国生みとは?天の沼矛と淤能碁呂島、最初の失敗(水蛭子・淡島)を読む【古事記】

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国生み(くにうみ)は、神世七代(かみよななよ)の最後に成った伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が、天つ神の命を受けて日本の国土を生み出す、『古事記』上巻の物語の本当の始まりにあたる場面です。二柱は天の沼矛(あめのぬぼこ)で海をかき回して淤能碁呂島(おのごろじま)を得、その島に降りて天の御柱(あめのみはしら)を廻り、夫婦となって島々を生んでいきます。ところが最初に生まれたのは水蛭子(ひるこ)と淡島(あわしま)で、二柱はこれを子の数に入れず、天つ神に伺いを立ててやり直すことになりました。この記事では、天つ神の命から淤能碁呂島の出現、御柱を廻る結婚、最初の失敗と天つ神の答え、やり直しの成功までを順に追い、「おのずから凝った島」という名の意味、失敗の理由をめぐる諸説、『日本書紀』との違い、ゆかりの神社を解説します。

https://www.youtube.com/watch?v=q4uIwcKrHrE
目次

1. この場面の位置(基本情報)

項目内容
場面名国生み(天の沼矛と淤能碁呂島、天の御柱を廻る結婚、水蛭子・淡島の誕生、やり直しと大八島国)
『古事記』での位置前の場面: 天地初発、別天つ神と神世七代 / 次の場面: 神生み、伊邪那美命の死
登場する神天つ神(諸々の命もちて)、伊邪那岐命、伊邪那美命
舞台天の浮橋(あめのうきはし)の上、淤能碁呂島。天の御柱と八尋殿(やひろどの)
生まれた神・生じた物淤能碁呂島(矛から滴った塩が凝ったもの)、水蛭子、淡島(いずれも子の数に入れない)。やり直しの後に大八島国(おおやしまのくに)の8島と、さらに6島

『古事記』の冒頭は、天地の始まりに成った別天つ神(ことあまつかみ)五柱と、それに続く神世七代の神々の名を並べて語ります。この神々は名前が記されるだけで、出来事らしい出来事はほとんど起こりません。国生みは、その長い系譜を受けて、神が初めて「行動する」場面です。ここから『古事記』は物語として動き始めます。

この場面の見どころは、最初の試みが失敗に終わり、天つ神に伺いを立てて改めてやり直す、という筋立てにあります。神々の物語でありながら、手順の誤りを正して成功に至る流れが、後の神生みへとつながっていきます。伊邪那岐命と伊邪那美命の生涯の全体像は、伊邪那岐命と伊邪那美命の記事で扱っていますので、この記事では国生みの場面そのものを丁寧にたどります。

2. 『古事記』にはどう書かれているか

天つ神の命と天の沼矛。 天つ神たちは、伊邪那岐命と伊邪那美命に、まだ形が定まらず漂っているこの国を修め固めて完成させよ、と命じ、天の沼矛を授けます。『古事記』は「天つ神諸の命もちて」と記すだけで、命じた神の名を挙げていません。二柱は直前まで名前だけで語られてきた神ですが、ここで初めて役目を与えられ、道具を手にします。

淤能碁呂島の出現。 二柱は天の浮橋に立ち、授かった沼矛を差し下ろして海の水をかき回します。『古事記』は、その音を「こをろこをろ」と書き表しています。矛を引き上げると、こう語られます。

「其の矛の末より垂り落つる塩、累なり積もりて島と成りき。是れ淤能碁呂島なり」

矛の先から滴り落ちた塩が重なり積もって島になった、これが淤能碁呂島である、という記述です。ここで注意したいのは、淤能碁呂島は二柱が「生んだ」島ではないという点です。矛から滴った塩が、いわばひとりでに固まってできた島であり、二柱が島を生むのは、このあと結婚を経てからのことです。

御柱と八尋殿。 二柱はその島に天降り、天の御柱を見立て、八尋殿を見立てます。御柱は儀式の中心となる柱、八尋殿は広い御殿と考えられます。

結婚の約束。 伊邪那岐命は伊邪那美命に、あなたの体はどのようにできているか、と尋ねます。二柱は互いの体のつくりを語り合い、足りない所と余った所を合わせて国を生もう、と約束します。そして伊邪那岐命は、この天の御柱を廻って出会ったところで結婚しよう、あなたは右から、自分は左から廻ろう、と申し合わせました。

