大屋毘古神(おほやびこのかみ)は、『古事記』の神生み(かみうみ)の段で、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が6番目に生んだ神です。天之吹男神(あめのふきをのかみ)の次、風木津別之忍男神(かざもくつわけのおしをのかみ)の前に、名前だけが記されています。ところが、この神はずっと後の大国主神(おほくにぬしのかみ)の物語に「木国(きのくに)の大屋毘古神」として再び現れ、兄弟の八十神(やそがみ)に命を狙われた若い神を木の俣から逃がし、根の堅州国(ねのかたすくに)への道を示します。神生みで生まれた神のうち、後の物語で実際に行動するのはこの神だけです。この記事では、神生みでの記述、八十神の迫害の場面、「屋」という神名の意味、なぜ家屋の神が木国にいるのかという問い、『日本書紀』の五十猛命(いたけるのみこと)との同一視、伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)を順に確かめます。また、大国主神は『古事記』のこの段では「大穴牟遅神(おほあなむぢのかみ)」と呼ばれているため、記事では「大穴牟遅神(後の大国主神)」と表記します。
1. 大屋毘古神とは(基本情報)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 神名(古事記) | 大屋毘古神 |
| 神名(日本書紀) | 見えない(神生みの本文・一書ともに対応する神がない。『日本書紀』一書の五十猛命と同一視する説がある) |
| 読み | おほやびこのかみ(現代仮名遣いでは おおやびこのかみ) |
| 親神(生まれた由来) | 伊邪那岐命・伊邪那美命。神生みで6番目に生んだ神 |
| 誕生の場面 | 『古事記』上巻「神生み」の第1群(大事忍男神から速秋津比売神までの10柱)。神生みの第6番目 |
| 前後の神 | 前: 天之吹男神/ 次: 風木津別之忍男神 |
| 神格・性格 | 屋根・家屋の神と解される。大国主神の段では「木国の大屋毘古神」として大穴牟遅神を逃がす |
| 別名や同一視される神 | 『先代旧事本紀』に大屋比古神・大屋彦神。『日本書紀』一書の五十猛命と同一視する説がある |
大屋毘古神は、神生みの列のなかで、住居に関わると解される神々の一柱です。石土毘古神(いはつちびこのかみ)・石巣比売神(いはすひめのかみ)が土台、大戸日別神(おほとひわけのかみ)が戸口、天之吹男神が屋根を葺くことを表すと読む立場では、大屋毘古神は家屋ができあがったことを表す神とされます。
もう一つの顔は、大国主神の物語での姿です。稲羽の素兎(いなばのしろうさぎ)の話に続く「八十神の迫害」の段で、母神に助けられた大穴牟遅神は「木国の大屋毘古神」のもとへ送られます。追っ手が迫ると、大屋毘古神はその神を木の俣から逃がし、須佐之男命(すさのをのみこと)のいる根の堅州国へ行くように告げます。
ただし、この二つの姿が同じ神なのかについては、同じ神とする説と別の神とする説があります。まずは原典の記述から見ていきます。
2. 『古事記』にはどう書かれているか
神生みでの登場
『古事記』の神生みの段は、大事忍男神(おほことおしをのかみ)を先頭に、「次に〜を生みき」の形で神々の名を列挙します。大屋毘古神が現れるのは、天之吹男神の直後です。
次に天之吹男神を生みき。次に大屋毘古神を生みき。次に風木津別之忍男神を生みき
現代語に直すと、次に天之吹男神を生みました。次に大屋毘古神を生みました。次に風木津別之忍男神を生みました、となります。神生みでの記述はこれだけです。
八十神の迫害と木国への逃避
大屋毘古神の名が再び現れるのは、須佐之男命の子孫にあたる大穴牟遅神(後の大国主神)の物語です。以下は原典の流れを要約したものです。
大穴牟遅神には八十神と呼ばれる大勢の兄弟がいました。八十神は稲羽(いなば)の八上比売(やがみひめ)に求婚しますが、八上比売は荷物持ちとして従っていた大穴牟遅神を夫に選ぶと宣言します。これに怒った八十神は、伯伎国(ははきのくに)の手間(てま)の山のふもとで、赤い猪を追い下ろすから受け止めよと命じ、実際には火で焼いた大石を転がし落とします。大穴牟遅神は焼けた石を抱いて死んでしまいました。
母神の刺国若比売(さしくにわかひめ)は嘆いて高天原に上り、神産巣日之命(かみむすひのみこと)に願います。神産巣日之命は𧏛貝比売(きさがひひめ)と蛤貝比売(うむぎひめ)を遣わし、二柱の女神は貝殻を削った粉と蛤の汁で大穴牟遅神を蘇らせました。
