天之常立神(アメノトコタチ)とは?別天つ神を締めくくる天の永続の神【古事記】

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天之常立神(あめのとこたちのかみ)は、『古事記』の冒頭、天地が初めて開けた場面で成った神です。天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)から数えて5番目、別天つ神(ことあまつかみ)と呼ばれる5柱の最後に名が挙げられます。宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ)に続いて成り、独神(ひとりがみ)として身を隠したと記されるだけで、以後の物語には登場しません。この記事では、原典の記述、「常立」という神名の意味、直前の宇摩志阿斯訶備比古遅神と直後の国之常立神(くにのとこたちのかみ)との対の関係、『日本書紀』での扱いを確かめ、名前だけを残して消えたこの神をどう読めばよいかを考えます。

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目次

1. 天之常立神とは(基本情報)

項目内容
神名(古事記)天之常立神
神名(日本書紀)天常立尊(一書にのみ見える)
読みあめのとこたちのかみ
親神(生まれた由来)親神はない。国土が漂っていたとき、葦の芽のように萌え上がるものによって成った神
誕生の場面『古事記』上巻の冒頭「天地初発」。宇摩志阿斯訶備比古遅神の次、別天つ神の第5
神格・性格天の永続を表す神と解される。独神で、身を隠す
別名や同一視される神特になし。神世七代の国之常立神と対をなすと考えられている

天之常立神は、『古事記』の最初に語られる5柱の神のうち、最後に成った神です。先に成った天之御中主神・高御産巣日神(たかみむすひのかみ)・神産巣日神(かみむすひのかみ)の3柱は、後世に造化三神(ぞうかさんしん)と呼ばれます。その後に宇摩志阿斯訶備比古遅神と天之常立神が成り、『古事記』はこの5柱をまとめて別天つ神と呼びます。

『古事記』がこの神について記すのは、名前と、宇摩志阿斯訶備比古遅神の次に成ったこと、独神として身を隠したことの3点だけです。それでも、別天つ神の締めくくりに置かれ、次に続く神世七代(かみよななよ)の最初の神である国之常立神と名前が対応していることから、天地の始まりの構成を考えるうえで欠かせない神とされています。

2. 『古事記』にはどう書かれているか

『古事記』上巻は、天地が初めて開けたとき高天原(たかまのはら)に天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神が成り、独神として身を隠したと語ります。そのすぐ後に、天之常立神が現れる一節が続きます。

次に国稚く浮きし脂の如くして、海月なす漂へる時、葦牙の如く萌え騰る物に因りて成れる神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遅神。次に天之常立神。此の二柱の神も亦、独神と成り坐して、身を隠したまひき

現代語に直すと、次のようになります。次に、国土がまだ若く、水に浮いた脂のように固まらず、くらげのように漂っていたとき、葦の芽のように萌え上がるものによって成った神の名は宇摩志阿斯訶備比古遅神といいます。次に天之常立神が成りました。この二柱の神もまた独神として成り、姿を隠されました。

注意したいのは、「葦牙の如く萌え騰る物に因りて成れる」という説明が、文の構造上は宇摩志阿斯訶備比古遅神に掛かっている点です。天之常立神は「次に」と名を挙げられるだけで、何によって成ったのかは書かれていません。葦の芽の描写を二柱に共通するものと読むか、宇摩志阿斯訶備比古遅神だけのものと読むかは、読み方が分かれるところです。

そして『古事記』は、以上の5柱を次の一文で区切ります。

上の件、五柱の神は、別天つ神

天之常立神についての記述は、これで終わりです。この後、国之常立神から伊邪那岐神・伊邪那美神に至る神世七代が語られますが、天之常立神の名は再び現れません。

3. 神名の意味

『古事記』は神名の由来を説明していません。以下は神名の語構成にもとづく解釈です。

「天之常立」は、「天(あめ)の」「常(とこ)」「立(たち)」に分けて読むのが一般的です。「常」は「永久に」「いつまでも変わらず」を意味する語で、「常世(とこよ)」「常磐(ときわ)」の「とこ」と同じです。「立」は「立つ」「成り立つ」の意と解されます。全体で「天が永久に立ち続けること」、つまり天が確かに成立し、いつまでも変わらずにあることを表す神名と解されています。

このほか「常(とこ)」を「床」と見て、土台や基盤の意に取る見方もあります。いずれにしても、この神名には具体的な姿や働きを示す要素がなく、「天が成立して永続する」という状態そのものを神格化したものと考えられています。

