国之常立神(クニノトコタチ)とは?日本書紀では最初の神となる国土の神【古事記】

国之常立神(くにのとこたちのかみ)のアイキャッチ画像

国之常立神(くにのとこたちのかみ)は、『古事記』で神世七代(かみよななよ)の最初に成った神です。別天つ神(ことあまつかみ)5柱の後、天之常立神(あめのとこたちのかみ)に続いて名が挙げられ、独神(ひとりがみ)として身を隠したと記されるだけで、以後の物語には登場しません。ところが『日本書紀』の本文では、この神が天地に最初に現れた神とされています。同じ神でありながら、『古事記』では6番目、『日本書紀』では1番目という大きな違いがあるのです。この記事では、原典の記述、「常立」をめぐる4つの説、天之常立神との対、神世七代の数え方、記紀で位置づけが異なる事情、祀られている神社を確かめ、名前だけを残して消えたこの神の重みを考えます。

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目次

1. 国之常立神とは(基本情報)

項目内容
神名(古事記)国之常立神
神名(日本書紀)国常立尊(本文では最初の神)。一書には国底立尊の表記もある
読みくにのとこたちのかみ
親神(生まれた由来)親神はない。別天つ神5柱の後に、独りで成った神
誕生の場面『古事記』上巻の冒頭「天地初発」。天之常立神の次、神世七代の第1代
神格・性格国土の永続、あるいは大地の土台を表す神と解される。独神で、身を隠す
別名や同一視される神天之常立神と「天」「国」の対をなすと考えられている。『先代旧事本紀』にも国常立尊の名が見える

国之常立神は、『古事記』の冒頭で、別天つ神と呼ばれる5柱の神が成った直後に現れる神です。『古事記』は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)から天之常立神までの5柱を「別天つ神」と区切り、続けて国之常立神から伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)までの12柱を「神世七代」と総称します。国之常立神は、その神世七代の先頭に立つ神です。

『古事記』がこの神について記すのは、名前と、天之常立神の次に成ったこと、独神として身を隠したことの3点だけです。行動も、系譜も、言葉もありません。それにもかかわらず、この神は日本神話の中でとりわけ重い位置を与えられてきました。理由は『日本書紀』にあります。『日本書紀』の本文は、天地の始まりに最初に現れた神を国常立尊(くにのとこたちのみこと)とし、『古事記』で最初に置かれる天之御中主神を本文には載せていないのです。『古事記』では名前だけの神、『日本書紀』では世界の始まりを担う神という二つの顔をどう理解するかが、この神を読むうえでの中心になります。

2. 『古事記』にはどう書かれているか

『古事記』上巻は、天地が初めて開けたときに高天原(たかまのはら)で造化三神(ぞうかさんしん)が成り、次いで宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ)と天之常立神が成って、この5柱を別天つ神と呼ぶ、と語ります。そのすぐ後に、国之常立神が現れる一節が続きます。

次に成れる神の名は、国之常立神。次に豊雲野神。此の二柱の神も亦、独神と成り坐して、身を隠したまひき

現代語に直すと、次のようになります。次に成った神の名は国之常立神といいます。次に豊雲野神(とよくものかみ)が成りました。この二柱の神もまた独神として成り、姿を隠されました。

「も亦(また)」は、直前の別天つ神5柱と同じく、という意味です。国之常立神と豊雲野神は、別天つ神と同じ独神でありながら別天つ神には数えられず、神世七代の側に入れられています。

この後、『古事記』は宇比地邇神(うひぢにのかみ)・須比智邇神(すひぢにのかみ)から伊邪那岐神・伊邪那美神まで、男女一組の神を5組挙げ、次の一文で締めくくります。

上の件、国之常立神より以下、伊邪那美神より以前を、并せて神世七代と称す

さらに、その数え方を説明します。

其の二柱の独神は、各一代と云ふ。次に双べる十神は、各合せて二神を一代と云ふ

独神の2柱はそれぞれ1代と数え、続く対の10柱は2柱で1代と数える、という意味です。国之常立神は1柱で第1代を占め、神世七代の始点として名が明記されています。『古事記』の記述はこれで終わりで、国生みにも天孫降臨にも、この神の名は再び現れません。

3. 神名の意味

『古事記』は神名の由来を説明していません。以下は神名の語構成にもとづく後世の解釈で、有力な説が複数あります。

「国之常立」は、「国(くに)の」「常(とこ)」「立(たち)」に分けて読むのが一般的です。問題は「常立」をどう解するかで、大きく次の4つの説があります。

第一は、「常」を「恒久」、「立」を「とどまる」と取り、「国土に恒久にとどまる神」と読む説です。国土の根源神と見る、最も広く知られた解釈です。ただし上代の日本語では、「常(とこ)」が動詞を修飾する用法が見当たらないという指摘があり、この読み方には言葉の面から疑問も出されています。

