波邇夜須毘古神(はにやすびこのかみ)と波邇夜須毘売神(はにやすびめのかみ)は、『古事記』の神生みが終わろうとする場面で、病の床にあった伊邪那美命(いざなみのみこと)の排泄したものに成った、男女一組の神です。名の「ハニ」は埴、つまり粘土のことと解されていて、2柱は土の神とされます。日や海や風ではなく、毎日踏んでいる足元の土にも神の名がある、というのがこの2柱の入り口です。この記事では、原典の短い一文と「成れる」という書き方、音だけで書かれた名を二つに分ける読み方、『日本書紀』の埴山姫・埴安神との違い、火を鎮める祝詞、香具山の埴土と2柱を祀る社を順に確かめます。最後に、『古事記』に何組もいる「土の神」のなかで、この2柱がどこに立っているのかを考えます。
1. 足元の土に名を与えた2柱――あらましを表で見る
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 神名と読み | 波邇夜須毘古神(はにやすびこのかみ・男神)、波邇夜須毘売神(はにやすびめのかみ・女神) |
| 名の書き方 | 「波邇夜須」は一字一音の音仮名。別名は記されていない |
| 現れ方 | 病み臥した伊邪那美命の排泄したものに「成れる」神 |
| 前後に現れる神 | 前: 金山毘古神・金山毘売神/後: 弥都波能売神・和久産巣日神 |
| 『日本書紀』で名の近い神 | 埴山姫・埴山媛(第五段の一書第二〜第四)、埴安神(一書第六) |
| 神格 | 土の神。粘土の神とする説、土一般の神とする説などがある |
| 2柱を祀る社の例 | 物部神社の境内社「土社」(島根県大田市) |
『古事記』は、この2柱に物語を与えていません。書かれているのは、何から成ったかと、二つの名前です。土をこねた、器を作った、田畑を守ったといった行いは、原典のどこにも出てきません。
そのため、この後に紹介する「粘土の神」「土一般の神」という理解は、どれも名の読み解きと、置かれた場面の読み方から導かれたものです。原典が語ること、研究上の解釈、後の時代の信仰、そして考察を、節ごとに分けて見ていきます。
2. 金山の2柱の次に――排泄したものに「成れる」神
伊邪那美命は、神生みの最後に火の神を生んだことで体を焼かれ、病の床に伏します。そこに至る流れと、その後の出来事は 火之迦具土神 の記事にまとめています。病中にまず現れるのは、嘔吐したものから生まれた鉱山の神で、こちらは 金山毘古神・金山毘売神 の記事で扱いました。『古事記』は、その直後に次の一文を置きます。
次に屎に成れる神の名は、波邇夜須毘古神、次に波邇夜須毘売神
次に、排泄したものに成った神の名は波邇夜須毘古神、その次が波邇夜須毘売神である、という意味です。
現代の感覚では、神の誕生の場としては意外に映ります。けれども、この一文には、それを卑しむ言葉も、取りつくろう説明も添えられていません。嘔吐したものから鉱山の神、排泄したものから土の神と、『古事記』は同じ調子で名を挙げていきます。驚きはいったん脇に置いて、書かれたとおりに読むのが出発点になります。
もう一つ目を留めたいのが、「成れる」という言葉です。伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命が並んで神を生む場面では、「次に〜を生みき」という形が繰り返されていました。ここでは「生みき」ではなく、物に「成れる」と書かれています。二柱が生んだ子というより、物から現れ出た神という書き方です。
この違いから、病中の神々は、『古事記』が二柱の生んだ神の数として記す「三十五神」には含まれないとする見方があります。「三十五神」の数え方には別の論点もあり、速秋津日子神・速秋津比売神 の記事で触れています。
