黄泉の国から帰った伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、筑紫の日向の阿波岐原で身を清める禊を行いました。『古事記』によれば、このとき投げ棄てた杖や衣から、水に潜って身をすすいだときから、そして最後に顔を洗ったときから、合わせて26柱の神が生まれています。天照大御神・月読命・建速須佐之男命の三貴子も、この禊の最後に誕生した神です。この記事では、26柱すべてを誕生順に一覧表で示し、5つのグループに分けて、それぞれの神がどのような場面で生まれ、どう読まれてきたかを解説します。
この記事は、禊で生まれた神々を扱う記事全体の案内役となるまとめ記事です。各神の詳しい解説は、表のリンクから個別記事へ進んでください。
1. 禊とは何か(黄泉から阿波岐原へ)
禊の場面は、伊邪那美命(いざなみのみこと)を追って黄泉の国へ下った伊邪那岐命が、変わり果てた妻の姿を見て逃げ帰り、黄泉比良坂で別れを告げた直後に置かれています。黄泉の国の物語は 伊邪那美命 と 伊邪那岐命 の記事で扱っています。
地上に戻った伊邪那岐命は、次のように宣言します。
是を以ちて伊邪那伎大神詔りたまひしく、「吾は伊那志許米志許米岐穢き国に到りて在りけり。故、吾は御身の禊為む」とのりたまひて、竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原に到り坐して、禊ぎ祓ひたまひき。
現代語に直すと、「私はなんとも醜く穢れた国に行っていたものだ。だから我が身の禊をしよう」と言って、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原に着き、禊と祓を行った、という内容です。「禊(みそぎ)」は水で身体を洗い清めること、「祓(はらえ)」は罪や穢れを取り除くことを指します。穢れを落とすための行為から26柱もの神が生まれる点に、この場面の大きな特徴があります。
2. 禊で生まれた26柱の神 一覧表
『古事記』に記された順序のまま26柱を並べます。グループの区分は、原典の「何から生まれたか」に基づきます。
| 番号 | 神名(読み) | 何から生まれたか | グループ | 記事リンク |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 衝立船戸神(つきたつふなとのかみ) | 投げ棄てた杖 | 身に着けた物から | 衝立船戸神 |
| 2 | 道之長乳歯神(みちのながちはのかみ) | 投げ棄てた帯 | 身に着けた物から | 道之長乳歯神 |
| 3 | 時量師神(ときはかしのかみ) | 投げ棄てた袋 | 身に着けた物から | 時量師神 |
| 4 | 和豆良比能宇斯能神(わずらいのうしのかみ) | 投げ棄てた衣 | 身に着けた物から | 和豆良比能宇斯能神 |
| 5 | 道俣神(ちまたのかみ) | 投げ棄てた褌 | 身に着けた物から | 道俣神 |
| 6 | 飽咋之宇斯能神(あきぐいのうしのかみ) | 投げ棄てた冠 | 身に着けた物から | 飽咋之宇斯能神 |
| 7 | 奥疎神(おきざかるのかみ) | 左手の手纏 | 身に着けた物から | 奥疎神 |
| 8 | 奥津那芸佐毘古神(おきつなぎさびこのかみ) | 左手の手纏 | 身に着けた物から | 奥津那芸佐毘古神 |
| 9 | 奥津甲斐弁羅神(おきつかいべらのかみ) | 左手の手纏 | 身に着けた物から | 奥津甲斐弁羅神 |
| 10 | 辺疎神(へざかるのかみ) | 右手の手纏 | 身に着けた物から | 辺疎神 |
| 11 | 辺津那芸佐毘古神(へつなぎさびこのかみ) | 右手の手纏 | 身に着けた物から | 辺津那芸佐毘古神 |
| 12 | 辺津甲斐弁羅神(へつかいべらのかみ) | 右手の手纏 | 身に着けた物から | 辺津甲斐弁羅神 |
| 13 | 八十禍津日神(やそまがつひのかみ) | 黄泉の国の汚垢 | 穢れから | 八十禍津日神 |
| 14 | 大禍津日神(おおまがつひのかみ) | 黄泉の国の汚垢 | 穢れから | 大禍津日神 |