第二は、「常(とこ)」を「床」と見て土台の意に取り、「立」を「現れる」と解する説です。この場合は「大地の土台が現れた」ことを表す神名になります。国土が姿を現す最初の段階を示す名と読む考え方です。

第三は、具体的な国土というより、神々や国土が生まれるための根源的な「場」が成立したことを表す観念的な神と見る説です。この読み方では、国之常立神は大地そのものではなく、大地が生まれる前提となる枠組みを神格化した存在ということになります。

第四は、上代語の「とこ」が寝所、すなわち男女の場を指すことに注目し、後に続く男女の神々を生む「場」の成立を表すと読む説です。神世七代が最終的に伊邪那岐神・伊邪那美神という夫婦神に至ることと結び付けた解釈です。

どれが正しいかは定まっていません。共通しているのは、この神名に具体的な姿や行動を示す要素がなく、「国土が確かに成り立つ」という状態や、その土台を表す名と考えられている点です。

4. 神話の中での役割

国之常立神には行動がありません。その役割は、名前と、置かれた位置から読み取るほかありません。ここでは3つの点に注目します。

第一に、直前の天之常立神との対です。「天之常立」と「国之常立」は、「天」と「国」を入れ替えただけの名で、明らかに対応しています。天の永続が定まった後に、国土の永続が定まるという順序です。『古事記』はこの二柱の間に「別天つ神」の区切りを置いています。別天つ神は天上の事柄に関わる神々、神世七代は国土に関わり、国生みを行う伊邪那岐神・伊邪那美神の出現に向かう過程を担う神々である、という区分の説があります。国之常立神は、天から国へ舞台が移る境目に置かれた神といえます。

第二に、神世七代の意義です。神世七代は、独神の2柱の後に男女の対が5組続き、最後が伊邪那岐神・伊邪那美神です。この構成から、神世七代は伊邪那岐神・伊邪那美神の誕生を到達点とし、そこへ至る過程を神々の生成で段階的に表したものだとする解釈が多く見られます。その過程が何を表すかについては、国土が形づくられていく過程と見る説、男女神の身体が完成していく過程と見る説、人の生活の始まりを表すと見る説などがあり、定まっていません。いずれの読み方でも、国之常立神はその出発点に立つ神です。

第三に、独神と隠身の意味です。独神は男女の対をなさない神のことで、「身を隠す」は姿を現さなくなったことと解するのが一般的です。その意味づけには、身体を持たない抽象的な神と見る説、幽界へ退いたと見る説、自ら生む行為をしない存在と見る説などがあります。神世七代の前半2柱が独神で、後半の10柱が男女の対であることから、神世七代の内部にも、抽象から具体へ、単独から対へという段階の変化が読み取れると考えられています。

5. 『日本書紀』との違い

国之常立神をめぐって最も大きいのは、『日本書紀』との違いです。

『日本書紀』本文は、天地がまだ分かれず、陰陽も分かれていなかった混沌の状態から書き起こします。やがて清く明るいものが天となり、重く濁ったものが地となり、その天地の中に葦の芽のような物が生じて神になった、と記します。その神が国常立尊です。つまり『日本書紀』本文では、国常立尊が天地に最初に現れた神です。続いて国狭槌尊(くにのさつちのみこと)・豊斟渟尊(とよくむぬのみこと)が現れ、この3柱は独りで化した純粋な男神であるとされます。

『古事記』で最初に置かれた天之御中主神・高御産巣日神(たかみむすひのかみ)・神産巣日神(かみむすひのかみ)の造化三神は、『日本書紀』の本文には登場しません。これらの神は、本文に添えられた異伝である一書(あるふみ)の第四に、高天原に生まれた神として見えるだけです。天常立尊も同様に一書にしか現れません。『古事記』では6番目に成った神が、『日本書紀』では1番目に立つという、冒頭の構成そのものの違いがあるのです。

なお『日本書紀』の一書の第一と第三には、国常立尊を国底立尊(くにのそこたちのみこと)とも呼ぶと記されています。「底」の字は大地の土台という意味合いを感じさせ、3章で見た「床」の説とも通じるものがあります。『先代旧事本紀』にも国常立尊の名が見えます。

また『古事記』では葦の芽の描写が宇摩志阿斯訶備比古遅神に掛かっていましたが、『日本書紀』本文では葦の芽から成った神が国常立尊です。両書が最初の神に何を求めたかの違いがここに表れていると考えられますが、なぜ冒頭の神が異なるのかについて定説はありません。

6. ご利益と信仰

『古事記』に行動の記述がないため、国之常立神に固有のご利益を原典から導くことはできません。それでも、この神は天之常立神や豊雲野神に比べると、後世にはっきりとした信仰を集めてきました。

大きな転機は中世です。『日本書紀』本文で最初の神とされたことを受け、伊勢神道や吉田神道では、国常立尊が万物の根源となる神として重視されました。その流れから、天地の始まりを担う根源の神として各地の神社で祀られるようになったとされています。