なお、直前の宇摩志阿斯訶備比古遅神は「うまし(美称)」「葦牙(あしかび=葦の芽)」「比古遅(男性の尊称)」と解され、萌え出る生命力を表す名です。芽吹きという動きを表す名の次に、永続という静止した状態を表す名が置かれていることになります。この対比は4章で扱います。

4. 神話の中での役割

天之常立神には行動がありません。その役割は、名前と、置かれた位置から読み取るほかありません。ここでは3つの対の関係に注目します。

第一に、直前の宇摩志阿斯訶備比古遅神との対です。宇摩志阿斯訶備比古遅神は漂う国土の中から葦の芽のように萌え上がる生命の芽を表し、天之常立神はその芽が伸びていく先にある、天という枠組みの永続を表すと読むことができます。生命の勢いと、それを受け止める変わらない枠組みが、続けて成ったという構図です。これは解釈であり、『古事記』自身はそこまで述べていません。宇摩志阿斯訶備比古遅神については別の記事で詳しく扱います。宇摩志阿斯訶備比古遅神

第二に、直後の国之常立神との対です。『古事記』は別天つ神の区切りの直後に、神世七代の最初の神として国之常立神を挙げます。「天之常立」と「国之常立」は、「天」と「国」を入れ替えただけの名で、明らかに対応しています。天の永続が定まった後に、国土の永続が定まるという順序です。別天つ神の最後と神世七代の最初がこのように呼応することで、『古事記』の冒頭は「天」から「国」へと段階を下りる構成になっていると考えられています。

第三に、「上の件、五柱の神は、別天つ神」という区切りの意味です。『古事記』では、高天原に関わる神々を広く「天つ神」と呼びますが、そのなかでも冒頭の5柱だけは「別(こと)」の字を添えて区別されています。「別」は「特別な」「他とは異なる」の意と解され、5柱が天地の成り立ちそのものに関わる、とりわけ根源的な神々であることを示していると考えられています。天之常立神は、その特別な5柱を締めくくる位置にあります。

また、この5柱はいずれも独神であり、身を隠したと記されます。独神は男女の対をなさない神のことで、神世七代の後半に現れる男女一組の神々とは区別されます。「身を隠す」は姿を現さなくなったことと解するのが一般的ですが、その意味づけには諸説があります。造化三神のうち高御産巣日神と神産巣日神は後の物語に再び現れますが、天之御中主神と天之常立神はまったく現れません。対を持たず、姿を見せず、行動もしないという別天つ神の性格を、天之常立神は最も純粋な形で示している神といえるかもしれません。天之御中主神 高御産巣日神 神産巣日神

5. 『日本書紀』との違い

『日本書紀』の冒頭は、『古事記』とは構成そのものが異なります。

『日本書紀』本文は、天地がまだ分かれず、陰陽も分かれていなかった混沌の状態から書き起こし、最初に成った神を国常立尊(くにのとこたちのみこと)としています。つまり『古事記』で神世七代の最初に置かれる神が、『日本書紀』では世界で最初の神になっているのです。本文には、天御中主尊も、可美葦牙彦舅尊(うましあしかびひこじのみこと)も、天常立尊も登場しません。

天常立尊の名が見えるのは、本文に添えられた異伝である一書(あるふみ)の一つだけです。そこでは、葦の芽のようなものが空の中に生じ、それによって成った神を天常立尊と呼び、次に可美葦牙彦舅尊が挙げられます。『古事記』と順序が入れ替わっている点も特徴的です。また『古事記』では葦の芽の描写が宇摩志阿斯訶備比古遅神に掛かっていましたが、この一書では天常立尊のほうに結び付けられています。

このように『古事記』が冒頭の柱に据えた天之常立神を、『日本書紀』は本文から外し、異伝の一つとしてのみ伝えています。逆に『古事記』では神世七代の一柱にすぎない国之常立神が、『日本書紀』では本文の最初の神です。「天」と「国」のどちらを先に立てるかで、両書の世界観の違いが表れていると考えられます。

6. ご利益と信仰

『古事記』に行動の記述がないため、天之常立神に固有のご利益を原典から導くことはできません。後世の信仰も、天之御中主神が妙見信仰や国学で重んじられたのに比べると、ごく限られています。