| 15 | 神直毘神(かむなおびのかみ) | 禍を直そうとして | 禍を直す | 神直毘神 |
| 16 | 大直毘神(おおなおびのかみ) | 禍を直そうとして | 禍を直す | 大直毘神 |
| 17 | 伊豆能売(いずのめ) | 禍を直そうとして | 禍を直す | 伊豆能売 |
| 18 | 底津綿津見神(そこつわたつみのかみ) | 水底ですすいだとき | 水中で | 底津綿津見神 |
| 19 | 底筒之男命(そこつつのおのみこと) | 水底ですすいだとき | 水中で | 底筒之男命 |
| 20 | 中津綿津見神(なかつわたつみのかみ) | 水中ですすいだとき | 水中で | 中津綿津見神 |
| 21 | 中筒之男命(なかつつのおのみこと) | 水中ですすいだとき | 水中で | 中筒之男命 |
| 22 | 上津綿津見神(うわつわたつみのかみ) | 水面ですすいだとき | 水中で | 上津綿津見神 |
| 23 | 上筒之男命(うわつつのおのみこと) | 水面ですすいだとき | 水中で | 上筒之男命 |
| 24 | 天照大御神(あまてらすおおみかみ) | 左目を洗ったとき | 顔を洗って | 天照大御神 |
| 25 | 月読命(つくよみのみこと) | 右目を洗ったとき | 顔を洗って | 月読命 |
| 26 | 建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと) | 鼻を洗ったとき | 顔を洗って | 建速須佐之男命 |
以下、グループごとに見ていきます。
3. 身に着けた物から生まれた12柱
伊邪那岐命は水に入る前に、持ち物や衣服を次々と投げ棄て、そのひとつひとつが神になります。
故、投げ棄つる御杖に成れる神の名は、衝立船戸神。次に投げ棄つる御帯に成れる神の名は、道之長乳歯神。次に投げ棄つる御嚢に成れる神の名は、時量師神。次に投げ棄つる御衣に成れる神の名は、和豆良比能宇斯能神。次に投げ棄つる御褌に成れる神の名は、道俣神。次に投げ棄つる御冠に成れる神の名は、飽咋之宇斯能神。
右の件、船戸神より以下、辺津甲斐弁羅神より以前の十二神は、身に著ける物を脱ぎたまひしに因りて生れる神なり。
杖から生まれた衝立船戸神は、「船戸」を「岐(ふなど)」と結び付けて道の分かれ目で災いを防ぐ神と読まれ、各地の道祖神と同一視されています。帯から生まれた道之長乳歯神は、長く延びる帯と道の長さを重ねた名と考えられています。袋から生まれた時量師神は「時」を「量る」神と読まれます。衣から生まれた和豆良比能宇斯能神は名に「煩い(わずらい)」を含み、穢れによる煩いに関わる神と読まれています。褌から生まれた道俣神は「ちまた(分かれ道)」の神とされます。冠から生まれた飽咋之宇斯能神は「飽きるほど食う」と読む説があり、穢れを食い尽くす神と解釈されることがあります。
左手の手纏(腕輪)からは奥疎神・奥津那芸佐毘古神・奥津甲斐弁羅神の3柱、右手の手纏からは辺疎神・辺津那芸佐毘古神・辺津甲斐弁羅神の3柱が生まれました。「奥(おき)」は沖、「辺(へ)」は岸辺を指すと考えられ、沖の三神・岸辺の三神と呼ばれることがあります。「疎(さかる)」は遠ざかる、「那芸佐(なぎさ)」は渚、「甲斐弁羅(かいべら)」は沖と岸の間を指すという説があります。
これらの語義はいずれも神名からの推定で諸説があり、原典は「何から生まれたか」と神名を記すだけで、働きを説明してはいません。
4. 穢れから生まれた2柱(八十禍津日神・大禍津日神)
持ち物を棄てた伊邪那岐命は、水に入る場所を選びます。
是に詔りたまひしく、「上つ瀬は瀬速し、下つ瀬は瀬弱し」とのりたまひて、初めて中つ瀬に堕り潜きて滌ぎたまふ時に、成りませる神の名は、八十禍津日神。次に大禍津日神。此の二神は、其の穢繁き国に到りし時の汚垢に因りて成れる神なり。
上流の瀬は流れが速すぎ、下流の瀬は弱すぎるので、伊邪那岐命は中ほどの瀬を選んで水に潜ります。この「中つ瀬」の選択は、穢れを落とすには強すぎず弱すぎない流れがふさわしいという感覚の表れと読まれることがあります。
