。水の八神が水にまつわる名で組まれていたのに対し、山野の八神は大地にまつわる名で組まれています。
8柱には行動の描写がなく、『古事記』は名を並べるだけです。8柱のうち7柱は、この一度きりで再び出てきません。天之狭霧神だけは、後の大国主神(おほくにぬしのかみ)の系譜に名が見えます(第6節)。それでも、名前を一つずつ読んでいくと、土、霧、暗がり、惑いと、山に入った人が順に出会う景色が浮かび上がってきます。
2. 『古事記』にはどう書かれているか
『古事記』は、風・木・山・野の4柱の名を挙げたあと、山の神と野の神が子を生んだことを一続きの文で記します。
此の大山津見神・野椎神の二柱の神、山野に因りて持ち別けて、生める神の名は、天之狭土神
この大山津見神と野椎神の二柱は、山と野によって受け持ちを分けて神を生みました。その名は天之狭土神といいます。「持ち別けて」は受け持ちを分けて、の意で、山のことは山の神が、野のことは野の神が受け持ったと読むのが一般的です。書き方は、速秋津日子神・速秋津比売神が「河海に因りて持ち別けて」子を生んだ場面とそっくりで、河海を山野に置き換えた形になっています。
原典は続けて、残りの7柱を並べます。
次に国之狭土神。次に天之狭霧神。次に国之狭霧神。次に天之闇戸神。次に国之闇戸神。次に大戸或子神。次に大戸或女神
ここで注意したいのは、原文に付いている読みの注です。『古事記』は漢字だけで書かれており、読み方が紛れやすい所には、小さな字で「この字はこう読め」という注が添えられています。訓注(くんちゅう)と呼ばれるものです。狭土神の「土」の字には「豆知(づち)」と読め、大戸或子神の「或」の字には「麻刀比(まとひ)」と読め、という訓注が付いています。「土」は「つち」ではなく「づち」と濁って読み、「或」は「まとひ」と読む、という指示です。「或」の字は「惑」に通じるので、この注は、「或」を「惑わす」の意に読み違えないための注だとする説があります。神の名は「マトヒ」という音で伝わっており、字はその音に当てたにすぎない、と読むわけです。
そして最後に、数をまとめます。
天之狭土神より大戸或女神まで、并せて八神
天之狭土神から大戸或女神まで、合わせて8柱、という締めくくりです。この直後に、伊邪那岐命・伊邪那美命が鳥之石楠船神を生む場面に戻り、大宜都比売神、火之迦具土神へと神生みは終盤に向かいます。
記述はこれだけで、8柱がどこにいて何をしたのかも、どの神が山の担当でどの神が野の担当かも書かれていません。神が旅人を迷わせた、といった出来事が語られているわけでもありません。8柱を数に含めるかどうかをめぐる「三十五神」の数え方の問題は、速秋津日子神・速秋津比売神の記事で扱っています。速秋津日子神・速秋津比売神
3. 名前と言葉の意味
『古事記』は8柱の名の由来を説明していません。以下は、注釈書や神名研究に見える解釈を、4組に分けて紹介します。水の八神の名がほとんど音に当てた借字だったのに対し、山野の八神の名には「土」「霧」「闇」のように意味を持つ字が使われています。それだけに字面の印象が強く、字に引っ張られて読み過ぎない用心が要ります。
天之狭土神・国之狭土神――土と書いて、づちと読む
「狭土(さづち)」のヅチは、訓注のとおり「土」です。問題は頭のサで、ここに説が分かれます。
一つは、サを神聖さを表す接頭語と見る説です。早乙女(さおとめ)や早苗(さなえ)のサと同じで、この読みでは狭土神は神聖な土の神になります。もう一つは、サを「坂」と見る説です。ヅを助詞の「つ」、チを尊称と解し、狭土神を坂の神と読みます。山と野の境目は坂であり、山の神と野の神が分担して生んだ最初の神が坂の神であることは、その境界を表している、という読みです。さらに、「天之」を山頂と見て、サを「早」すなわち初めて生じることと解し、山頂に初めて生じた土地の神と読む説もあります。
「狭」の字を狭い、と読む見方もありますが、上の諸説はいずれも「狭」を音に当てた借字と見ています。
天之狭霧神・国之狭霧神――山と野の境の霧
「狭霧(さぎり)」のキリは霧で、ここは字のとおりです。頭のサは、狭土神と同じく説が分かれます。サを神聖と見れば神聖な霧の神、サを坂と見れば山と野の境に立ちこめる霧の神です。霧は地面から立ち上って空にわたるので、天之・国之と2柱に分けたのは霧のその性質による、と説く読みもあります。山頂に初めて生じた霧と解する説もあり、狭土神の読みとそれぞれ対応しています。
