大綿津見神(オホワタツミ)とは?神生みの海の神と綿津見三神・海神の国の綿津見神の違い【古事記】

大綿津見神(おほわたつみのかみ)のアイキャッチ画像

大綿津見神(おほわたつみのかみ)は、『古事記』の神生み(かみうみ)の段で、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が8番目に生んだ神です。風木津別之忍男神(かざもくつわけのおしをのかみ)の次に生まれ、『古事記』は「海の神」と役割を添えてその名を記します。名前だけが並んでいた神生みの列のなかで、何を司る神かがはっきり書かれるのは、この神が最初です。ところが『古事記』には、「綿津見」の名を持つ神がほかにも出てきます。伊邪那岐命の禊で生まれた底津・中津・上津の綿津見三神と、海幸山幸の物語で山幸彦を迎える海神の国の綿津見神です。海の神は一人なのか、それとも複数いるのか。この記事では、原典の記述、「綿津見」という名の読み解き、『古事記』に3か所出てくる綿津見の比較、海人の氏族との関わり、『日本書紀』との違い、祀られている神社を順に確かめます。

https://www.youtube.com/watch?v=y4kNDK43RFs
目次

1. 大綿津見神とは(基本情報)

項目内容
神名(古事記)大綿津見神
神名(日本書紀)本文の神生みには名がない(「海」を生むとあるのみ)。一書第六に少童命(わたつみのみこと)
読みおほわたつみのかみ(現代仮名遣いでは おおわたつみのかみ)
親神(生まれた由来)伊邪那岐命・伊邪那美命。神生みで8番目に生んだ神
誕生の場面『古事記』上巻「神生み」の第1群(大事忍男神から速秋津比売神までの10柱)。神生みの第8番目
前後の神前: 風木津別之忍男神(住居の神々の最後)/ 次: 速秋津日子神・速秋津比売神(水戸の神)
神格・性格『古事記』が「海の神」と明記する。海そのものではなく、海を掌る神霊と解される。「大」は美称で、海一般への信仰を表すと考えられる
別名や同一視される神『古事記』に別名はない。禊の綿津見三神、海幸山幸の綿津見神(綿津見大神)と同じ神格とみる説があるが、定かでない

大綿津見神は、神生みの列のなかで、住まいに関わると解される神々の次に置かれた神です。伊邪那岐命と伊邪那美命は、大事忍男神(おほことおしをのかみ)を生んだ後、石土毘古神(いはつちびこのかみ)・石巣比売神(いはすひめのかみ)、大戸日別神(おほとひわけのかみ)、天之吹男神(あめのふきをのかみ)、大屋毘古神(おほやびこのかみ)、風木津別之忍男神と、土地や家に関わると読める神々を続けて生みました。その直後に生まれるのが、海の神 大綿津見神です。

それまでの7柱には、名前のほかに何の説明もありませんでした。大綿津見神に至って初めて、『古事記』は「海の神」という言葉を添えます。以後、水戸の神、風の神、木の神、山の神、野の神と、役割を添えて神を挙げる書き方が続くので、大綿津見神はその書き方の始まりに位置する神だと言えます。

ただし、『古事記』が大綿津見神について語るのは、この一文だけです。神生みの後、この名で登場する場面はありません。それでも「綿津見」の名を持つ神は物語のなかに繰り返し現れるため、大綿津見神を理解するには、その名と、名を共有する神々との関係を見ていく必要があります。

2. 『古事記』にはどう書かれているか

神生みの段は、「次に〜を生みき」の形で神々の名を列挙していきます。大綿津見神が現れるのは、風木津別之忍男神の直後です。

次に海の神、名は大綿津見神を生みき

現代語に直すと、次のようになります。次に海の神を生みました。その名は大綿津見神といいます。

続いて、水戸(みなと)の神が生まれます。

次に水戸の神、名は速秋津日子神。次に妹速秋津比売神を生みき

水戸とは水の出入り口、河口や港のことです。速秋津日子神・速秋津比売神(はやあきつひこのかみ)と速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)は男女の対で生まれ、『古事記』は大事忍男神からこの二柱までを合わせて10柱と数えます。大綿津見神についての記述は、これで全部です。海の神であること、名が大綿津見神であること、この二つが原典の事実で、姿や行動は書かれていません。