唱和と伊邪那岐命の言葉。 約束のとおり御柱を廻り、出会ったところで、先に伊邪那美命が「あなにやし、えをとこを」と声をかけ、続いて伊邪那岐命が「あなにやし、えをとめを」と応じました。ああ、なんとよい男よ、ああ、なんとよい女よ、という感嘆の言葉です。言い終えたあと、伊邪那岐命は妻に告げます。

「女人先に言へるは良からず」

女が先に言葉をかけたのはよくない、という意味です。しかし二柱はそのまま結婚し、子を生みました。

水蛭子と淡島。 最初に生まれた子について、『古事記』は次のように語ります。

「生める子は水蛭子。此の子は葦船に入れて流し去てき。次に淡島を生みき。是も亦、子の例には入れざりき」

生まれた子は水蛭子で、この子は葦の船に入れて流してしまった。次に淡島を生んだが、これもまた子の数には入れなかった、という記述です。『古事記』は、水蛭子がどのような姿であったかを説明していません。

天つ神への相談。 二柱は相談して、今生んだ子はよくない、やはり天つ神のもとへ行って申し上げよう、と決めます。そこで天に上って天つ神に伺いを立てると、天つ神は太占(ふとまに)で占って、こう告げました。

「女先に言へるに因りて良からず。亦還り降りて改め言へ」

女が先に言葉をかけたのでよくない、降りて改めて言い直せ、という答えです。伊邪那岐命が結婚の場で気づいていたことが、天つ神の占いによって、失敗の原因として確かめられたことになります。

やり直しと大八島国。 二柱は降って、改めて天の御柱を廻ります。今度は伊邪那岐命が先に「あなにやし、えをとめを」と唱え、伊邪那美命が「あなにやし、えをとこを」と応じました。こうして生まれたのが、淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)から始まる8つの島です。『古事記』は、この8島を先に生んだので大八島国という、と述べています。8島の名と、一般に比定されている現在の地名は、次のとおりです。

順『古事記』の島名現在の比定地
1淡道之穂之狭別島淡路島とされています
2伊予之二名島(いよのふたなのしま)四国とされています
3隠伎之三子島(おきのみつごのしま)隠岐とされています
4筑紫島(つくしのしま)九州とされています
5伊伎島(いきのしま)壱岐とされています
6津島(つしま)対馬とされています
7佐度島(さどのしま)佐渡とされています
8大倭豊秋津島(おおやまととよあきづしま)本州(畿内を中心とする地域)とされています

伊予之二名島と筑紫島には、それぞれ4つの顔があるとされ、伊予之二名島の粟国(あわのくに)は大宜都比売(おおげつひめ)と呼ばれる、と記されます。この名は後に須佐之男命に殺される食物の神と同じで、大気都比売神の記事で触れています。大八島国のあと、二柱はさらに吉備児島(きびのこじま)など6つの島を生みます。島ごとの細かな記述や、島に付けられた別名の意味については、後日の記事で改めて扱う予定です。 8島の詳細は 大八島国、その後に生まれた6島は 国生みの六島 の記事で解説しています。

3. 名前と言葉の意味

淤能碁呂島(おのごろじま) は、「おのずから凝り固まった島」の意味に解されています。「おの」は自ら、「ころ」は凝る、固まるの意で、原典の記述どおり、矛から滴った塩がひとりでに固まってできた島、という名です。二柱がこの後に生む島々と違い、この島だけは「成った」島であることが、名前そのものに示されています。

多陀用弊流(ただよへる) は「漂っている」の意で、天つ神の命の中に出てくる言葉です。国がまだ水に浮く脂のように漂っている状態を指し、『古事記』冒頭の天地初発の描写を受けています。

天の沼矛(あめのぬぼこ) の「ぬ」は、玉や宝を表す美称とする説があります。『日本書紀』では「天之瓊矛(あめのぬほこ)」と書かれ、「瓊」は赤い玉を意味する字です。玉で飾った矛、あるいは尊い矛、という理解になります。

こをろこをろ は、矛で海の水をかき回したときの音を写した擬音と解されています。

あなにやし は、「ああ、なんと」という感嘆の語です。えをとこ・えをとめ は「よい男・よい女」で、「え」は良い、美しいの意に解されています。二柱の唱和は、相手を讃える言葉を交わす、結婚の儀礼を表すとみられています。

太占(ふとまに) は、鹿の肩骨を焼き、そのひび割れで神意を占う古い占いと解されています。天石屋戸の場面で天児屋命と布刀玉命が行う占いも、同じ太占です。

水蛭子(ひるこ) は、ヒルのように手足の萎えた子と解する説があります。原典は姿を説明しておらず、これは名前からの推測です。淡島(あわしま) は所在の分からない島で、淡路島とは別のものとされています。