しかし八十神はあきらめません。今度は大穴牟遅神を山に連れ込み、大木を切り伏せて楔(くさび)で割れ目を作り、その中に入らせて楔を抜き、木に挟んで殺してしまいます。母神は泣きながら探し出し、木を裂いて取り出して蘇らせます。そして、ここにいては八十神に滅ぼされてしまう、と言って、大穴牟遅神を木国の大屋毘古神のもとへ送りました。原典はこう記します。
乃ち木国の大屋毘古神の御所に違へ遣りき
すぐに木国の大屋毘古神のもとへ、八十神の目をかわして送り出した、という意味です。「違へ遣る」は、追っ手の裏をかいて逃がす、という語感を持つ表現と解されています。
木の俣からの脱出と根の堅州国への道
八十神は木国まで追ってきました。矢をつがえて、大穴牟遅神を引き渡せと迫ります。ここで大屋毘古神が動きます。大屋毘古神は大穴牟遅神を木の俣(また)をくぐらせて逃がし、次のように告げました。
須佐能男命の坐す根の堅州国に参向ふべし。必ず其の大神議りたまひなむ
須佐之男命のいらっしゃる根の堅州国へ行きなさい。きっとあの大神が良いように計らってくださるでしょう、という意味です。なお、引用文の「須佐能男命」は原典の表記をそのまま写したものです。
大穴牟遅神はこの言葉に従って根の堅州国へ向かい、須佐之男命の課す試練を乗り越えて、大国主神として地上へ帰ることになります。大屋毘古神が物語に関わるのはこの場面だけですが、この一言が、逃げ続ける若者を試練に向かう者へと転じさせる分かれ目になっています。
3. 神名の意味
『古事記』は神名の由来を説明していません。以下は、神名の語構成と、注釈書や神名研究に見える解釈です。
「大」は美称、「屋」は屋根・家屋
「大」は、大きい・立派だという意味を添える美称と解されています。大事忍男神や大戸日別神の「大」と同じ用法です。
神名の中核は「屋(や)」です。「屋」は屋根、あるいは屋根に覆われた家屋を指す語です。「毘古(びこ)」は男性を表す語で、石土毘古神の「毘古」と同じです。したがって、大屋毘古神は「立派な家屋の男神」と読むことができます。
住居説での位置づけ
石土毘古神から風木津別之忍男神までの6柱を住居の神々と読む立場では、大屋毘古神は、屋根が完成して住居ができあがったことを表す神と解されます。直前の天之吹男神を「屋根を葺く神」と読めば、葺き終えた屋根の下に家屋が立つ、という順序が浮かびます。
この読みをさらに進めて、大屋毘古神を木で作られた家屋の神と捉え、「木国の大屋毘古神」という呼称から、木の茂る紀伊国(きいのくに)に土着していた神と想定する説もあります。木材を産する土地の家屋の神、という理解です。
自然の神と読む説
一方で、国土を生み終えた直後に住居の神々が現れることを疑問視し、これらの神々を自然の神と見る立場もあります。ただ、大屋毘古神については「屋」の語が住まいを離れて読みにくく、自然説をとる場合でも解釈は定まっていません。いずれの読みも後世の語釈であって、『古事記』が説明しているわけではありません。
4. 神話の中での役割
住まいを建てる順序の中で
住居説に立って神生みの第1群を並べると、大屋毘古神は次の位置にあります。
| 神生みでの順 | 神 | 住居との対応(解釈) |
|---|---|---|
| 2・3 | 石土毘古神・石巣比売神 | 岩と土、岩と砂=土台・敷地 |
| 4 | 大戸日別神 | 戸口、または居場所 |
| 5 | 天之吹男神 | 屋根を葺く |
| 6 | 大屋毘古神 | 家屋の完成 |
| 7 | 風木津別之忍男神 | 風に耐える |
土台を固め、戸口を定め、屋根を葺き、家が完成し、風よけを備える。この読みでは、大屋毘古神は家づくりの到達点にあたり、次の風木津別之忍男神で、建った家が風にも倒れない家として仕上がる、という流れになります。
同じ神か、別の神か
神生みの大屋毘古神と、大国主神の段に出る木国の大屋毘古神については、二つの見方があります。
一つは、同じ神とする説です。『古事記』は同じ表記で二度この名を記しており、神生みで生まれた家屋の神が後に木国に鎮まっていると読めば、物語はつながります。神生みの神で唯一、後の場面に登場するという位置づけは、この説に立ったものです。
もう一つは、別の神とする説です。神生みの大屋毘古神は家屋の神であって木の神ではなく、木国に土着する神として物語に出てくる理由がはっきりしない、という疑問がその根拠です。元は別の伝承に属していた神が、同じ名で記されたのではないか、という考え方です。どちらが正しいかは決着していません。
