足名椎(あしなづち)と手名椎(てなづち)は、『古事記』上巻の八岐大蛇(やまたのおろち)退治の場面に登場する老夫婦の神です。出雲国の肥(ひ)の河のほとりで、最後に残った娘の櫛名田比売(くしなだひめ)を間に置いて泣いていたところに、高天原(たかまのはら)を追われた建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)が通りかかります。2柱は物語の中で常に夫婦として並んで呼ばれ、単独で語られることのほとんどない神です。この記事では、「足を撫で、手を撫でる」という名前の意味、大山津見神(おおやまつみのかみ)の子という系譜、娘たちを失った悲しみと須佐之男命との対話、足名椎が宮の首(おびと)に任じられた意味、『日本書紀』での脚摩乳・手摩乳という表記、そしてゆかりの神社を見ていきます。
1. 足名椎・手名椎とは(基本情報)
| 項目 | 足名椎 | 手名椎 |
|---|---|---|
| 神名(古事記) | 足名椎 | 手名椎 |
| 神名(日本書紀) | 脚摩乳 | 手摩乳 |
| 読み | あしなづち | てなづち |
| 親神(生まれた由来) | 大山津見神の子と名乗る(国つ神) | 足名椎の妻。『古事記』は親を明記しない |
| 誕生の場面 | 誕生の場面はなく、八岐大蛇退治の段で初めて登場する | 足名椎と同じ |
| 神格・性格 | 櫛名田比売の父。後に須賀の宮の首となる | 櫛名田比売の母 |
| 別名や同一視される神 | 稲田宮主須賀之八耳神(いなだのみやぬしすがのやつみみのかみ) | 特に伝わらない |
足名椎と手名椎は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の禊(みそぎ)や神生みのように誕生の経緯が語られる神ではありません。須佐之男命が出雲に降り立った場面で、泣いている老夫婦として突然に姿を現し、自らの口で名前と素性を語ります。『古事記』の中でこの2柱が登場するのは、八岐大蛇退治の段だけです。
それでも2柱は、須佐之男命に娘を託し、大蛇を退治するための酒を造り、垣を巡らせるという働きを担い、物語を支える重要な役を果たします。そして大蛇が退治された後、足名椎は須佐之男命から宮の首という役目と新しい名前を与えられます。天から降った神と地上の神とが初めて結び付く場面の、地上側の当事者が、この老夫婦なのです。
2. 『古事記』にはどう書かれているか
八岐大蛇退治の場面の全体は、別の記事で扱っています。八岐大蛇退治 ここでは老夫婦の言葉と働きに絞って流れを追います。
高天原を追放された須佐之男命は、出雲国の肥の河の上流、鳥髪(とりかみ)という地に降り立ちました。河に箸が流れてくるのを見て、上流に人が住んでいると考えてさかのぼると、老人と老女が若い娘を間に置いて泣いています。誰かと問われて、老人はこう名乗りました。
僕は国つ神、大山津見神の子ぞ。僕が名は足名椎と謂ひ、妻が名は手名椎と謂ひ、女が名は櫛名田比売と謂ふ
私は国つ神で、大山津見神の子です。私の名は足名椎、妻の名は手名椎、娘の名は櫛名田比売といいます、という意味です。続けて泣いている理由を問われた足名椎は、もともと8人の娘がいたのに、高志(こし)の八岐大蛇が毎年やって来て1人ずつ食べてしまい、今年もその来る時期になったので泣いているのだと答えました。そして大蛇の姿を、目はホオズキのように赤く、一つの体に八つの頭と八つの尾があり、体には苔や木が生え、長さは八つの谷と八つの峰にまたがると語ります。
須佐之男命は、その娘を自分にくれないかと申し出ます。足名椎は恐れ多いことだが、まだあなたの名を知らないと答え、須佐之男命は自分が天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟であり、いま天から降りてきたばかりだと明かしました。足名椎はそれならば恐れ多いことです、差し上げましょうと答えます。須佐之男命は娘を櫛の姿に変えて髪に挿し、老夫婦に向かって、何度も繰り返し醸した濃い酒を造り、垣を巡らせて八つの門を作り、門ごとに桟敷を設けて酒の桶を置き、酒を満たして待つように命じました。
大蛇は言葉のとおりに現れ、八つの頭を八つの桶に入れて酒を飲み、酔って眠り込みます。須佐之男命は腰の十拳剣(とつかのつるぎ)で大蛇を切り刻み、肥の河は血に変わりました。尾から出た大刀は天照大御神に献上され、後に草薙剣(くさなぎのつるぎ)と呼ばれることになります。草薙剣
大蛇を退治した須佐之男命は、宮を建てる場所を出雲の国に求め、須賀(すが)の地に着いて、こう言いました。