2柱の後には、弥都波能売神(みつはのめのかみ)と 和久産巣日神(わくむすひのかみ)が続き、和久産巣日神の子として 豊宇気毘売神(とようけびめのかみ)の名が添えられます。そして伊邪那美命は神避ります。母神の物語の全体は 伊邪那美命 の記事、残された夫神のその後は 伊邪那岐命 の記事にあります。
3. 音だけで書かれた名をほどく――「ハニ」は埴
直前の2柱の「金山」は、字の意味から読み始めることのできる名でした。「波邇夜須」はそうはいきません。波はハ、邇はニ、夜はヤ、須はス。一字に一音を当てた音仮名で、「波」や「夜」という字の意味をたどっても、神の姿は見えてきません。手がかりは音のほうにあります。
末尾の「毘古」「毘売」は、男神と女神を分ける部分です。残る「ハニヤス」を、諸注は「ハニ」と「ヤス」の二つに分けて読みます。
このうち「ハニ」は、埴、すなわち土、とくに粘土のことと解されています。ここは諸注に共通する理解で、説は割れていません。後の節で見るように、『日本書紀』がよく似た名の神を「埴山姫」「埴安神」と、「埴」の字を使って書いていることも、この読み方と合っています。
つまり、4文字の前半は土を指すことでほぼ一致しており、問題は後半の「ヤス」に残ります。
4. 「ヤス」は練ることか、安らぐことか
「ヤス」には、大きく二つの読み方があります。
一つは、「ハニ・ネヤス」が縮まった形と見る説です。「ネヤス」は、埴を練って柔らかくする、粘らせるという意味の言葉とされます。本居宣長が『古事記伝』で、『字鏡集』に見える「禰夜須(ねやす)」が粘らせる意であることを引いて指摘して以来、これに従うものが多くなっています。ネヤスを「ネル(捏)」から出た語と見る考え方もあります。ただし、語の成り立ちとして妥当かどうかには異論もあります。
もう一つは、「ヤス」を「安」と取る説です。この説は、2柱を下肥の表れと見て、土壌を安定させる神と解します。排泄したものから成ったという誕生のしかたを、田畑の土に結び付けて読む立場です。
どちらを取るかで、思い浮かぶ土が変わります。前の説なら、手で練られて粘りの出た粘土。後の説なら、肥えて落ち着いた耕地の土です。定説はなく、名の後半は今も開いたままになっています。
5. 柔らかな土が器になる――ただし器を作る話ではない
名の読み方が分かれるのに応じて、2柱がどのような神かについても、いくつかの説が並んでいます。
- 土器などを作る粘土の神とする説
- 『日本書紀』に「土神を埴安神と号す」とあることから、粘土に限らない土一般の神とする説
- 練った埴の様子が排泄したものに似ていることからの連想とする説
- 火山から流れ出る熔けた泥を表すとする説
1番目の説に立つと、器のイメージが浮かびます。粘土は水を含むと柔らかくなり、手の中で形を変え、火に当てると固まります。ここからは考察ですが、火の神の誕生に続く場面に粘土の神が置かれていることと、焼かれて器になる土の性質とを重ねて読むことはできます。火の神をめぐって現れる神々に、金属の精錬、土器、焼畑、刀剣の鍛造といった、火を使う営みの始まりを読み取る解釈があることは、火之迦具土神 の記事で紹介しました。
ただし、これは「埴」という名から広がる連想です。『古事記』に、2柱が器を作った、土器の作り方を伝えたという話はありません。器や作業場の光景は、名を理解する助けにはなっても、原典の物語ではない点は分けておく必要があります。
なお、病中に現れる神々の全体が何を映しているかについては、火山の噴火、焼畑などの農耕、五行思想、鎮火の伝承、香具山の祭祀と、見方が分かれています。それぞれの中身は 金山毘古神・金山毘売神 の記事で並べたので、ここでは繰り返しません。
6. 埴山姫と埴安神――男女の対で記すのは『古事記』だけ
『日本書紀』の第五段には、名の近い神が、本文に添えられた異伝である一書(あるふみ)に見えます。
| 『日本書紀』第五段 | 神名 | 伝えの内容 |