4. 物語の中での役割

国生みは、前の場面である神世七代を直接受けています。神世七代の最後の淤母陀流神(おもだるのかみ)・阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)は「姿が整った」「ああ、畏れ多い」という名で、世界の生成が一つの完成に達したことを示すと読まれています。その次に成った伊邪那岐命・伊邪那美命が、初めて実際に国土を作る役目を担うわけです。この流れは淤母陀流神・阿夜訶志古泥神の記事で扱っています。

また、二柱に命を下す「天つ神」は、天地初発に成った別天つ神、とりわけ造化三神を念頭に置いたものと解されています。天つ神は自ら国を作るのではなく、命じて道具を授け、失敗した二柱に占いで答える、という役回りです。造化三神については造化三神の記事をご覧ください。

この場面が次に残すものは、大きく三つあります。第一に、国土そのものです。大八島国とそれに続く島々は、この後の物語の舞台になります。第二に、夫婦としての伊邪那岐命と伊邪那美命です。国生みに続いて二柱は神生みを行い、その最後に伊邪那美命は火の神を生んで亡くなります。第三に、「手順を誤ると生まれたものが整わない」という考え方です。女が先に声をかけたことが失敗の原因とされる筋立ては、男が先に立つ秩序を示すための説話とみる読み方があります。これは解釈であり、原典は理由を説明していません。

淤能碁呂島が「生まれた島」ではなく「成った島」であることも、物語の構造の上で意味を持つと考えられます。まず足場となる島がひとりでに成り、その上で儀礼を行い、そこから初めて島を生む、という順序です。

5. 『日本書紀』との違い

『日本書紀』神代上の第四段は、本文と多くの一書(あるふみ)でこの場面を伝えています。確信のある範囲で、主な違いを挙げます。

第一に、表記が異なります。二柱は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)、島は磤馭慮島(おのごろじま)、矛は天之瓊矛と記されます。

第二に、島のでき方に幅があります。本文と一書第一は、『古事記』と同じく矛から滴る潮が凝って島になったとします。一方、一書の第二から第四は、矛で海をかき回して島を「探り当てた」とし、滴る潮の要素がありません。こちらの方が古い形だとする説があります。

第三に、島の生まれる順序と「胞(え)」の扱いが異なります。本文では、淡路洲を胞として大日本豊秋津洲(おおやまととよあきづしま)が生まれたとされ、一書第八では磤馭慮島を胞として淡路洲が生まれたとされます。胞は胞衣(えな)のことで、島を胎児に見立てた表現です。『古事記』にはこの要素がありません。

第四に、蛭児の扱いが異なります。本文では、蛭児は大八洲の後に生まれ、3歳になっても足が立たなかったので船に乗せて流した、と語られます。『古事記』が最初の子として水蛭子を置き、姿を説明しないのとは違います。また一書には、女神が先に唱えたことを不吉として蛭児が生まれたとする伝えや、鶺鴒(せきれい)が交わりの作法を教えたとする伝えがあります。細かな異同はさらに多くありますが、ここでは立ち入りません。

6. 信仰と祭祀

国生みの場面は、伊邪那岐命と伊邪那美命が夫婦となる場面でもあることから、二柱は縁結び、夫婦和合、安産の神として信仰されてきたとされています。国土を生んだ神として、国家安泰や産業の守り神ともされています。

淤能碁呂島は、国生みの最初の足場になった島として、その所在が古くから関心を集めてきました。伝承地としては、兵庫県南あわじ市の沼島(ぬしま)、和歌山県の友ヶ島のうちの沖ノ島、兵庫県姫路市の家島(いえしま)などが挙げられ、複数の説があります。一方で、淤能碁呂島は実在の島ではなく、物語の中だけに置かれた観念上の島とする説もあります。

矛で海をかき回して島を得るという話は、ポリネシアの島釣り神話や「原初の岩」の神話に近いとする見方と、モンゴルなど北方の「原初の海を鉄の棒でかき回して大地ができた」という神話に近いとする見方があります。一方、矛から滴る塩が凝って島になるという要素は外国の神話には見られないとされ、淡路の海人(あま)の製塩作業に基づく表現とする説があります。

水蛭子については、後世の信仰では、恵比寿(えびす)神と結びつけられました。葦船で流された水蛭子が海を渡って流れ着いた、という伝承が兵庫県西宮市の西宮神社に伝えられ、蛭児大神として祀られています。これは『古事記』が語る内容ではなく、後の時代に生まれた信仰です。