「海の神、名は」という書き方

大綿津見神の一文で目を引くのは、「海の神、名は」という形です。風木津別之忍男神までの神々は「次に〇〇神を生みき」とだけ書かれていました。ここからは、まず役割を示し、それから名を示す書き方に変わります。役割が先に立つ書き方は、その神が何であるかを『古事記』の編者が読者に伝えようとしていることを示しています。大綿津見神は、その意味で、神生みの列のなかの区切りに置かれた神です。

3. 神名の意味

『古事記』は神名の由来を説明していません。以下は、神名の語構成と、注釈書や神名研究に見える解釈です。

「綿津見」は借字

「綿津見」の三文字は、意味を表す漢字ではなく、音に漢字を当てた借字です。「綿」が布の綿を、「見」が見ることを意味しているわけではありません。したがって、この名を読み解くには、漢字ではなく「ワタツミ」という音のほうを見る必要があります。

ワタツミは、「ワタ」「ツ」「ミ」の三つに分けて理解するのが一般的です。「ワタ」は海を意味する古語、「ツ」は「〜の」を表す古い連体助詞、「ミ」は霊格を表す語です。この解釈に立てば、ワタツミは「海の神霊」を意味することになります。「ミ」は「カミ」より古い称とされ、神秘な力を持つ存在、あるいは見守る主宰者を表すという説があります。

ここで大切なのは、ワタツミが海そのものではないという点です。ワタが海であるとしても、ワタツミは「海の霊」であって、海という自然を掌る支配者を指すと考えられています。同じ構成の名に、山の神 大山津見神(おほやまつみのかみ)があります。ヤマ(山)・ツ(の)・ミ(霊格)で「山の神霊」です。海と山という二つの大きな自然に、同じ形の名を持つ神が置かれていることは、この後の役割の節でも触れます。

「ワタ」という言葉

「ワタ」が海を指す古語であることは広く認められていますが、『万葉集』には「わたなか(海中)」「わたのそこ(海の底)」のように複合語の中で使われる例があるだけで、「ワタ」が単独で海を指す例は上代の文献に見当たらない、という指摘があります。また、「ウミ」が湖や池も含む大きな水を指すのに対して、「ワタ」は海洋を指す、と分ける見解もあります。語源については、「渡る」と同じ語源とする説、古代朝鮮語で海を意味する語と同じ語源とする説などがありますが、いずれも説の一つであり、確定していません。

「大」は美称

「大綿津見」の「大」は、偉大な、立派なという意味を添える美称と解されています。禊で生まれる綿津見三神が「底」「中」「上」と海の層で区別されるのに対して、神生みの大綿津見神には場所を限る語が付きません。このことから、大綿津見神は海一般に対する信仰を表す神だと考えられています。特定の海域や海の層ではなく、海というものの全体を掌る神、という位置づけです。

『日本書紀』の「少童」と童の姿

『日本書紀』は、ワタツミを「少童」と書きます。「少童」は文字どおりには小さな子どもという意味です。この表記には、水の神が童の姿をしているという信仰が背景にあると考えられ、昔話に見える竜宮童子とのつながりを指摘する見方もあります。ただし、『古事記』にも『日本書紀』の本文にも、綿津見神が童の姿で現れる描写はありません。「少童」の字から童の姿を読み取るのは、表記に基づく解釈です。

4. 神話の中での役割

大綿津見神には行動がありません。役割を考えるには、神生みの列のなかの位置と、「綿津見」の名を共有する神々との関係を手がかりにすることになります。

住まいから、広い自然へ

石土毘古神から風木津別之忍男神までの6柱を住居の神々と読む説に立つと、神生みの第1群は、土台を固め、戸口を定め、屋根を葺き、家を建て、風に耐えるようにする、という順で家が完成する流れとして読めます。その直後に生まれるのが海の神です。住まいが整ったところで、視線が家の外へ、海という広い自然へと向かう。大綿津見神は、その転換点に置かれた神だと読むことができます。さらにその後、水戸の神、風の神、木の神、山の神、野の神と続きますから、大綿津見神は自然の神々の列の先頭に立つ神でもあります。この読みは神名と並びから導かれた解釈ですが、住居説を取らない立場でも、大綿津見神から自然の大きな領域を掌る神々が並び始める、という点は変わりません。