そのなかで語られるご利益は、神名の「常立」に由来するものです。「永久に立ち続ける」という意味から、物事の基盤を固める、安定や永続をもたらす、といった願いと結び付けられることがあります。また別天つ神の一柱として、造化三神と合わせて「天地開闢の神々」としてまとめて祀られる場合もあります。これらは神名や位置づけから後世に導かれたもので、原典に根拠があるわけではない点に注意が必要です。

7. 祀られている神社

天之常立神を主祭神として祀る神社は、ほとんど知られていません。宇摩志阿斯訶備比古遅神と同じく、『古事記』で名前だけが記されて身を隠す神であるため、独立した信仰の対象になりにくかったと考えられます。

祀られている場合も、多くは単独ではなく、別天つ神や神世七代の神々とともに、天地の始まりの神々の一柱として合わせ祀られる形です。特定の神社について確かな情報をお伝えできる段階ではないため、この記事では社名を挙げません。造化三神を祀る神社については、それぞれの記事で紹介しています。

8. 関連する神々

天之御中主神 は、別天つ神の第一の神で、天の中心の主と解されます。天之常立神と同じく、身を隠した後は一度も物語に現れません。天之御中主神

高御産巣日神 は、別天つ神の第二の神で、高木神とも呼ばれます。天孫降臨の場面で天照大御神(あまてらすおおみかみ)と並んで指令を出します。高御産巣日神

神産巣日神 は、別天つ神の第三の神で、五穀の種を取らせ、大国主神(おおくにぬしのかみ)を蘇らせるなど出雲の物語に関わります。神産巣日神

宇摩志阿斯訶備比古遅神 は、別天つ神の第四の神で、天之常立神の直前に成りました。葦の芽に象徴される生命力の神と解されます。宇摩志阿斯訶備比古遅神

国之常立神 は、神世七代の最初の神で、天之常立神と「天」「国」の対をなします。『日本書紀』本文では最初の神とされます。詳しくは 国之常立神 の記事をご覧ください。

伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと) は、神世七代の最後に現れる夫婦神です。別天つ神が独神であるのに対し、男女の対として国土と神々を生みます。伊邪那岐命 伊邪那美命

別天つ神5柱と神世七代の全体像は、まとめ記事で一覧にしています。造化三神

伊邪那岐命の禊で生まれた26柱の神々については、一覧記事にまとめています。イザナギの禊で生まれた神々一覧

9. 現代につながる読み方

天之常立神の神話から読み取れるのは、「変わらない土台があってこそ、変化が意味を持つ」という考え方です。直前に成った宇摩志阿斯訶備比古遅神は、萌え出る葦の芽のように、勢いよく伸びる生命の力を表します。その次に、永久に立ち続ける天を表す神が置かれました。芽は伸びていきますが、それを受け止める空がなければ、どこへ向かって伸びればよいのか分かりません。『古事記』の冒頭は、生命の動きと、それを支える不動の枠組みを、一組として語っているように読めます。

暮らしのなかでも、新しい試みや変化に目が向きがちですが、それを支えているのは、当たり前すぎて意識されない土台です。天之常立神は行動しないまま身を隠しますが、「天が永久に立っている」ことは、その後のすべての物語の前提として残り続けます。

また、この神が「天」の永続を担い、次の国之常立神が「国」の永続を担うという順序は、遠い枠組みから身近な基盤へと、段階を追って世界が固まっていく過程として読むことができます。名前だけを残して消えた神ですが、その名前の置かれ方そのものが、『古事記』の世界の組み立て方を静かに示しています。

まとめ

  • 天之常立神は、『古事記』冒頭の別天つ神5柱の最後に成った神で、宇摩志阿斯訶備比古遅神の次に名が挙げられます。
  • 『古事記』が記すのは、名前と、独神として身を隠したことだけで、以後の物語には登場しません。
  • 「常立」は「永久に立ち続ける」の意と解され、天の成立と永続を神格化した名と考えられています。
  • 直前の宇摩志阿斯訶備比古遅神(生命の芽)、直後の国之常立神(国の永続)と対をなし、『古事記』冒頭の「天から国へ」という構成を支えています。
  • 「上の件、五柱の神は、別天つ神」の一文は、この5柱が天つ神のなかでも特別な根源の神々であることを示すと解されています。
  • 『日本書紀』本文では最初の神は国常立尊で、天常立尊は一書にしか見えません。祀る神社はほとんど知られていません。

参考文献

  • 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
  • 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
  • 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
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