そこで最初に生まれたのが八十禍津日神と大禍津日神です。『古事記』はこの2柱について、穢れの多い国に行ったときの汚垢から成った神であると由来を明記しています。「禍(まが)」は曲がったこと、災いを意味し、「八十」は数の多さを表す言葉です。
禍津日神をどう見るかには、江戸時代以来の議論があります。本居宣長は『古事記伝』で禍津日神を災いをもたらす悪神と読み、平田篤胤は悪を懲らす正義の神と読み替えました。どちらも後世の解釈であり、原典は穢れから生まれた神とだけ記しています。詳しくは 八十禍津日神 と 大禍津日神 の記事で扱っています。
5. 禍を直す3柱(神直毘神・大直毘神・伊豆能売)
禍の神の直後に、その禍を直そうとして3柱の神が生まれます。
次に其の禍を直さむとして成れる神の名は、神直毘神。次に大直毘神。次に伊豆能売。
「直毘(なおび)」は曲がったものを真っ直ぐに直す働きを表す言葉と考えられています。禍津日神の「禍(曲がり)」に直毘神の「直」が対応する構図です。大祓詞でも禍津日神に対して直日神が対応する形が見え、本居宣長がこの神の名を冠した論考『直毘霊』を書いたことでも知られています。
3柱目の伊豆能売は、『古事記』の一般的な校訂本文では名の後に「神」の字がなく、他の神とは異なる書かれ方をしています。「伊豆能売神」と表記する校訂本もありますが、なぜこの神だけ「神」の字を欠くのかは明らかになっていません。「伊豆」は「厳(いつ)」に通じ、神聖な力を持つ巫女を表す名ではないかという説があります。詳しくは 神直毘神、大直毘神、伊豆能売 の各記事をご覧ください。
注目したいのは、禊が穢れを「消し去る」のではなく、穢れから生まれた禍を「直す」形で進んでいることです。禍津日神が生まれた事実は消えず、その後に直毘神が生まれることで禍が正されます。禊とは、起きたことをなかったことにするのではなく、曲がったものを真っ直ぐに戻していく働きだ、という読み方がここから導かれます。
6. 水の底・中・上で生まれた6柱(綿津見三神と筒之男三神)
続いて水の底・中・上の三段階で身をすすぎ、それぞれ2柱ずつ、合計6柱の神が生まれます。
次に水底に滌ぐ時に成れる神の名は、底津綿津見神。次に底筒之男命。中に滌ぐ時に成れる神の名は、中津綿津見神。次に中筒之男命。水の上に滌ぐ時に成れる神の名は、上津綿津見神。次に上筒之男命。
底津綿津見神・中津綿津見神・上津綿津見神の3柱を綿津見三神、底筒之男命・中筒之男命・上筒之男命の3柱を筒之男三神と呼びます。『古事記』は、この6柱について特別に注記を加えています。
此の三柱の綿津見神は、阿曇連等が祖神と以ち伊都久神なり。故、阿曇連等は、其の綿津見神の子、宇都志日金拆命の子孫なり。其の底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命三柱の神は、墨江の三前の大神なり。
綿津見三神は海人の氏族である阿曇連(あずみのむらじ)が祖神として祀る神であり、筒之男三神は墨江(住吉)の大神であると明記されています。26柱の中で祀る氏族や場所まで書かれているのはこの6柱だけで、実際の信仰と結び付きが強い神であることが分かります。
綿津見三神は、阿曇氏の本拠であった志賀海神社(福岡県福岡市東区志賀島)に、底津綿津見神・仲津綿津見神・表津綿津見神として祀られています。筒之男三神は、住吉大社(大阪府大阪市住吉区)に底筒男命・中筒男命・表筒男命として祀られ、航海の守り神として信仰されてきました。各神については 底津綿津見神、中津綿津見神、上津綿津見神、底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命 の記事で扱っています。
7. 顔を洗って生まれた三貴子
禊の最後に、伊邪那岐命は顔を洗います。
是に左の御目を洗ひたまふ時に成れる神の名は、天照大御神。次に右の御目を洗ひたまふ時に成れる神の名は、月読命。次に御鼻を洗ひたまふ時に成れる神の名は、建速須佐之男命。
左目から天照大御神、右目から月読命、鼻から建速須佐之男命が生まれました。この3柱は、後に伊邪那岐命が「三柱の貴き子」と呼んで喜んだことから三貴子と総称されます。伊邪那岐命は天照大御神に高天原を、月読命に夜の食国を、建速須佐之男命に海原を治めるよう命じ、ここから『古事記』の物語は三貴子を中心とした次の段階へ進んでいきます。