|---|---|---|
| 一書第二 | 埴山姫 | 女神の名で現れる |
| 一書第三 | 埴山姫 | 同じく女神の名で現れる |
| 一書第四 | 埴山媛 | 排泄したものから生まれる |
| 一書第六 | 埴安神 | 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)の神生みで生まれ、「土神を埴安神と号す」と記される |
『古事記』と比べると、違いが二つあります。
一つは、名です。一書第二から第四の神は「埴山」で、「埴安」ではありません。「埴安」の名を持つのは一書第六の神で、こちらは伊弉諾尊・伊弉冉尊の神生みで生まれた神として記されています。
もう一つは、性別です。埴山姫・埴山媛は女神で、これらの一書に対になる男神は現れません。一書第六の埴安神の名には、彦や姫にあたる語が付いていません。「毘古」と「毘売」を並べ、男神と女神の一組として記すのは『古事記』だけです。
後の文献では、『先代旧事本紀』の陰陽本紀に、埴安彦・埴安姫・埴山姫神の名が見えます。男女の「埴安」と、女神の「埴山姫」とが、一つの書物のなかに並んでいる形です。「ハニヤス」と「ハニヤマ」という二つの名がどういう関係にあるのかを、これらの文献は説明していません。この記事でも、二つを同じ神だと言い切ることは避けておきます。
7. 火と土を混ぜずにつなぐ――鎮火祭の祝詞の埴山姫
埴山姫の名は、もう一か所、『延喜式』に収められた鎮火祭(ひしずめのまつり)の祝詞にも出てきます。祝詞が火を鎮めるものとして挙げるのは、水の神、匏(ひさご)、川菜、そして埴山姫(はにやまひめ)の四つです。土の女神が、火を抑える側に数えられています。
ここで整理しておきたいのは、火と土の関係です。波邇夜須の2柱は、火の神をきっかけにした場面に現れますが、火の神ではありません。『古事記』が記す順序は、火の神の誕生、母神の病、そして病中に土の神が成る、というところまでです。火が土を生んだとも、土が火を鎮めたとも、原典は書いていません。
一方、祝詞では、土の女神は火を鎮める手立ての一つです。病中の神々を鎮火の伝承と関わらせて読む見方があるのも、祝詞のこの形を知ると分かりやすくなります。
前の節で見た粘土の連想では、土は火に焼かれて固まるものでした。祝詞では、土は火を鎮めるものです。火と土は一つに溶け合うのではなく、別々の神として分けられたまま、隣り合わせに置かれています。どちらか一方の関係にまとめず、分けたままつないで読むのが、原典と祝詞の両方に沿った読み方といえます。
8. 香具山の埴土と、2柱を祀る土社
「埴安」は、神の名としてだけでなく、土地の名としても残っています。『日本書紀』の神武天皇即位前紀に、天皇が天香山(香具山)の埴土を取って八十平瓮(やそひらか)を作り、諸神を祭ったという話があり、その土を取った所を「埴安」と呼んだと記されています。香具山の土を取り、その土で作ったものをもって神々を祭る、という場面です。
國學院大學の神名データベースによれば、波邇夜須の2柱は、迦具土神、金山毘古神・金山毘売神とともに、香具山の祭祀とのつながりが指摘されています。火の神、鉱山の神、土の神が続けて現れる並びを、一つの山の祭りと関わらせて見る視点です。
古い社の記録では、『延喜式』神名帳の大和国十市郡に、畝尾坐健土安神社(うねおにますたけはにやすじんじゃ)が載っています。香具山の麓に鎮座する社で、社名の「土安」が「はにやす」と読まれています。同じ神名帳の阿波国美馬郡には、波爾移麻比弥神社の名も見えます。
現在、2柱の名をそろえて祀る社として確かめられるのが、島根県大田市川合町川合の物部神社です。石見国一宮で、主祭神は宇摩志麻遅命です。物部神社の公式サイトによれば、境内社の「土社(つちのやしろ)」が、波邇夜須毘古神と波邇夜須毘売神を祀っています。『日本書紀』では女神の名が目立つ土の神が、ここでは『古事記』と同じく男女の一組です。