現在語られるご利益は、神名の「常立」と、根源神という位置づけに由来するものです。国土の安泰、物事の基盤を固めること、開運や厄除けといった願いと結び付けられることが多いとされています。これらは神名や中世以降の位置づけから導かれたもので、『古事記』そのものに根拠があるわけではない点に注意が必要です。

7. 祀られている神社

国之常立神は、『古事記』冒頭の神々のなかでは、祀る神社が比較的はっきりしている神です。ここでは祭神として確認できる4社を挙げます。

神社所在地祭神としての位置づけ
玉置神社奈良県吉野郡十津川村国常立尊を主祭神の一柱として祀る。熊野の奥にあたる玉置山の山上に鎮座する
御嶽神社長野県木曽郡王滝村・木曽町(木曽御嶽山)国常立尊・大己貴命・少彦名命を祀る。御嶽山の山岳信仰の中心
城南宮京都府京都市伏見区国常立尊・八千矛神・息長帯日売尊を祀る。方除けの神社として知られる
日枝神社東京都千代田区主祭神は大山咋神で、相殿に国常立神を祀る

いずれも「国常立尊」「国常立神」の表記で祀られており、信仰の場では『日本書紀』の呼び方が広く用いられていることが分かります。山上に鎮座する玉置神社や御嶽神社に祀られていることは、大地の根源の神という性格と重ねて語られることがあります。

8. 関連する神々

豊雲野神 は、神世七代の第2代で、国之常立神の直後に成った独神です。「豊かな雲・野」を表す名と解され、国之常立神とともに神世七代の前半をなします。豊雲野神

天之常立神 は、別天つ神の第5の神で、国之常立神の直前に成りました。「天」と「国」で対をなし、天の永続を表す名と解されます。天之常立神

天之御中主神 は、『古事記』で最初に成った神です。『日本書紀』本文では国常立尊が最初の神となるため、両書の冒頭を比べるうえで欠かせない神です。天之御中主神

宇摩志阿斯訶備比古遅神 は、別天つ神の第4の神で、葦の芽のように萌え上がるものから成りました。『日本書紀』本文では葦の芽の描写が国常立尊に結び付けられています。宇摩志阿斯訶備比古遅神

伊邪那岐神・伊邪那美神 は、神世七代の最後に現れる夫婦神です。国之常立神から始まる神世七代は、この二柱の出現を到達点とする過程と読まれています。伊邪那岐命 伊邪那美命

別天つ神5柱と神世七代12柱の全体像は、まとめ記事で一覧にしています。造化三神

伊邪那岐命の禊で生まれた26柱の神々については、一覧記事にまとめています。イザナギの禊で生まれた神々一覧

9. 現代につながる読み方

国之常立神の神話から読み取れるのは、「同じ存在でも、どこに置かれるかで意味が変わる」ということです。『古事記』の国之常立神は、天の神々が出そろった後に現れる、国土の側の最初の神です。『日本書紀』の国常立尊は、天地が分かれたその瞬間に現れる、すべての始まりの神です。名前は同じでも、物語のなかでの重みはまったく異なります。どちらが正しいというより、二つの書物が世界の始まりに何を据えたかったのかが、この一柱の位置の違いに表れています。

もう一つ読み取れるのは、「土台は目立たない」ということです。国之常立神は、国土が確かに成り立つことを名に負いながら、何もせず、身を隠します。その後に続く神々が形を整え、伊邪那岐神・伊邪那美神が国を生み、物語は華やかになっていきます。しかし、その舞台となる大地が「常に立っている」ことは、最初に定められたまま、変わらずに物語を支え続けます。

暮らしのなかでも、成果を生む働きに目が向きがちですが、それを可能にしているのは、当たり前すぎて意識されない基盤です。名前だけを残して消えた神は、その名前の置かれ方によって、土台というものの静かな重みを今に伝えています。

まとめ

  • 国之常立神は、『古事記』で別天つ神5柱の次に成った、神世七代の第1代の神です。
  • 『古事記』が記すのは、名前と、独神として身を隠したことだけで、以後の物語には登場しません。
  • 「常立」の意味には、恒久にとどまる、床=土台が現れる、根源的な場の成立、神々を生む場の成立など複数の説があり、定説はありません。
  • 天之常立神と「天」「国」の対をなし、天上の別天つ神から国土の神世七代へ移る境目に置かれています。
  • 神世七代は独神2柱を各1代、対の10柱を2柱で1代と数え、伊邪那岐神・伊邪那美神の出現へ至る過程と読まれています。
  • 『日本書紀』本文では国常立尊が天地に最初に現れた神とされ、『古事記』と冒頭の構成が大きく異なります。
  • 中世には伊勢神道・吉田神道で根源神として重視され、玉置神社・御嶽神社・城南宮・日枝神社などに祀られています。

参考文献

  • 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
  • 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
  • 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
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