天之闇戸神・国之闇戸神――恐ろしい扉ではなく、谷や崖
「闇戸(くらと)」は、字面だけを見ると、暗闇の扉、あるいは暗い世界への入り口のように読めてしまいます。しかし、神名研究では、クラを場所を表す古い言葉と見るのが一般的です。トは処(ところ)で、クラトは「クラという場所」になります。
クラの意味には、いくつかの説があります。一つは、クラを暗い所、つまり山あいの谷と見る説です。『万葉集』に「くら谷」という言葉があり、現代の方言にも切り立った崖や谷をクラと呼ぶ例があることから、闇戸神を谷や断崖の神と解します。もう一つは、岩壁を神の座と見る古い考えから、クラの語源を「座(くら)」に求める説です。神が降りる岩の場所、という読みになります。そのうえで、「闇」の字が当てられている以上、暗いという意味合いも含んでいると見る説もあります。
いずれの説でも、闇戸は「恐ろしい扉」ではなく、谷や崖という地形を指す名です。山に入れば必ず出会う、日の差さない深い谷。その場所を神として数えた名と読むのが穏当でしょう。
大戸或子神・大戸或女神――惑いの音
8柱のなかで最も説が定まらないのが「大戸或(おほとまとひ)」です。
一つの読みは、オホを美称または広大の意、トを所と見て、大戸を「広い所」と解するものです。マトヒをそれに続けて、広い所で道に迷うこと、山野で惑うことを表す名と読みます。狩猟や焼畑で山に分け入る暮らしのなかで、道に迷う経験が神の名になった、という見方です。
別の読みは、マトを「円(まと)」と見るものです。野山の全体を見渡すと、視界は円く広がります。大戸或は、先に生まれた土、霧、谷という個々の地形をひっくるめて、山野全体を大きく見渡した名だと解します。この説では、8柱の最後の一組は、迷いの神ではなく、山野を一望する神になります。
また、トマトを「たわんだ窪地」を意味するトヲマリドの変化と見る説もありますが、音の変化に無理があるという批判があります。
末尾の「子」「女」については、男神と女神を表すと考えるのが自然に見えます。ただ、『古事記』でコの一字だけで男神を表す例が他にないことから、「オホトマド(ト)」に「ヒコ・ヒメ」が付いた形と解する説もあります。どの読みを採るかで、この一組が何の神なのかは変わります。「或」を「惑わす」と読まないよう訓注が付いているという事実と、それでもなお名義が定まらないという事実の、両方をそのまま受け止めておくのが、この名に対する誠実な態度だと思われます。
「天之」「国之」の対は、水の八神と同じか
8柱のうち、狭土・狭霧・闇戸の3組は「天之」「国之」を冠した対です。水の八神の水分神・久比奢母智神と同じ形ですが、この対が何を分けているかについての説は、水のときとは立て方が違います。
水の八神では、天から降る雨の水と国土から湧く水、川の上流と下流、といった水の在り方で天と国を分ける説がありました。山野の八神では、単に対を作るための称で実質的な区別はないとする説のほか、天と国が山と野という具体的な場所を象徴しているとする説、地上から突き出て天空に接する山頂や崖を「天」、平地を「国」と見る説、天上と地上が連続していることを神名で保証しているとする説があります。同じ八柱の系譜、同じ天之・国之の形でも、そこに読み込まれている中身は水とは別だ、ということです。
なお、最後の一組だけは天之・国之ではなく「子」「女」の対になっています。水の八神で最初の2組が那芸・那美の対、後の2組が天・国の対だったのに対し、山野の八神では前の3組が天・国、最後の1組が子・女です。対の形が途中で切り替わることは、原典の書き方から読み取れる事実の一つです。
4. 神話の中での役割
8柱には物語がなく、役割は名前と並び順から読み取るほかありません。そのうえで、この8柱をひとつながりの構成として読む説があります。
土から霧、闇、惑いへ――四組をひとつながりに読む説
8柱を順に追うと、次のような流れが見えてきます。山道の足元にはまず土がある(狭土神)。土から霧が立ち上る(狭霧神)。霧に包まれて、谷の底のように辺りが暗くなる(闇戸神)。暗くなって、人は道に惑う(大戸或神)。土、霧、闇、惑いと、山に入った人が順に出会う出来事として8柱の並びを読む説です。狭土神を坂の神と見る説と合わせれば、山と野の境の坂から始まり、境の霧を抜けて、谷に下り、迷いに至る、という一本の道筋になります。