なぜ木国に大屋毘古神がいるのか
同じ神とする場合でも、家屋の神がなぜ木国の神として現れるのかは問いとして残ります。これについては、いくつかの考察があります。
第一に、この段が木を題材にしていることです。八十神は大木を切り伏せ、楔を打ち込んで大穴牟遅神を挟み、母神は木を裂いて取り出し、大屋毘古神は木の俣から逃がします。木に殺され、木から救われ、木をくぐって逃れる、という一連の場面の締めくくりに、「木国」の神が置かれていると読めます。
第二に、「木(き)」という音をめぐる説です。古代の仮名遣いで木国の「キ」は、奥つ城(おくつき。墓所)や殯(あらき。死者を安置する場所)の「キ」に通じる音であったとされ、木国が死者の国、すなわち根の国への入口と結びついていた、という解釈があります。この読みでは、大穴牟遅神が木国を経て根の堅州国へ向かうのは、死の領域を通って生まれ変わる道筋であり、木国の神が根の国への道を示すのは自然な役回りということになります。
第三に、大国主神の物語そのものが宮殿の造営を主題として含んでいる、という見方です。大国主神は後に国譲りの場面で壮大な宮殿を求めます。この物語に家屋の神である大屋毘古神が呼び出されたのは、家屋・宮殿という主題の側から要請されたものだ、とする考察です。
これらはいずれも解釈であり、『古事記』自身は理由を語っていません。
5. 『日本書紀』との違い
大屋毘古神は『日本書紀』の神生みに見えません。本文にも、異伝を集めた一書(あるふみ)にも、対応する神はありません。石土毘古神から風木津別之忍男神までの一群が『日本書紀』にないことは、大戸日別神や天之吹男神の記事で述べたとおりです。
また、大国主神が八十神に殺され、蘇り、木国から根の国へ逃れるという物語も『日本書紀』にはなく、したがって木国の大屋毘古神という存在も『日本書紀』には出てきません。
五十猛命との同一視
その一方で、『日本書紀』には大屋毘古神と重ね合わせて語られる神がいます。第八段の一書(第四・第五)に見える五十猛命です。一書によれば、五十猛命は素戔嗚尊の子で、天から多くの木の種を持ち降り、大八洲(おおやしま)の国じゅうに撒いて青々とした山にした「有功(いさおし)の神」とされ、紀伊国に鎮座すると記されています。別の一書では、妹として大屋津姫命(おほやつひめのみこと)・枛津姫命(つまつひめのみこと)の名が挙げられ、三柱そろって紀伊国に祀られたとあります。
この五十猛命を大屋毘古神と同じ神とする説があります。共通点として挙げられるのは、次の4点です。
- 木に関わる神である点(五十猛命は木を植えた神、大屋毘古神は木国の神)
- 須佐之男命の近親である点(五十猛命は子、大屋毘古神は須佐之男命のもとへ道を示す)
- 妹の名に「大屋」が含まれる点(大屋津姫命)
- 紀伊国に鎮座する点(木国=紀伊国)
なお、五十猛命は『日本書紀』の一書にのみ見える神で、『古事記』には登場しません。逆に大屋毘古神は『古事記』にのみ見える神です。別々の書に記された神を共通点をもとに重ね合わせたのが同一視であり、原典がそう述べているわけではありません。『先代旧事本紀』には五十猛神を「亦(また)大屋彦神と云ふ」とする記述がありますが、その根拠は明らかでないとされています。
6. ご利益と信仰
『古事記』の記述から直接読み取れるのは、追われる者をかくまい、逃がし、進むべき先を示した、という働きです。ここから、大屋毘古神は難を逃れる神、危機を切り抜ける道を示す神として語られることがあります。
また、神名の「屋」から、家屋・建築の守り神とされ、家内安全や新築・上棟に結びつけて語られることもあります。五十猛命と同一視される場合には、木の種を撒いて山を緑にした神として、林業・木材・植林の神としての信仰が重なります。
ただし、大屋毘古神に固有のご利益として原典に記されたものはなく、いずれも神名と物語からの解釈、あるいは五十猛命の信仰を重ねたものです。
7. 祀られている神社
大屋毘古神を祀る神社として知られているのは、五十猛命と同一視する紀伊国の社です。
| 神社 | 所在地 | 祭神としての位置づけ |
|---|---|---|
| 伊太祁曽神社 | 和歌山県和歌山市伊太祈曽 | 主祭神は五十猛命。大屋毘古神と同一視され、木の神・いのち神として信仰される。紀伊国の一宮の一社とされる |