信仰の面では、2柱は土の神、陶器の神、農地の神として祀られてきました。これは名の読み解きの延長にある後の時代の信仰で、『古事記』が2柱の働きとして記していることではありません。
9. 土の神を一人にまとめない
『古事記』を読み進めてきた人は、土に関わる神がこの2柱より前にもいたことに気付きます。
| 神 | 現れる場面 | 名から読まれている土 |
|---|---|---|
| 宇比地邇神・須比智邇神 | 神世七代 | 泥と砂。宇比地邇神・須比智邇神 |
| 石土毘古神・石巣比売神 | 神生みの初め | 岩と土、砂(または住まい)。住まいの土台と読む説と、大地の形成と読む説がある。石土毘古神・石巣比売神 |
| 天之狭土神・国之狭土神 | 山の神と野の神が生んだ8柱の初め | 神聖な土、または坂。山野の八神 |
| 波邇夜須毘古神・波邇夜須毘売神 | 伊邪那美命の病中 | 埴(粘土)。土一般と見る説もある |
泥と砂、岩と土、山野の土、そして粘土。『古事記』は、これらを「土の神」という一柱にまとめていません。場面ごとに別の名を立て、別の神として数えています。『日本書紀』の一書第六が埴安神を「土神」と呼ぶのと比べると、『古事記』の分け方の細かさが際立ちます。
とくに石土毘古神との違いは、押さえておくと混同を防げます。あちらは岩と土で、住まいの土台と読む説がありました。こちらは、名の読み方に従えば、練れば柔らかくなる土、あるいは作物を育てる土です。同じ「土」でも、名が指している手ざわりが違います。
ここからは考察です。波邇夜須の2柱が現れるのは、神生みの華やかな列のなかではなく、母神が病み臥した床です。場所も、成り立ちも、目立つものではありません。それでも『古事記』は名を省かず、男神と女神を並べて書き残しました。足元にあって普段は目に入らないものにも名を与える。その視線が、この一文には表れているように思われます。
土の神の次に現れるのは、弥都波能売神です。この名の「弥都波」は水と解されていて、病の床の場面は、金属、土、水へと進んでいきます。国生みと神生みで現れる神々の全体は、国生み・神生み(まとめ) の一覧でたどれます。
まとめ
- 波邇夜須毘古神・波邇夜須毘売神は、病み臥した伊邪那美命の排泄したものに成った男女一組の神で、金山の2柱の次に現れます。原典が記すのは成り立ちと名前だけで、器を作ったといった話はありません。
- 原典は「生みき」ではなく「成れる」と書いており、病中の神々は「三十五神」に含まれないとする見方があります。
- 名は音仮名で書かれ、「ハニ」は埴(粘土)と解する点で諸注が一致します。「ヤス」は、埴を練る「ネヤス」と見る説と、「安」と取って土壌を安定させる意と見る説に分かれます。
- 『日本書紀』第五段の一書には、埴山姫(埴山媛)と埴安神の名が見えます。毘古と毘売を並べて一組にするのは『古事記』だけです。
- 鎮火祭の祝詞では埴山姫が火を鎮めるものの一つに挙げられ、神武天皇即位前紀には天香山の埴土を取った所を「埴安」と呼んだ話があります。
- 物部神社(島根県大田市)の境内社・土社が2柱を祀ります。『古事記』には泥と砂、岩と土、山野の土、粘土と、土に関わる神が何組もいて、一柱にまとめられてはいません。
ゆかりの社をたずねるなら:物部神社と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)
参考文献
- 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
- 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