『古事記』に3か所出てくる「綿津見」

「綿津見」の名を持つ神は、『古事記』に3か所出てきます。それぞれ場面が異なり、書かれている内容も異なります。

場面神名『古事記』に書かれていること
神生み大綿津見神伊邪那岐命・伊邪那美命が生んだ「海の神」。名を挙げるだけで行動はない
禊底津綿津見神・中津綿津見神・上津綿津見神(綿津見三神)伊邪那岐命が水底・水中・水面で身を滌いだときに成った。阿曇連の祖神
海幸山幸綿津見神(綿津見大神)海神の国で火遠理命(ほをりのみこと)を迎え、娘の豊玉毘売(とよたまびめ)を嫁がせる。失った釣り針を探し出し、潮を満ち引きさせる玉を授ける

禊の綿津見三神については、『古事記』は次のように説明しています。

此の三柱の綿津見神は、阿曇連等が祖神と以ち伊都久神なり

この三柱の綿津見神は、阿曇連(あづみのむらじ)たちが祖先の神として斎き祭る神である、という意味です。三神は特定の氏族と結び付けられており、神生みの大綿津見神にはそうした説明がありません。

一方、海幸山幸の段の綿津見神は、三つのなかで唯一、人物として物語に登場します。海神の国の宮に住み、娘を持ち、魚を呼び集めて釣り針を探させ、潮を掌る玉を火遠理命に授けます。魚介と潮を支配する、海の支配者としての姿がはっきり描かれています。

この3か所の綿津見を、同じ一柱の神の異なる現れ方と見るのか、それぞれ別の神と見るのか。『古事記』は何も述べていません。ヤマツミと同じく、ワタツミという名は元来、海の神一般を指す言葉だったと考えられており、その名を持つ神が場面ごとに現れると理解すれば、3者を一つの神格にまとめてよいかどうかは定かでない、というのが正直なところです。同一神とする説も、別神とする説もあり、この記事ではどちらとも断定しません。禊の綿津見三神の側から見た大綿津見神との関係は、底津綿津見神の記事でも触れています。底津綿津見神

海と山が対になる構成

「綿津見」と同じ形の名を持つ大山津見神は、神生みの第2群で山の神として生まれます。海の神と山の神が同じ構成の名を持つことは、『古事記』が海と山を対にして世界を捉えていることをうかがわせます。

この対は、後の物語でも繰り返されます。天孫 邇邇芸命(ににぎのみこと)は大山津見神の娘 木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)を妻とし、その子である火遠理命は、海神の国の綿津見神の娘 豊玉毘売を妻とします。山の神の娘と、海の神の娘が、二代続けて天孫の系譜に入るのです。これを、海の力と山の力が天孫のもとに合わさっていく構想と読む説があります。神生みで海の神と山の神が同じ形の名で生まれることは、この構想の出発点として読むことができますが、これも解釈であって、『古事記』がそう述べているわけではありません。

5. 『日本書紀』との違い

『日本書紀』本文の神生みは、伊弉諾尊・伊弉冉尊が大八洲(おおやしま)を生んだ後、海を生み、川を生み、山を生み、木の祖、草の祖を生む、という簡潔な構成です。「海」を生むとは書かれていますが、そこに大綿津見神という神名は出てきません。海という自然そのものを生んだ、と読める書き方です。

一方、『日本書紀』神代上 第五段の一書第六には、伊弉諾尊の禊の記事があり、そこに底津少童命・中津少童命・表津少童命という三神が見えます。「少童」と書いてワタツミと読ませる、『日本書紀』独特の表記です。この一書は「少童命は阿曇連らが祭る神」と説明しており、綿津見三神を阿曇連の神とする点は『古事記』と一致します。