禊の物語は三貴子誕生の前置きであると同時に、それ自体が穢れから清浄へ向かう一連の流れとして構成されていると読めます。三貴子については 天照大御神、月読命、建速須佐之男命 の記事で扱います。
8. 『日本書紀』の禊との違い
『日本書紀』では、禊の記事は神代上 第五段の一書第六に見えます。本文には禊の記事がなく、三貴子誕生の経緯も本文と一書とで異なる形で伝えられています。
一書第六にも、投げ棄てた杖から岐神(ふなどのかみ)が生まれるなど、身に着けた物から神が生まれる記述がありますが、神の名や数は『古事記』と一致しません。穢れから生まれる神は八十枉津日神と表記され、それを直す神として神直日神・大直日神が記されます。『古事記』の伊豆能売に相当する神は『日本書紀』には見えません。
水中で生まれる神々は、底津少童命・底筒男命、中津少童命・中筒男命、表津少童命・表筒男命と表記されます。「少童命(わたつみのみこと)」は阿曇連等が祭る神、「筒男命」は住吉大神であるという説明が付されており、この点は『古事記』と共通しています。
このように『日本書紀』は『古事記』と大枠を共有しながら、神の数や表記が異なり、伊豆能売のような神を持たないという違いがあります。
9. 禊の神々をどう読むか
禊の神々を誕生順に並べると、穢れ、禍、直し、清浄、そして新しい神々、という流れが見えてきます。黄泉の国の穢れから禍津日神が生まれ、それを直す直毘神が生まれ、水の底から上へと清められるにつれて海の神々が生まれ、最後に顔を洗って三貴子が誕生します。この順序は、穢れを負った状態から清らかな状態へ段階的に移っていく過程そのものであり、その一段一段に神の名が与えられていると考えられます。
この流れを現代の目で読むと、失敗や後悔を抱えたときの向き合い方を示しているように見えます。禊は、黄泉の国へ行った事実や、そこで身に付いた穢れを消し去るのではありません。穢れから禍が生まれることを認めたうえで、それを直す働きを続け、少しずつ清らかな状態へ近づいていきます。うまくいかなかったことをなかったことにするのではなく、曲がったものを真っ直ぐに戻し、そこから次の段階へ進む、という姿勢がこの物語には込められているのではないでしょうか。
もうひとつ注目したいのは、禊の途中で生まれた神々が脇役として扱われていないことです。杖や帯から生まれた神には道を守る役割が、水中で生まれた神には海を守る役割が与えられ、それぞれが信仰の対象になりました。大きな成果に至る過程で生まれたものも、それぞれに意味を持ち大切にされる。禊の26柱は、そのような価値観を伝えているとも読めます。
まとめ
- 黄泉の国から帰った伊邪那岐命は、竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原で禊と祓を行い、合わせて26柱の神が生まれました。
- 26柱は、身に着けた物から12柱、穢れから2柱、禍を直す3柱、水中で6柱、顔を洗って3柱の5グループに分けられます。
- 穢れから生まれた八十禍津日神・大禍津日神と、それを直す神直毘神・大直毘神・伊豆能売は、禍と直しが対をなす構図です。
- 綿津見三神は阿曇連の祖神、筒之男三神は住吉の大神として、『古事記』に祀る氏族や場所が明記されています。
- 顔を洗って生まれた天照大御神・月読命・建速須佐之男命は三貴子と呼ばれ、ここから神話は次の段階へ進みます。
- 『日本書紀』一書第六にも禊の記事がありますが、神の数や表記が異なり、伊豆能売に相当する神は見えません。
ゆかりの社をたずねるなら:住吉大社と近くの宿、志賀海神社と近くの宿(神社めぐりと歴史旅の帳)
参考文献
- 倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫
- 次田真幸 全訳注『古事記(上)』講談社学術文庫
- 三浦佑之 訳『口語訳 古事記[完全版]』文藝春秋
- 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注『日本書紀(一)』岩波文庫
- 本居宣長『古事記伝』(『直毘霊』を含む)