伊太祁曽神社は『延喜式』神名帳に載る名神大社で、同じく名神大社の大屋都比売神社・都麻都比売神社(いずれも和歌山市)とともに、三社は元は一社で、大宝2年(702年)に分け遷したとされます。
なお、大穴牟遅神が焼けた石を抱いて死んだ手間の山本の伝承地として、赤猪岩神社(鳥取県西伯郡南部町)が知られています。
大屋毘古神を生んだ伊邪那岐命・伊邪那美命を祀る神社は、伊邪那岐命の記事で紹介しています。伊邪那岐命
8. 関連する神々
天之吹男神 は、大屋毘古神の直前に生まれた神です。「吹」を「葺く」と読んで屋根を葺く神と解する説があり、住居説では大屋毘古神の家屋に屋根を載せる段階にあたります。天之吹男神
風木津別之忍男神 は、大屋毘古神の直後に生まれた神で、住居の神々の締めくくりです。風に耐える家を表すと解する説があります。風木津別之忍男神
大戸日別神 は、神生みの4番目の神で、家の戸口または居場所を表すと解されます。大戸日別神
石土毘古神・石巣比売神 は、住居説で住まいの土台にあたる男女一対の神です。石土毘古神・石巣比売神
大事忍男神 は、神生みの最初に生まれた神で、神生み全体の見取り図もこの記事にあります。大事忍男神
須佐之男命 は、大屋毘古神が大穴牟遅神に「あの大神が計らってくれる」と示した根の堅州国の主です。建速須佐之男命
神産巣日神 は、八十神に殺された大穴牟遅神の蘇生に関わった神です。母神の願いを受けて𧏛貝比売・蛤貝比売を遣わしました。神産巣日神
伊邪那岐命・伊邪那美命 は、大屋毘古神の親神です。伊邪那岐命 伊邪那美命
神生みが伊邪那美命の死で終わった後、伊邪那岐命が禊で生んだ26柱の神々は、一覧記事にまとめています。イザナギの禊で生まれた神々一覧
国生みと神生みで生まれた島と神々の全体は、国生み・神生み(まとめ) の一覧で生まれた順にたどれます。
9. 現代につながる読み方
大屋毘古神の物語から読み取れるのは、「助けるとは、抱え込むことではない」という考え方です。大屋毘古神は、追われてきた大穴牟遅神を自分のもとに置き続けませんでした。追っ手が迫ると、木の俣から逃がし、行くべき先を告げています。守り切れない場所にとどめるより、次の場所へ送り出す。それが、この神の選んだ助け方でした。
もう一つは、「逃げ道は、次の試練への入口でもある」ということです。大屋毘古神が示した根の堅州国は、安全な隠れ家ではなく、須佐之男命の厳しい試練が待つ場所でした。しかし、その試練を経たからこそ、大穴牟遅神は大国主神になります。逃げることと、成長のために向かうことは、同じ道の上にあるのかもしれません。
そして、家屋の神が逃げ道を示す、という取り合わせも味わい深いものです。家は人を守る場所であると同時に、出ていく者を送り出す場所でもあります。神生みの列に名前だけで並んでいた家屋の神が、物語の中で次の道を指し示す。名前を読むことと物語を読むことが、この神ではひとつに重なります。
まとめ
- 大屋毘古神は、『古事記』で伊邪那岐命・伊邪那美命が神生みの6番目に生んだ神で、天之吹男神の次、風木津別之忍男神の前に位置します。
- 神名は「大(美称)」「屋(屋根・家屋)」「毘古(男神)」と読まれ、住居説では屋根が完成して家屋ができあがったことを表す神と解されます。
- 神生みの神で唯一、後の大国主神の段に「木国の大屋毘古神」として登場し、八十神に追われた大穴牟遅神を木の俣から逃がして根の堅州国への道を示します。
- 神生みの大屋毘古神と木国の大屋毘古神を同じ神とする説と別の神とする説があり、木国と結びつく理由にも、木を題材とする場面、「キ」の音と死者の国、宮殿造営の主題など複数の考察があります。
- 『日本書紀』の神生みにはこの神が見えず、一書に見える五十猛命と同一視する説がありますが、五十猛命は『古事記』には登場しません。
- 伊太祁曽神社(和歌山市)が五十猛命を祀り、大屋毘古神と同一視する伝承を持ちます。
参考文献
- 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
- 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
- 三浦佑之 訳『口語訳 古事記[完全版]』文藝春秋
- 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
- 西宮一民 校注『古事記』新潮日本古典集成