ただし、これは名前から導いた解釈であって、『古事記』がそのような物語を書いているわけではありません。原典は8柱の名を並べて「并せて八神」と数えるだけで、神が旅人を惑わせた事件も、霧が晴れて道が開けた話も、どこにもありません。大戸或神を山野を一望する神と読む説に従えば、最後の一組は惑いではなく見晴らしになり、流れの結び方も変わります。4組を一本の物語にする前に、原典は名前を並べているだけだという事実を確かめておく必要があります。
境界の大地を系譜に組み込む
もう一つの役割は、系譜の側から見えてきます。生まれた神がさらに神を生むという展開は、水の八神と山野の八神の2例だけに見られる、『古事記』独自のものです。この展開には、自然の神々を伊邪那岐命・伊邪那美命の系譜のなかに組み込み、自然界の全体を一つの系譜に収める意味がある、とする説があります。水戸の神の子として水に関わる8柱を、山野の神の子として大地に関わる8柱を置くことで、水と大地からなる自然界が伊邪那岐命の子孫として掌握されます。
さらに、親神の大山津見神と野椎神が山と野という隣り合う領域の神であることから、二柱が生んだ8柱を、山と野の境目の大地を神格化した神々と見る説もあります。坂、境に立つ霧、谷、迷う場所は、どれも山と野が接する所の地形です。水の八神が河口という川と海の境界から始まったことと対応する読みで、これも解釈の一つです。
5. 『日本書紀』との違い
『日本書紀』本文の神生みは、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)が海、川、山、木の祖、草の祖を順に生む、という簡潔な記述です。山の神 大山祇神(おほやまつみのかみ)と草の祖 草野姫(かやのひめ)の名は見えますが、この2柱が山野を分担して子を生んだという話は、本文にも一書にもありません。天之狭土神以下の8柱も、『日本書紀』のどこにも出てきません。8柱の系譜は『古事記』だけのものです。
『日本書紀』には、生まれた神がさらに子を生むという二段構えの系譜そのものがありません。
なお、『古事記』『日本書紀』の後に成立した『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』の陰陽本紀には、この8柱の名が見えるとされています。『先代旧事本紀』は『古事記』と『日本書紀』を材料にして編まれた書と考えられており、8柱の記述は『古事記』に基づくものと見られます。8柱が『古事記』以外の独立した伝承を持っていたことを示す資料は、知られていません。
6. 信仰と祭祀
山野の八神については、原典の外で確かな信仰の記録がほとんどありません。8柱のうち唯一、天之狭霧神だけが、『古事記』の別の場所に名を残しています。大国主神の系譜のなかに、遠津待根神(とほつまちねのかみ)の父として天狭霧神の名が見え、神生みの天之狭霧神と同じ神と解されています。また、平安時代初期の氏族の系譜書『新撰姓氏録』に天佐鬼利命(あめのさぎりのみこと)という名が見え、天之狭霧神との関係が指摘されています。とはいえ、これらは系譜上の記載であって、祭祀の記録ではありません。
山の神と野の神に対する祭祀は、『延喜式』の大嘗祭の規定などに記録があり、山に入って材木を切るときは山の神を、野に入って萱を刈るときは野の神を祭ることが見えます。この記録については、野の神 鹿屋野比売神の記事に書きました。鹿屋野比売神 山野の八神は、そうした山の神・野の神への信仰の下に置かれた、名前としての神々と言えます。
7. ゆかりの神社
山野の八神を主祭神として掲げる神社は、ごく少ないのが実情です。8柱の名を社名や祭神に持つ社を探すよりも、親神である大山津見神を祀る社を訪ねるのが、この8柱に近づく現実的な道になります。大山津見神を祀る神社の総本社とされる大山祇神社については、大山津見神の記事で紹介しています。大山津見神
山道の土、立ちこめる霧、日の差さない谷。8柱の名が指しているのは、山の神を祀る社に至る道の景色でもあります。
8. 関連する神々・場面
大山津見神 は、山野の八神を生んだ山の神です。神生みの神のなかで最も登場場面が多く、須佐之男命の妻の父、邇邇芸命の妻の父として、出雲と天皇の両方の系譜に関わります。大山津見神
鹿屋野比売神(野椎神) は、山野の八神を生んだ野の神です。「鹿」は借字で鹿の女神ではないこと、屋根を葺く茅との関わりは、この記事で扱っています。鹿屋野比売神