つまり、『日本書紀』にワタツミの名で現れるのは禊の三神であって、神生みの段で「大綿津見神」に相当する神は本文にも一書にも見当たりません。神生みの海の神を一柱の神として名指しするのは『古事記』の特徴だと言えます。なお、『古事記』『日本書紀』より後に成立したとされる『先代旧事本紀』の陰陽本紀には、大綿津見神と少童命の両方の名が見えます。

6. ご利益と信仰

大綿津見神は海の神であることから、海上安全、航海の守護、漁業の繁栄と結び付けて信仰されてきました。海に関わる仕事に携わる人々の守り神という性格は、綿津見の名を持つ神々に共通しています。ただし、『古事記』がそうしたご利益を述べているわけではなく、海の神という神格から後世の信仰のなかで語られてきたものです。

海人の氏族との関わり

綿津見の神を祖神として祭ったのは、海に生きた人々でした。『古事記』は禊の綿津見三神を阿曇連の祖神とし、その子 宇都志日金拆命(うつしひかなさくのみこと)の子孫が阿曇連であると記します。平安時代初めの氏族の系譜書である『新撰姓氏録』には、阿曇連のほか、安曇宿禰、海犬養、凡海連など、綿津見神を祖とする氏族が見えます。いずれも海に関わる名を持つ氏族です。

ワタツミを祀る神社は、西日本の沿岸や島に多く分布しています。『延喜式』の神名帳には、大海神社、海神社、和多都美神社といった社名が見え、海人の活動した地域と綿津見信仰の広がりが重なることがうかがえます。大綿津見神という名は神生みの列に置かれた神の名ですが、その信仰の実体は、こうした海人の氏族が祭ってきたワタツミの信仰にあると考えられます。

7. 祀られている神社

「大綿津見神」の名を主祭神として掲げる神社は、多くありません。ワタツミの神は、多くの場合、禊で生まれた綿津見三神の名で、あるいは単に綿津見神・少童命の名で祀られています。神生みの大綿津見神にゆかりのある社を訪ねるなら、次の4社が代表的です。

神社所在地祭神と位置づけ
志賀海神社福岡県福岡市東区志賀島底津綿津見神・仲津綿津見神・表津綿津見神の三神を祀る。綿津見信仰の中心的な社で、志賀島は阿曇氏の本拠地とされる
穂高神社長野県安曇野市綿津見命と、その子とされる穂高見命を祀る。海のない安曇野に綿津見の信仰があるのは、阿曇氏が内陸へ移り住んだためと伝えられる
海神社兵庫県神戸市垂水区底津綿津見神・中津綿津見神・上津綿津見神の三神を祀る
風浪宮福岡県大川市少童命(綿津見神)を祀る。『日本書紀』の表記である「少童命」の名で祭られている

いずれも、大綿津見神という名ではなく、綿津見三神または綿津見神として祀っています。神生みの海の神と禊の三神を同じ神格と見るかどうかは前述のとおり定かでありませんが、ワタツミの信仰を今に伝える社としては、これらが第一に挙げられます。

8. 関連する神々

風木津別之忍男神 は、大綿津見神の直前に生まれた神です。住居の神々の最後にあたり、この神を境に、神生みの列は住まいから海へと移ります。風木津別之忍男神

底津綿津見神 は、伊邪那岐命の禊で水底から生まれた綿津見三神の第一柱です。その記事では、禊の側から大綿津見神との異同を扱っています。底津綿津見神

中津綿津見神 は、水中で生まれた綿津見三神の第二柱です。中津綿津見神

上津綿津見神 は、水面で生まれた綿津見三神の第三柱です。上津綿津見神

底筒之男命 は、禊で底津綿津見神の直後に生まれた住吉三神の第一柱です。綿津見神と筒之男命が交互に生まれる構造は、海の神を二つの系統に分けて捉える『古事記』の見方を示しています。底筒之男命