7. ゆかりの神社

神社所在地祭神・位置づけ
伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)兵庫県淡路市多賀伊弉諾尊・伊弉冉尊。淡路島は大八島国の最初の島で、伊邪那岐命が国生みの後に住まったと伝える地
自凝島神社(おのころじまじんじゃ)兵庫県南あわじ市榎列伊弉諾命・伊弉冉命。淤能碁呂島の伝承地の一つとして、この場面にちなむ神社
多賀大社(たがたいしゃ)滋賀県犬上郡多賀町伊邪那岐大神・伊邪那美大神。二柱を祀る代表的な神社

このほか、淤能碁呂島の伝承地とされる沼島にも「おのころ神社」があります。

8. 関連する神々・場面

伊邪那岐命 は、天つ神の命を受けて国生みを行った男神です。国生みから神生み、黄泉の国、禊までの全体像は、こちらの記事で扱っています。伊邪那岐命

伊邪那美命 は、伊邪那岐命とともに国生みを行った女神で、この場面で先に声をかけたことが最初の失敗の原因とされました。伊邪那美命

淤母陀流神・阿夜訶志古泥神 は、神世七代の第6代で、伊邪那岐命・伊邪那美命の直前に成った神です。淤母陀流神・阿夜訶志古泥神

造化三神 は、天地初発に成った三柱で、二柱に命を下した「天つ神」の中心と解されています。造化三神

大気都比売神 は、伊予之二名島の粟国の別名として、この場面に名が現れます。大気都比売神

国生みと神生みの後、伊邪那岐命は黄泉の国から戻って禊を行い、多くの神々を生みます。その全体像は一覧記事にまとめています。イザナギの禊で生まれた神々一覧

国生みと神生みで生まれた島と神々の全体は、国生み・神生み(まとめ) の一覧で生まれた順にたどれます。

9. 現代につながる読み方

国生みの物語で印象に残るのは、最初の試みが失敗に終わることです。神々の物語であれば、最初から完璧に成功しても不思議はありません。しかし『古事記』は、伊邪那岐命が「よくない」と気づきながらもそのまま進み、うまくいかず、改めて天つ神に伺いを立ててやり直す、という筋を選びました。失敗そのものよりも、失敗の原因を確かめて手順を直す、という流れが物語の中心に置かれています。

もう一つは、淤能碁呂島が「生んだ島」ではなく「成った島」だという点です。二柱は、いきなり国を生むのではなく、まず矛で海をかき回し、滴った塩が固まるのを待って、その島に降り立ちます。何かを作り出す前に、その足場が要る。物語はそのことを、名前の意味そのものによって示しています。

そして、この場面が「男が先に立つべきだ」という当時の秩序を映している、という読み方も見逃せません。現代の目から見れば疑問もあるでしょうが、そうした価値観がどのように物語の形をとったかを知ることも、古典を読む意味の一つです。原典に書かれていることと、そこから読み取れる考え方を分けたうえで向き合ってみるのがよいと思います。

まとめ

  • 天つ神の命を受けた伊邪那岐命と伊邪那美命は、天の浮橋から天の沼矛で海をかき回し、矛から滴った塩が凝って淤能碁呂島ができました。
  • 淤能碁呂島は「おのずから凝った島」の意で、二柱が生んだ島ではなく、その後の国生みの足場になった島です。
  • 天の御柱を廻る結婚で伊邪那美命が先に声をかけたため、水蛭子と淡島が生まれ、二柱はこれを子の数に入れませんでした。
  • 天つ神は太占で占い、「女が先に言ったのでよくない、改めて言え」と答え、やり直しの後に淡道之穂之狭別島から大八島国の8島が生まれました。
  • 矛で海をかき回す話は海外の神話と比較され、滴る塩の要素は淡路の製塩に基づく表現とする説があります。淤能碁呂島の伝承地には沼島などがあり、観念上の島とする説もあります。
  • 『日本書紀』では磤馭慮島と記し、島を探り当てる一書、胞としての淡路、3歳で足が立たなかった蛭児など、伝えに幅があります。

ゆかりの社をたずねるなら:多賀大社と近くの宿、伊弉諾神宮と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)

参考文献

  • 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
  • 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
  • 三浦佑之 訳『口語訳 古事記[完全版]』文藝春秋
  • 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
  • 西宮一民 校注『古事記』新潮日本古典集成
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