吾此地に来て、我が御心すがすがし
私はここに来て、心がすがすがしい、という意味です。そこに宮を建てて、有名な八雲立つの歌を詠みました。そして足名椎を呼び、わたしの宮の首になりなさいと告げて、稲田宮主須賀之八耳神という名を与えたのです。
3. 神名の意味
『古事記』は足名椎・手名椎という名の由来を説明していません。ここからは注釈書などに見える解釈です。
足名椎・手名椎 は、「足を撫(な)で、手を撫でる」と読み解くのが通説です。「名(な)」は「撫(な)づ」の語幹、「椎(つち)」は神の霊格を表す接尾語とみて、足をなでる霊、手をなでる霊、つまり娘の手足をなでてかわいがる親の姿を名前にしたもの、と解されています。「椎(つち)」を霊格を表す語とみる読み方は、野椎神(のづちのかみ)や火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)など、他の神名についても指摘されているものです。『日本書紀』の脚摩乳・手摩乳という表記は「摩(な)でる」の字を使っており、この読みを裏づける材料と考えられています。
老夫婦の名前が娘に向けた仕草そのものであることは、この2柱が親としての姿を表した神である、という理解につながります。娘を8人まで生んだこと、7人を失ってなお最後の1人を手放さず泣いていたこと、そして名前が「なでる」であることは、一続きのものとして読むことができます。
稲田宮主須賀之八耳神 は、足名椎が須佐之男命から与えられた名です。「稲田の宮の主」は櫛名田比売の名にある稲田と須佐之男命の宮とを結び、「須賀」は宮のある地名、「八耳(やつみみ)」は多くの耳、つまりよく聞き分ける賢い者を表すと解されています。「八」は『古事記』で多い数を表す常用の語です。この名は、老夫婦が須佐之男命の宮を預かる立場になったことを、名前の形で示すものと考えられます。
4. 神話の中での役割
足名椎・手名椎は、須佐之男命の物語の転換点に置かれた神です。いくつかの面からその役割を考えます。
大山津見神の子という系譜 は、足名椎が自ら名乗った言葉に見えます。大山津見神は伊邪那岐命と伊邪那美命(いざなみのみこと)が生んだ山の神で、足名椎は国つ神と自称するとおり、地上の側の神です。天照大御神の弟である須佐之男命が地上に降りて最初に出会い、婚姻によって結び付いた相手が、山の神の子であるこの老夫婦の家でした。天つ神と国つ神が結ばれるという構図は、この後の出雲の神々の物語に受け継がれていきます。なお、この名乗りは足名椎の言葉なので、手名椎も大山津見神の子なのか、それとも足名椎だけがそうなのかは、原典からははっきりしません。
娘を失った悲しみ は、須佐之男命が地上で最初に向き合った出来事です。高天原では田の畔を壊し、機屋に馬を投げ込んで姉を岩戸に追い込んだ荒ぶる神が、ここでは泣いている老夫婦の話を聞き、娘を守るために策を練ります。老夫婦の涙が、須佐之男命を破壊する神から救う神へと変える起点になっている、と読むことができます。
対話と承諾 の場面も見逃せません。須佐之男命が娘を求めると、足名椎はすぐには応じず、まず名前を尋ねます。相手が天照大御神の弟だと知ってから、はじめて娘を差し出すのです。ここには、親としての慎重さと、天つ神への畏敬の両方が表れていると考えられます。
宮の首になること は、老夫婦の物語の結末です。娘を嫁がせた足名椎は、宮を守る役目と新しい神名を与えられます。須佐之男命が出雲に宮を構えるという出来事は、婿を迎えた家がその宮を支えるという形で語られており、櫛名田比売との間に生まれた子孫は、やがて大国主神(おおくにぬしのかみ)へとつながっていきます。
5. 『日本書紀』との違い
『日本書紀』神代上 第八段では、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が出雲の簸(ひ)の川上に降り、老夫婦と娘に出会います。老夫婦の名は脚摩乳(あしなづち)・手摩乳(てなづち)、娘は奇稲田姫(くしいなだひめ)と表記され、名前の読みは『古事記』とほぼ同じですが、用いる漢字が異なります。
大蛇の尾から出た剣は、『日本書紀』では天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)と呼ばれます。物語の大筋は両書で共通していますが、『日本書紀』は本文のほかに複数の一書(あるふみ)を並べており、素戔嗚尊の足取りや細部に違いがあります。ここでは深入りせず、老夫婦の名と娘の名の表記の違い、剣の呼び名の違いを押さえておけば十分でしょう。