速秋津日子神・速秋津比売神 は、大綿津見神の直後に生まれる水戸の神で、河口や港を司ると解されます。この二柱が河と海によって分担して生んだ8柱の神には、泡や水面、水の分配に関わる名が並びます。

大山津見神 は、神生みの第2群で生まれる山の神で、大綿津見神と同じ構成の名を持ちます。海と山の対については、この記事の第4節で触れました。

大事忍男神 は、神生みの最初に生まれた神で、神生み全体の見取り図はこの記事にあります。大事忍男神

伊邪那岐命・伊邪那美命 は、大綿津見神の親神です。二柱の生涯の全体像はそれぞれの記事で扱っています。伊邪那岐命 伊邪那美命

神生みが伊邪那美命の死で終わった後、伊邪那岐命が禊で生んだ26柱の神々は、一覧記事にまとめています。綿津見三神もそこに含まれます。イザナギの禊で生まれた神々一覧

国生みと神生みで生まれた島と神々の全体は、国生み・神生み(まとめ) の一覧で生まれた順にたどれます。

9. 現代につながる読み方

大綿津見神の名から読み取れるのは、「海そのもの」と「海を掌るもの」を分けて考える発想です。ワタツミは海ではなく、海の霊格です。古代の人々は、海という巨大で制御できない自然を前にして、それを直接に神とするのではなく、それを掌る存在を思い描き、名を与えました。自然と、自然を司る力を区別する見方は、自然を畏れつつも、それと向き合う手がかりを求めた人々の態度を示しているのかもしれません。

もう一つは、同じ名が複数の場面に現れることを、どう受け止めるかという問題です。『古事記』には、神生みの大綿津見神、禊の綿津見三神、海神の国の綿津見神と、三つの「綿津見」が出てきます。それらを一つにまとめれば話は簡単になりますが、原典はまとめていません。海の神は一人なのかという問いに、『古事記』は答えを用意していないのです。答えが書かれていないことを、書かれていないままに受け取る。それは、千三百年前の書物を読むときの、一つの誠実な読み方だと言えます。

そして、大綿津見神が住まいの神々の次に生まれるという順序も、見過ごせません。人は住まいを整えてから、海へ、川へ、山へと出ていきます。神生みの列がその順に並んでいるとすれば、そこには、足元を固めてから外の世界に向かう、という暮らしの手順が映っているのかもしれません。

まとめ

  • 大綿津見神は、『古事記』で伊邪那岐命・伊邪那美命が神生みの8番目に生んだ神で、風木津別之忍男神の次、速秋津日子神・速秋津比売神の前に位置します。
  • 『古事記』は「海の神」と役割を明記しますが、名を挙げるだけで行動はなく、以後この名では登場しません。
  • 「綿津見」は借字で、ワタ(海)・ツ(の)・ミ(霊格)=「海の神霊」と解されます。海そのものではなく、海を掌る神です。「大」は美称で、海一般への信仰を表すと考えられます。
  • 『古事記』には、神生みの大綿津見神、禊の綿津見三神(阿曇連の祖神)、海幸山幸の綿津見神(海神の国の主)と、3か所に「綿津見」が出てきます。これらを同じ神格とまとめてよいかは定かでなく、同一神説と別神説の両方があります。
  • 『日本書紀』本文の神生みは「海」を生むとするだけで大綿津見神の名はなく、一書第六の禊に少童命(ワタツミ)が見えます。
  • 綿津見神を祖神とする氏族は阿曇連など海人の氏族で、ワタツミを祀る社は西日本の沿岸や島に多く分布します。
  • 志賀海神社・穂高神社・海神社・風浪宮などが代表的な社ですが、いずれも綿津見三神や綿津見神の名で祀っており、「大綿津見神」の名で祀る社は少数です。

ゆかりの社をたずねるなら:志賀海神社と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)

参考文献

  • 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
  • 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
  • 三浦佑之 訳『口語訳 古事記[完全版]』文藝春秋
  • 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
  • 西宮一民 校注『古事記』新潮日本古典集成
この記事が役に立ったらシェアしてもらえると嬉しいです
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次