水の八神 は、水戸の神 速秋津日子神・速秋津比売神が河と海を分担して生んだ8柱で、山野の八神と対をなします。泡から汲む器へ、と水が人の手元に至る流れとして読む説があります。水の八神を生んだ 速秋津日子神・速秋津比売神 については、こちらの記事をご覧ください。速秋津日子神・速秋津比売神
志那都比古神 と 久々能智神 は、山野の神の直前に生まれた風の神と木の神で、風・木・山・野の4柱で神生みの第2群を作ります。志那都比古神 久々能智神
大事忍男神 は、神生みの最初に生まれた神で、神生み全体の見取り図はこの記事にあります。大事忍男神
鳥之石楠船神 は、山野の八神の直後に伊邪那岐命・伊邪那美命が生む船の神です。続く 大宜都比売神 は食物の神で、大気都比売神 その次の 火之迦具土神 は火の神で、この神を生んだことで伊邪那美命は命を落とします。
伊邪那岐命・伊邪那美命 は、山野の八神の祖父母に当たる神です。二柱の生涯の全体像はそれぞれの記事で扱っています。伊邪那岐命 伊邪那美命
神生みの後、伊邪那岐命が禊で生んだ26柱の神々は、一覧記事にまとめています。イザナギの禊で生まれた神々一覧
国生みと神生みで生まれた島と神々の全体は、国生み・神生み(まとめ) の一覧で生まれた順にたどれます。
9. 現代につながる読み方
山野の八神の名は、机の上で読むよりも、景色のなかに立って読むほうが分かりやすい名です。山道に入ると、まず足元の土があります。朝の谷には霧が立ち、日が高くなっても深い谷には光が届きません。道を見失えば、そこに惑いがあります。土、霧、闇、惑い。8柱の名は、山に入った人が体で覚えている順番に並んでいるように見えます。古代の人々は、その一つ一つに名を与えて、神として数えました。景色を分けて見る目が、この8柱の名に残っています。
もう一つ読み取れるのは、迷うことを恐れの対象としてだけ扱わない態度です。訓注は「或」を「惑わす」と読むな、と言っています。大戸或神は人を惑わす神として書かれているのではなく、山野で人が迷う、その場所や出来事が神になっています。迷うことは、山に入れば誰にでも起こることで、避けようのない自然の一部です。それを退けるのではなく、名を与えて神の列に加える。惑いを自然の景色の一つとして受け入れた名の付け方だと読むこともできます。
そして、8柱の名義がどれも一つに定まらないことは、この神々を読むうえで欠点ではありません。狭土は神聖な土か、坂か。闇戸は谷か、神の座か。大戸或は迷いか、見晴らしか。『古事記』は答えを書いていませんし、研究もまだ答えを出していません。分からない所を分からないまま残しておくことは、古い名前を読むときの礼儀のようなものです。
まとめ
- 山野の八神は、『古事記』の神生みで、山の神 大山津見神と野の神 野椎神が山と野を分担して生んだ8柱です。天之狭土神・国之狭土神・天之狭霧神・国之狭霧神・天之闇戸神・国之闇戸神・大戸或子神・大戸或女神で、原典は「并せて八神」と数えます。
- 原文には「土」を「づち」、「或」を「まとひ」と読めという訓注があり、「或」は「惑」に通じるため、惑わすと読み違えないための注とする説があります。
- 名義には諸説があります。狭土は神聖な土または坂の神、狭霧は神聖な霧または境の霧、闇戸は恐ろしい扉ではなく谷や崖という場所、大戸或は広い所で迷うこと、または山野を円く見渡すことと解されますが、いずれも定まっていません。
- 「天之」「国之」の対は3組にあり、水の八神と同じ形ですが、山と野、山頂と平地、対を作るための称など、説の立て方は水のときとは別です。
- 8柱を土から霧、闇、惑いへとひとつながりに読む説がありますが、これは名前から導いた解釈で、『古事記』は名を並べるだけで、神が人を迷わせた話はありません。
- 『日本書紀』には8柱も山野を分担して生む話もありません。8柱を主祭神とする神社はごく少なく、参拝は親神 大山津見神を祀る大山祇神社が手がかりになります。
参考文献
- 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
- 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
- 三浦佑之 訳『口語訳 古事記[完全版]』文藝春秋
- 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
- 西宮一民 校注『古事記』新潮日本古典集成