6. ご利益と信仰
足名椎・手名椎は、娘をいつくしんで守り抜いた親の神であることから、子育てや家内安全、夫婦和合の神として信仰されています。また、娘の櫛名田比売が須佐之男命と結ばれたことから、その両親である2柱も縁結びと結び付けて語られることがあります。
大蛇の災いから娘が救われた物語をもとに、厄除けや災難除けの神ともされています。いずれも物語の内容から導かれた信仰であり、原典に直接の記述があるわけではありません。
7. 祀られている神社
足名椎・手名椎を主祭神として単独で祀る神社は、あまり知られていません。老夫婦の物語にゆかりの深い神社として、娘の櫛名田比売と須佐之男命を祀る次の神社が挙げられます。
八重垣神社(島根県松江市) は、素盞嗚尊と稲田姫命を祀る神社です。社名は、須佐之男命が須賀の宮で詠んだ次の歌に由来するとされています。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
須我神社(島根県雲南市) は、須佐之男命と稲田比売命を祀り、須賀の宮の伝承地として「日本初之宮」と称しています。足名椎が宮の首に任じられた物語の舞台とされる地です。
氷川神社(埼玉県さいたま市大宮区) は、須佐之男命・稲田姫命・大己貴命を祀り、関東に広がる氷川信仰の中心です。
8. 関連する神々
櫛名田比売 は、足名椎・手名椎の娘で、須佐之男命の妻となった稲田の女神です。櫛名田比売
建速須佐之男命 は、老夫婦の娘を救い、足名椎を宮の首に任じた神です。建速須佐之男命
天照大御神 は、須佐之男命の姉で、大蛇の尾から出た大刀を献上された神です。天照大御神
八岐大蛇退治 の場面全体は、場面記事で扱っています。八岐大蛇退治
草薙剣 は、大蛇の尾から出た大刀で、後に三種の神器の一つとされます。草薙剣
須佐之男命や天照大御神が伊邪那岐命の禊で生まれた経緯や、同じ禊で生まれた神々については、一覧記事にまとめています。イザナギの禊で生まれた神々一覧
9. 現代につながる読み方
足名椎・手名椎の物語は、神話の中では珍しく、親の立場から語られています。二人には特別な力も武器もありません。できたのは、娘を間に置いて泣くことと、天から降ってきた神に事情を語ること、そして言われたとおりに酒を造り、垣を巡らせることだけでした。それでも、その涙と働きがなければ、須佐之男命が大蛇を退治する物語は始まらなかったのです。
名前が「足を撫で、手を撫でる」であることも、この2柱の性格をよく表しています。子の手足をなでて育てるという、どこの家にもある仕草が、そのまま神の名になりました。原典が親の心情を直接に説明しているわけではありませんが、名前と物語を重ねて読むとき、この老夫婦を「親の神」と呼ぶ読み方には、十分な理由があるように思われます。
大蛇が退治された後、足名椎が宮の首として新しい名を得るところまでを含めて読むと、この物語は、子を失い続けた家が、子を託すことによって再び立ち上がる話としても読めます。これは原典にない解釈ですが、老夫婦の名を持つ神が今も櫛名田比売とともに語り継がれていることを思うと、素朴な親の姿を神として大切にしてきた人々の心を感じ取ることができます。
まとめ
- 足名椎・手名椎は、『古事記』の八岐大蛇退治の段に登場する老夫婦の神で、娘は櫛名田比売です。
- 足名椎は国つ神で大山津見神の子と名乗り、8人いた娘を毎年1人ずつ八岐大蛇に食われ、最後の娘を前に泣いていました。
- 須佐之男命に娘を託し、酒を造り垣を巡らせて、大蛇退治を支えました。
- 大蛇退治の後、足名椎は宮の首に任じられ、稲田宮主須賀之八耳神の名を与えられました。
- 名前は「足を撫で、手を撫でる」=子をいつくしむ親の意と解され、『日本書紀』では脚摩乳・手摩乳と表記されます。
- 八重垣神社(島根県松江市)、須我神社(島根県雲南市)、氷川神社(埼玉県さいたま市)など、櫛名田比売と須佐之男命を祀る神社がゆかりの社として知られています。
ゆかりの社をたずねるなら:八重垣神社と近くの宿、須我神社と近くの宿、氷川神社と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)
参考文献
- 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
- 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
- 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
